STORY #10

錯視から人間の知覚の謎に迫る

北岡 明佳

総合心理学部 教授

對梨 成一

文学部 助教

脳神経機構の解明から
工学への応用まで
広がる錯視研究。

「錯視は、対象の真の性質とは異なる知覚あるいは認知です。錯覚のうち、視知覚性の現象を錯視と言います」

そう口火を切ったのは錯視研究で世界屈指の実績を持つ北岡明佳。北岡は錯視を対象に知覚心理学の領域から人間の「知覚」の謎を解き明かそうとしている。

北岡によると、古くから錯視を利用した絵や幾何学図形が作成されるなど、錯視研究の歴史は長いが、知覚心理学や脳神経科学の発達に伴って錯視に科学の光が当たったことで今、大きく進展しつつあるという。

例えば錯視の一つに「傾き錯視」と呼ばれるものがある。平行に描かれた2本の線分が曲がったり斜めに傾いで見える現象で、よく知られているものに「フレーザー錯視」、「カフェウォール錯視(ミュンスターベルク錯視)」がある。北岡はこれらの構造を分析し、より上位の「フレーザー錯視群」として一つにまとめられることを提唱した。

「フレーザー錯視とは、平行に描かれた2本の線分が平行でなく見える傾き錯視の一種。垂直な線分と交差するように斜線を引いた時、垂直な線分が斜線の傾きと同じ方向に傾いて見える錯視をいいます。線と線を並べる場合はもちろん、2つの領域が接するエッジ部分を並べた場合でも同様の錯視が起こります」と北岡。明・暗のコントラストの異なる線と線を組み合わせるラインタイプ、明・暗の位相の異なるエッジを組み合わせるエッジタイプ、さらに明・暗の線とエッジの4要素を組み合わせる混合タイプの3種類の線とエッジの組み合わせで、すべてのフレーザー錯視を分類できると説明した。一方のカフェウォール錯視は、白黒の正方形列と灰色の水平線とを組み合わせることで、ある条件下で灰色の水平線が右肩上がりに傾いて見える現象だが、北岡はこの錯視も新たな「フレーザー錯視群」に包摂できることを示した。

さらにこれらの傾き錯視にはしばしば「静止画が動いて見える錯視」が同時に観察されることを発見した北岡。「大脳の第一次視覚野には方向選択性と運動選択性の両方の作用を持ったニューロン群があります。この錯視にはこれらのニューロンが関与しているのではないかと考えました」として、「フレーザー錯視群」を構成する4つの基本要素を組み合わせた「トゲトゲドリフト錯視」(下図)を作成。同じ方向に動き続けて見える「4ストローク運動」の性質で説明できることを示した。現代では錯視の多くは網膜ではなく脳神経系で発生すると考えられている。脳内の錯視の発生場所を推定してみせた北岡の研究はその成果の一つといえる。

トゲトゲドリフト錯視

新しい傾き錯視&静止画が動いて見える錯視である『トゲトゲドリフト錯視』(上)とその動きの錯視を4ストローク運動に還元して説明する図(左下)。北岡によれば『フレーザー錯視群』は要素の違いから線・エッジ・混合の3つのタイプから成り(右下)、そのうちトゲトゲドリフト錯視は混合タイプと考えられる。

もう一つ静止画が動いて見える錯視に「フレーザー・ウィルコックス錯視」がある。これは輝度勾配のある面をのこぎり刃状に並べて描くと、並べたパターンが「暗→明」または「明→暗」の方向に動いて見えるというものだ。北岡はこの原理を用い、「蛇の回転」というユニークな錯視図形を創作している。加えて輝度勾配によって脳の処理速度が異なることを活用した錯視作品も作成。それが「ハートが動いて見える錯視」だ。「輝度のコントラストの高いところは脳内処理速度が速く、低いところは処理速度が遅いため知覚に時間差が生じます。輝度の高いところが先に見えるため、図を動かすとハートが動いて見えるのです」。

また色も錯視に深く関わっている。「色の恒常性」錯視もその一つだ。シアン(青緑)色の画素でできたイチゴの画像を見ると、赤い画素はないはずなのにイチゴが赤く見える。これは脳内で色を補正することによって起こるという。その他、北岡はこれまでに「色依存の静止画が動いて見える錯視」などを作成し、そのメカニズムを説明してきた。

フレーザー・ウィルコックス錯視による「蛇の回転」。[Zoom]

「色の恒常性」錯視

「色の恒常性」錯視。赤い画素はないのに赤いイチゴが見え(左)、青い画素はないのに青いイチゴが見える。

「こうした錯視研究の知見は、医療や福祉、建築、交通、環境デザインなど実社会のさまざまな領域にも応用可能です」と北岡。對梨成一は錯視を利用して交通課題の解消に貢献しようとしている。その一つが縦断勾配錯視(縦方向の傾斜の錯視)を用いた交通渋滞対策だ。

「下り坂から上り坂に差しかかるサグ部で渋滞が起こりやすいことはよく知られています。これは下り坂から上り坂への縦断勾配の変化が緩やかなために、運転者が上り坂になったことに気づかずにアクセルを踏まないことが原因です」と對梨。それに加えて、遠坂が見えること自体にも原因があると考えているという。對梨らは実際の高速道路のサグ部に着目し、現状の道路よりも上り方向に傾斜して見せる縦断勾配錯視の効果を検討した。坂道の縮小模型を用いて縦断勾配錯視に影響を及ぼすと考えられる坂道を囲む四方の視環境の傾斜や側壁の水平パターンの傾斜、側壁の高さ、側壁の水平・垂直パターンの傾斜と交差などを検証。この知見をもとにサグ部の側壁に傾斜した水平パターンを描き、縦断勾配錯視を緩和する方法を考えている。

いまだその多くが解明されていない脳神経系の機構に迫ることから工学分野への応用まで、錯視研究が担う領域は実に幅広い。

京葉道路の穴川東ICから貝塚ICまでの上り線に、傾いた横縞を描いた側壁を設置する縦断勾配錯視のシミュレーション(右)。道路が側壁のない現状(左)よりも上り方向に傾斜しているように見える。

矢野 桂司/河角 直美

北岡 明佳[写真左]
総合心理学部 教授
研究テーマ:傾き錯視の研究、色の錯視の研究、錯視の現象学的・心理物理学的研究、視覚的ファントムの研究、静止画が動いて見える錯視の研究
専門分野:実験心理学

storage研究者データベース

對梨 成一[写真右]
文学部 助教
研究テーマ:坂道の傾斜知覚の研究
専門分野:実験心理学

storage研究者データベース

2018年8月20日更新