STORY #7

安全な避難場所は
どこにある?

明治時代の雑誌『風俗画報』に掲載された、寺社仏閣が避難所になっている様子。
(『風俗画報 臨時増刊(大海嘯被害録中巻)(119)』より「臨蒔救濟所の圖」)

林 倫子

理工学部都市システム工学科 助教

東日本大震災の大津波を免れ、
避難所となった数多くの社寺があった

2011年の東日本大震災では一瞬のうちに数千に及ぶ人命が失われたが、そのほとんどは津波に巻き込まれたことによるものだった。ビルを呑み込むような高波に襲われた人々はとにかく高い場所を目指して避難した。「その際、少なくない人々が社寺などの地域の文化遺産へ逃げ込んだことがわかっています」と林 倫子は話す。

林は震災からわずか2ヵ月後に被災地の一つである宮城県石巻市北上町十三浜を訪れ、避難場所となり得た社寺を調査した。「まだ避難を余儀なくされている方々がいる中で調査することには大きな葛藤がありました。しかし今やらなければ後に役立つ教訓を残せない、その一心でした」という言葉には研究者としての使命感がにじむ。

林の調査した北上町十三浜は津波常襲地域で、過去1895(明治29)年、1933(昭和8)年、1960(昭和35)年と三度も大きな津波の被害を受けているが「そのたびに各地の社寺は避難所として利用されてきた」と林は考えている。社寺が避難所に適しているのは、一つには宗教的な理由から生活領域から離れた高台に建てられる傾向が強いためだ。加えて三陸地方では明治以降の三度の津波によって、平地にあった社寺は淘汰されたと考えられる。

林の調査によって、東日本大震災の際は十三浜に点在する16の社寺のうち11の社寺が津波浸水範囲外に立地していたことが明らかにされた。さらに詳細分析の結果、被害を受けた5社寺のうち3つが寺院で、神社は12社中2社しか被害を受けていないことも判明した。「神社の方が寺院に比べて総じてより高台に建てられているなど社寺によって違いがあることが初めてわかりました」。

宮城県石巻市北上町十三浜

震災からわずか2ヵ月後の宮城県石巻市北上町十三浜。社寺が難場所として活用されていた。

宮城県石巻市北上町十三浜

また林は災害直後にまず避難する一時避難場所としての社寺の有効性にも注目し、津波が襲ってきた時に一時避難所として社寺を活用した場合とそうでない場合に避難にかかる時間に差が生じることを計算によって明らかにしている。それによると「立地条件によりますが、社寺が尾根筋に立地している場合は急こう配ながら短い水平移動で標高の高い場所まで移動できるため避難時間の短縮が期待できます」と言う。加えて、本堂など大勢の人が雨風をしのげるスペースがあり、多くの座布団や布団、ろうそくの他、食べ物や飲み物も常備されている社寺は、避難した後しばらく留まる上でも有効である。

一方で社寺を避難所とする場合、「運営上の課題があります」と林は続けた。被災地で実際に社寺に一時避難した人々にインタビュー調査を行った結果、地域コミュニティとの関係が密接で地域住民の愛着や帰属意識の強い社寺ほど避難所になった時にも円滑に運営されることが判明したという。地域の人々との日常的なつながりの断絶した社寺では、突然多くの人を受け入れてもうまく協力関係を築けない。「特に都市部の社寺においては今後検討すべき課題です」。

宮城県石巻市北上町十三浜

「震災直後にしかできない『今』を留め、後年に生かす研究」の一方で、林は土木史を研究してきた経歴から「災害を歴史に学ぶ」ことにも取り組む。防災研究の多くが「未来」の災害を予測することに軸足を置くのに対し、「過去」をひも解く林の視点は新鮮だ。

「インフラや公的支援が現代ほど整備されていない時代には、被災者が自ら知恵を絞り、災害から身を守るすべを見出してきました。寺院や神社の活用もその一つのかたちといえます。そうした過去を省察し、現代にはない視点を獲得することで今後の防災に生かせる知見を提供できると考えています」。

その一つとして林は1896(明治29)年9月に滋賀県を襲った大水害を検証した。その年は年始から例年以上に雨量が多かったことに加えて9月の豪雨で琵琶湖があふれ、滋賀県下で約100人が死傷したという。林は当時の新聞記事を仔細に読み、高台にあって水害を免れた寺院が多くの人を受け入れ、避難所として活用された事実を確認した。現在は1923(大正12)年の関東大震災での社寺の活用実態も調査中だ。

さらに林は、1995(平成7)年の阪神・淡路大震災も記録に留めようと動き出している。「被災された方の実体験を聴くことができるのは今しかない」と災害の経験者を一人ひとり訪ねてはヒヤリング調査を行っている。

これまで人々は幾度となく災害に見舞われながらそれを乗り越え、町や生活を再構築してきた。その教訓を確かな目で捉え、未来に提言したいと林は考えている。

宮城県石巻市北上町十三浜
宮城県石巻市北上町十三浜
林 倫子

林 倫子
理工学部都市システム工学科 助教
研究テーマ:地域資産や文化を活かした津波避難場所・避難所の提案、滋賀県下の水害履歴調査
専門分野:土木史、景観工学、歴史都市防災

2016年4月18日更新