STORY #10

中国は「責任ある大国」
たりえるか?

廣野 美和

国際関係学部 准教授

カンボジア中部、スカンにある中国平和維持記念碑。1992年、UNTAC部隊としてこの地に駐屯していた中国平和維持部隊の2名が殉職した。(廣野美和撮影)

中国の国際貢献をどのように捉えているか。
現地の人々に問う。

2015年9月に開かれた国連平和維持活動(PKO)サミットでアメリカをはじめ各国が貢献拡大を表明する中、中国の習近平国家主席はひと際大規模な貢献を宣言し、世界を驚かせた。悪化する国家イメージを回復するための戦略だとするのが日本を含めた西側諸国の大方の見方だったが、廣野美和は「そうした『西側』の文脈に基づく一面的な議論にかねてから疑問を持っていました」と語る。

2000年代以降、中国はアジア・アフリカなどの発展途上国地域で紛争や災害に対するPKOや人道主義支援を積極的に行ってきた。今日中国がPKOに派遣する隊員数は約2,500人と国連の常任理事国の中で最も多い。また財政的な貢献もアメリカに次いで第二位と、被支援国にとって心強い存在であることは間違いない。そうした貢献を支持する声の一方で、時として環境・社会の持続可能性を省みない開発や戦略的な手法が国際社会から批判されることも少なくない。

「国際社会における影響力が大きくなるに伴って、『責任ある大国』としての中国の姿勢が問われるようになってきています」と廣野。西側諸国と中国の間で議論が平行線を辿る中、廣野は「支援される当事者(インサイダー)はどう認識しているのか」というこれまでにない視点を打ち出し、大きな注目を集めている。

「現在進めている研究プロジェクトでは、中国がPKOおよび人道主義支援を行った紛争・災害地域に住む人々(インサイダー)が中国の国際的な責任をどのように認識しているのかを調査しています」と廣野。カンボジア、インドネシア、ネパール、南スーダン、リベリアの5ヵ国で現地調査を行っている。

廣野の研究の特徴は、質的アプローチで当事者一人ひとりの声をていねいに拾うところだ。政府高官、ジャーナリスト、一般市民、研究者、企業、医療支援活動を行う医療従事者、現地の中国人コミュニティなど多様なインサイダーにインタビューを行い、質的分析によって彼らの認識を詳らかにしようとしている。

調査地の一つは、2004年にインド洋大津波によって深刻な被害を受けたインドネシアのアチェ。災害直後から日本や欧米諸国、そして中国などが現地に入り、人道援助に尽力した。「インサイダーに今回の災害にあたって中国の『国際的な責任』は何かと尋ねたところ、意外なことにその答えの大半が『アチェ州の都市サバンの貿易港への投資をはじめとした経済支援にある』というものでした」と廣野。アチェでは災害後の復興支援事業によって急激に経済が発展し、その成長率は5%にも及んだ。ところが5年を区切りに支援事業が終了した途端、支援国の多くが引き揚げ、被災地は経済の低迷に陥ってしまったという。「そうした被災地のインサイダーにとって切実なのは、人道援助の文脈であっても長期的視野にたった経済支援なのだと気付かされました。こうした事実は机上の議論からはなかなか見えてきません」。

また廣野はカンボジアでの調査でも興味深い知見を得ている。「まず驚いたのは、『中国は責任ある大国だと思うか』という問いにほとんどのインサイダーが『Yes』と答えたことです。その根拠は『国王シハヌークを支持したため』というものでした」と廣野。かつての内戦でカンボジアの人口の五分の一を殺害したともいわれるクメール・ルージュ(カンボジア共産党)。いまだ当時の傷を抱える国民が多い中、その支援国だった中国を否定する声があってもおかしくない。「それにも関わらず、ポル・ポト政権から追放されたシハヌークを北京に迎え、亡命政権の設立に協力した中国への評価は高い。こうしたカンボジア国民の歴史見解はこれまでの研究に見られなかったものでした」と言う。

さらにネパールの調査でも他にない側面が明らかになった。2015年にネパール大地震が発生した時、ネパールでは隣国インドとの関係が悪化し、石油の供給を断たれる事態に陥った。その際チベット国境側から石油を届けた中国に対するインサイダーの評価は極めて高いという。その結果に廣野は「地域の地政学的な条件や周辺国との関係といった本来とは別の文脈が『責任ある大国』に対する認識に影響を及ぼすことも新たな発見でした」と語る。

近年発展途上国地域においても環境保全や持続可能性に対する認識が高まる中、これまでの中国の国際貢献のあり方に現地からも疑問の声があがり始めている。2011年、ミャンマー政府と中国が進めていたミッソンダムの建設が環境や社会への影響を懸念する国民の声に押されて凍結されたのもその一例だ。

「一帯一路構想を推し進める中国にとっても、大国の国際的な責任に対する現地の人の認識は無視できないものになるでしょう」。廣野が見出した「インサイダー」という視点は、今後いっそう大きな意味を持つものになるかもしれない。

2004年12月のインド洋津波の後、インドネシア・アチェ州では中国の人道支援として、村の建設やプレハブ・テント等の提供が行われた。(廣野美和撮影)

廣野 美和
廣野 美和
Hirono Miwa
国際関係学部 准教授
研究テーマ:中国の平和維持活動、災害対策、東アジアの人道主義文化、中国と国際紛争・平和構築
専門分野:国際関係論、中国国際関係

storage研究者データベース

2019年1月7日更新