STORY #1

「食」を通して韓国社会
の変貌を見つめる。

  • 小山茂樹

朝倉 敏夫

経済学部 教授

食卓に見る韓国の「分かち合い」と
日本の「おもてなし」。

「何を食べてきたかを知れば、その人のことがわかる」といわれる。文化人類学や民俗学の領域で「食物」が重要な研究対象とされているのもそのためだ。「食は韓国にあり」と言う朝倉敏夫はとりわけ韓国の文化や社会を理解する手がかりとして「食」に焦点を当てる。
朝倉が韓国西南端の多島海に浮かぶ都草島で初めてフィールドワークを実施したのは1980年のことだ。島民の住居を訪ね、寝食の世話になりながら暮らしの実態を探る調査を成功させるための最初の関門が「出された食事をおいしく食べること」だった。「自分たちと同じ食事を食べられることで信用してもらえる。それが面接試験のようなものでした」と朝倉。以来30年以上に及ぶフィールドワークで人々の暮らしに深く入り、「食」というフィルターを通して韓国社会や文化の変遷を見つめてきた。

「韓国人と食事を共にしてまず感じるのは、彼らの食べることに対する旺盛なエネルギーです」と語る朝倉。韓国人の食に対する姿勢は食器にも表れているという。例えば、日本でも韓国でも食事に箸を使うが、韓国では箸に加えて匙(スプーン)を使ってよりダイナミックに食べる点が日本と異なる。加えて朝倉は言語表現にも韓国の食に対するエネルギーの大きさを見る。「韓国人は年を取ることを『年を食べる』と表現します。また夏バテは『暑さを食べる』、決心することを『心を食べる』というように、韓国語には『食べる』という動詞を使った表現が数多く見られます。これも食に対する関心の高さゆえだと分析できます」。

また韓国と日本の文化・精神を「分かち合い」と「おもてなし」という言葉で分類した朝倉の興味深い著作がある。韓国では、来客があると茶碗に山盛りのご飯をよそい、食べきれないほどの料理で歓待する。食卓では中央に置いた鍋を囲み、皆が同じ鍋をつつく。一方日本では、高盛り飯は「縁起が悪い」と敬遠され、適度によそって「おかわり」をうながすのが一般的だ。同じように大皿を前にしても、各々が箸を伸ばす「直箸」を嫌い、取り箸で取り皿に分けるのがマナーとされる。朝倉は「この違いは儒教文化の制度化にある」と説明する。

小山茂樹

小山茂樹

小山茂樹

朝鮮半島では14世紀に李氏朝鮮が国を治めた際に儒教が国教とされ、その教えが社会に根づいた。「儒教では八親等までを『身内』と考えます。また韓国人は代々『門中』と呼ばれる一族の系譜を持っており、自分を中心に『身内』が同心円状に広がっていると認識しています。その輪の中の人は『身内』だから、何でも分かち合おうとする文化が育ったのだと考えられます」。

一方、江戸時代に儒教が「教育」としてもたらされた日本では、その「孝」の教えが祖先祭祀と親族組織の制度化にまで結びつかなかった。「日本で『身内』といえばせいぜい三親等まで。それ以外は皆『他人』と考えます。すなわち日本の社会では、自分の周囲に身内よりも多くの他人がいる。その『他者』を意識した発想が気遣いや『おもてなし』につながったのではないか」と朝倉は見る。

このほどユネスコの無形文化遺産に登録された韓国の「キムジャン文化」も、「分かち合い」の文化を象徴していると朝倉は話す。韓国には冬を前に一族総出でキムチを漬け、それを分け合う習慣がある。今でも「キムジャンキムチの分かち合い」と称し、低所得者などにキムチを施す活動が行われるのもそれに由来するという。

守屋先生-家庭の食卓

守屋亜記子

「似て非なる文化を比べることで自国の文化に対する理解も深まります」と言う朝倉は、箸と匙という日本と韓国の食器の違いが生まれたおもしろい歴史をひも解いた。朝倉によると日本でも12世紀頃までは貴族階級で匙が使われていたことを示す絵巻物や文献が見つかるという。それが変わった理由は「包丁文化」にあると朝倉は分析する。「刺身に代表されるように日本ではいつしか包丁さばきで美しく料理を飾る文化が定着しました。その結果、美しく盛り付けられた料理を損なわずに食べるために箸だけを使うようになったのではと考えています」。

「食」を軸に国を見比べるとそれぞれの多様な側面が見えてくる。「日本と共通点と相違点の両方を持つアジアの文化を『食』を通じて比較してみるのもおもしろい」と朝倉は話す。

1980年代以降、韓国社会はドラスティックに変化し、文化的にもグローバル化が急速に進展している。朝倉は人々の食習慣が変貌する様からそうした社会の変化を汲み取ってきた。これからも日本やアジア各国とも比較しながら、「食」を切り口に韓国社会が経験する多様な変化を見続けていきたいという。

韓国国立民俗博物館

朝倉 敏夫

朝倉 敏夫
経済学部 教授
研究テーマ:韓国社会:グローバル化の中の諸局面
研究分野:社会人類学、韓国社会論

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2017年4月24日更新