STORY #3

測位が難しい
都市の地下空間で
人を安全に避難させる
防災システム

西尾 信彦

情報理工学部 教授

GPSに頼れない屋内での
位置がわかるようにするには。

2014年9月から半年間、大阪市、東京都、名古屋市の地下街の各所に自分のいる場所がわかるための小さな機器が設置され、「G空間防災システム」の有効性を確かめる実証実験が行われた。この試みは総務省の「G空間シティ構築事業」に採択された立命館大学のプロジェクトの一つで、西尾信彦は先進の屋内測位技術を開発して、防災の観点から地下空間で災害時の情報発信や避難誘導支援を可能にするシステムの構築に取り組んできた。

GPS(全地球方位システム)の搭載されたスマートフォンの普及によって「自分が今どこにいるのか」を把握するのは難しいことではなくなった。こうしたG空間情報(地理空間情報; Geospatial Information)は、災害が発生した時に被災者の居場所や動きを把握し、安全に避難誘導することにも活用できる。ただ問題は、衛星から電波を受信するGPSは屋内や地下では使えないことだ。そこで西尾は複数の屋内測位技術を統合することでGPSに頼らずに屋内で自分の位置を知るのを可能にする方法を開発している。

「屋内の位置を測る方法には大きく二つあります。一つはスマートフォンなどの端末に内蔵された各センサを使って持ち主が今いる位置を推定する方法で、もう一つは施設側に測位を助ける機器を設置する方法です。どちらも一長一短あって一方だけでは屋内の位置を的確に測位するには十分ではありません。そこで両方を融合したハイブリッドの測位方法を適用しました」と西尾は解説する。

避難誘導要員が携帯するBtoBアプリイメージ
避難誘導要員が携帯するBtoBアプリイメージ
避難誘導要員が携帯するBtoBアプリイメージ

避難誘導要員が携帯するBtoBアプリイメージ/自分の現在地や他の誘導要員の位置に加えて、G空間誘導灯システムから得られた人流情報がヒートマップとして表示される。その他、災害対策本部からの災害情報のタイムライン表示も可能だ。

まずスマートフォンの端末に内蔵されているセンサには3軸方向の加速度を測定できる加速度センサや回転を測定できるジャイロセンサ、方位のわかる電子コンパスがあり、これらから端末の持ち主が移動する軌跡を導き出す。さらに気圧計で1m程度の精度で上下移動を推定することができ、都市の立体的な地下空間を人がどのように移動したかを捉えられる。

しかし、これだけでは相対的な移動はわかっても、どの場所にいるのかという絶対的な位置を知ることはできない。それを可能にする方法の一つが、地下街のあちらこちらに設置されたWi-Fiの基地局の電波を受信し、基地局から端末までの距離を推定することだ。複数の基地局からの電波の情報を統合することで高精度に端末の絶対的な位置を推定できる。十分な精度を出すにはWi-Fi測位だけでは限界があるため、西尾は電波を発信する小型で省エネのBLE機器(Bluetooth Low Energy規格による電波発信機)を追加設置している。またWi-FiやBLEの絶対位置把握のための電波の他、人の流れを捉える機能も別途、総務省の研究開発支援事業で開発した。これらを最適に組み合わせることで、より正確・効率的に地下空間の人の位置や移動を推定することが可能になった。

複数の防災センターが連携できる地下街浸水対策のG空間防災システム

プロジェクトのもう一つの課題として、西尾は構築した屋内測位技術を利用して地下街利用者に有効な情報を配信したり、必要な情報を取得するためのアプリケーションの開発も進めてきた。一つは、平常時に地下街を訪れた人の店舗・施設案内や購買促進などに役立つ一般の施設利用者向けのアプリケーションで、もう一つが災害時に施設管理者が避難誘導に活用するための業務向けアプリだ。

後者は各施設の防災センターに情報を集約するタブレットを配置してそれと連動させたシステムで、災害が起こると地下街利用者の移動の流れ情報が防災センターのタブレットに集約され、それをもとに防災センターから必要な情報や指示が職員の携帯するBtoBアプリに順次テキスト情報で配信される「タイムライン」機能と地図上に描画される「ハザードマップ」機能を搭載している。こうして地下空間の屋内測位技術と、防災センターでの災害時行動計画と連動した避難誘導アプリケーションを組み合わせた「G空間地下街防災システム」を構築した。冒頭の三都市での実証実験の結果、いずれも有効性を確かめることができたという。

さらに西尾は、地下街だけでなくビルなど多様な屋内空間で防災に役立てるため、各種測位用電波や人流を推定するG空間情報機器を誘導灯に設置した「G空間誘導灯」を開発した。これについても総務省の実証事業ですでに有効性が確かめられている。「消防法の壁があって実用化には時間がかかる」と西尾は言うが、今後日本の消防設備、消火・救助活動、消防士装備のICT化に大きく貢献することは間違いない。

2015年後半、西尾は最新の実証実験を大阪市で行っていた。それは複数の地下管理者の防災センターを連携させ、今まで以上に広範囲で「G空間地下街防災システム」を機能させようという試みだ。「現実に災害が起こった時には地下の一区画だけで情報伝達できても意味がありません。とりわけゲリラ豪雨等で地下に浸水した場合は、接続した施設やビル、地下鉄道などを通じて浸水が広範囲に広がる恐れがあります。そのため単一施設管理者を超えた連携可能な防災システムが不可欠です」。

大阪市では「地下空間浸水対策協議会」を設立して鉄道会社や地下街の管理会社などが一体となって地下街の浸水シミュレーションを進めており、西尾はその成果を活用して「複数の防災センターが連携できる地下街浸水対策のG空間防災システム」を開発した。2016年度より大阪駅・梅田駅周辺地区での実運用に入る計画だ。西尾の開発する防災システムが将来、日本の防災対策の要となるかもしれない。

G空間誘導灯システム

G空間誘導灯システム/空間誘導灯システムからは絶対位置情報を示す電波を発信し屋内での測位を可能にするとともに、施設利用者の人流情報が得られる。誘導灯には停電対策バッテリが搭載されており、これと一体化することで非常時でも継続稼動が期待できる。

複数の防災センターが連携できる地下街浸水対策のG空間防災システム

G空間防災システム/タブレット端末でタイムラインと雨量計を表示したところ

G空間防災システム/地下街の出入り口に設置されたカメラで浸水状況をモニタリングできる

西尾 信彦

西尾 信彦
情報理工学部 教授
研究テーマ:実世界情報と情報空間の融合
専門分野:ユビキタスコンピューティング、センシングネットワーク、位置情報システム

storage研究者データベース

2016年5月16日更新