STORY #4

シリコンに取って代わる
低コスト・高効率の次世代薄膜太陽電池

ジャカパン・チャンタナ

総合科学技術研究機構 教授

有害なカドミウムを使わず、
高い光電変換効率を実現する
薄膜太陽電池の構造とは?

環境汚染、地下資源の枯渇、自然災害、原子力発電所の事故などエネルギーを巡るさまざまな問題が山積する今、再生可能エネルギーはますます重要性を増している。中でも太陽光発電への期待は大きいが、いまだ既存の発電方式を凌ぐには遠いのが現状だ。現在市場で90%以上のシェアを占めているのはシリコンを材料に使った太陽電池だが、その製造にかかるコストの低減には限りがあり、シリコンを使わない新たな太陽電池が期待されている。

銅(Cu)、インジウム(In)、セレン(Se)を主な材料とし、カルコパイライト形の結晶構造を持つCIS系薄膜太陽電池もその一つだ。

ジャカパン・チャンタナはシリコンの代わりにCu、In、Se、ガリウム(Ga)、硫黄(S)を光吸収層に用いた太陽電池の開発に取り組んでいる。

CIS系太陽電池はシリコン系の約100倍もの光吸収係数を持っており、薄膜化できるのが特長だ。シリコン系太陽電池のセルの厚さが約200μmであるのに対し、CIS系薄膜太陽電池はわずか2~3μm。それだけ資源量を抑え、コストダウンを見込める。しかしCIS系薄膜太陽電池の光電変換効率はまだシリコン系には及ばず、市場を取って代わるには課題が残されている。

「CIS系薄膜太陽電池の光電変換効率の世界最高は研究段階で22%に達していますが、それでもシリコン系太陽電池の光電変換効率である26.7%との間にはまだ大きな差があります。加えてCIS系薄膜太陽電池はセルの成膜過程でレアメタルやカドミウムなどの人体に有毒な材料を用いる上に、真空プロセスによって高品質な薄膜を作るのに大量の電力を消費します」とチャンタナ。これらの課題を克服するべく彼は高価で有害な材料をできるだけ使わず、低コスト・低電力の成膜方法で高効率の太陽電池を作ろうと試みている。

各種バッファ層を用いたCIS系薄膜太陽電池セルの構造

通常CIS系薄膜太陽電池は基板上に裏面電極、光吸収層、バッファ層、光が入射する窓層と透明導電膜を積層した構造になっている。この各層を作製する方法にはいくつかあり、CIS光吸収層はスパッタ法などのドライプロセス、CIS光吸収層と透明導電膜の間に設けるバッファ層の成膜には溶液成長法と呼ばれるウェットプロセスが使われる。しかしウェットプロセスは高コスト化の一因となるため、すべての成膜をドライプロセスで行うことが望ましい。また多くの場合、バッファ層の成膜には高効率化のために有害物質である硫化カドミウム(CdS)が用いられるのも難点だ。

最近の研究でチャンタナは各層の材料や成膜方法を変えて太陽電池セルを作製し、光電変換効率を比較検討した。

チャンタナはまずCIGSSe光吸収層を用い、バッファ層に従来のCdSを使ってウェットプロセスで太陽電池セルを作製した(図:Structure A)。「結果は光電変換効率18.3%を達成しましたが、バッファ層が厚くなり、短波長の光が吸収されてしまうという課題が残りました」。高効率化するには、バッファ層をより薄膜にするかバンドギャップの広い物質を用いて短波長の光電流損を抑える必要がある。

続いてチャンタナはCdSの代わりに硫化亜鉛(ZnS)を用い、スパッタ法でバッファ層を成膜した太陽電池セルを作製した(図:Structure B)。ZnSのバンドギャップは3.5eVでCdSの2.6eVより広い。これによって有害物質を排除し、かつ短波長の吸収ロスも低減された。「しかし先に作製した太陽電池セルに比べて全体の量子効率が低く、電圧も明らかに下回る結果となりました」とチャンタナ。原因は、バッファ層と透明導電膜を接合するZnO窓層をスパッタ法で形成した際、その衝撃に耐えきれずCIGSSe光吸収層の表面がダメージを受けてしまったためだという。CdSはスパッタリングによる衝撃に強く、CIGSSe光吸収層にまでダメージが及ぶのを防ぐが、新たな積層構造ではそうした壁の役割を果たす物質がない。

そこでチャンタナは、短波長感度の向上を実現しつつ同時にスパッタリングによるダメージを抑えるため、ZnS(O,OH)と極薄膜のCdSを組み合わせたバッファ層を成膜した(図:Structure C)。その結果短波長感度が向上し、光電変換効率も18.6%という高い値を達成した。

さらにはZnMgO:Al透明導電膜とZnMgOバッファ層を用いてすべての薄膜をドライプロセスで成膜することに成功し(図:Structure D)、20%という高い光電変換効率を実現してみせた。これらの材料を使ったCIS系薄膜太陽電池の成功例はない。チャンタナはこれまでの研究で亜鉛(Zn)、マグネシウム(Mg)などのZn系3元混晶薄膜を用いて伝導帯(バンド)位置を制御できる透明導電膜を開発している。Mgはバンドギャップが広く、従来のZnだけを使った場合より光を透過しやすいため、これだけの高効率化が可能になった。

「各層の材料や成膜方法を検討することで光電変換効率はまだ上げられる」と自信を見せるチャンタナ 。CIS系薄膜太陽電池の材料開発に世界がしのぎを削る中、その先頭を牽引する。

ジャカパン・チャンタナ
ジャカパン・チャンタナ
Jakapan Chantana
総合科学技術研究機構 教授
研究テーマ:CIS系薄膜太陽電池の高効率化
専門分野:太陽電池、半導体電子工学

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2018年10月29日更新