STORY #5

京都の町並みを次世代に残す政策とは

吉田 友彦

政策科学部 教授

京町家が今、中古住宅市場を熱くしている。

商店の格子が連なる通り、間口が狭く奥に深い町家、細い路地。歴史的な建造物や寺社仏閣だけでなく、市井の佇まいとともに「歴史都市・京都」の景観は形づくられている。都市・住環境政策を専門にする吉田友彦はそうした都市としての京都に魅せられ、都市形態の変遷を追い続けている。

「第二次世界大戦で空襲を受けず、近代から現代にかけて都市の更新が安定的に継続されてきたことが京都の特長です」と吉田。市内には築年数が100年を超える町家も少なくないが、一方で居住者の高齢化が進んだり、町家の約10%が空き家になっている現状もある。行政も手をこまねいているわけではない。京都市では「景観的、文化的価値を有する京町家などの歴史的建築物を良好な状態で保存し、活用しながら次世代に継承する」ことを目的に、建築基準法の適用除外規定を活用した「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」を運用している。吉田も都市構造や京町家の住環境などを研究した成果をもとに、こうした古い建物の政策的方向性などを提言している。

例えば京都市の都市構造の特徴を捉える指標の一つとして京都市内の中古住宅の供給状況を詳らかにした研究がある。吉田は京町家だけでなく中古の一戸建てやマンションも含めて戸建て住宅全体の立地や仕様、価格に注目して京都市全体の地理的分布を分析した。東山や北区などといった地区ごとの価格差や延べ床面積・部屋数の傾向、さらにはよく売りに出されている立地と販売価格などを明らかにし、とりわけ都心部で「中古戸建て住宅の過小供給」ともいえる現象が起こっていることなどを突き止めている。

さらに最近吉田は、京都市内でいわゆる「再建築不可」の中古住宅(接道していないためリフォームしか許されない住宅)に焦点を絞った新たな研究も行っている。由緒ある京町家と言い得るようなものから、築年数が50年程度の比較的新しいテラスハウス型住宅まで、多種多様な中古住宅全体の市況を調査した。

「現在、京都市内に残るいわゆる『再建築不可』物件は2タイプに大別されます。近代から戦前、終戦直後までに建てられた古い京町家と、高度経済成長期の1960年代頃に出現した比較的新しいテラスハウスです」と吉田。京町家の敷地割りは一般に、通りに面した狭い間口の「うなぎの寝床」といわれる奥行きの深い敷地にあり、表側の家主の住宅と、路地に面する奥側の借家に棟が分かれる。路地の借家は3、4戸が連なった1棟の長屋形式ものが多い。表に玄関があるのは通りに面した元々の家主の住宅だけで、奥へは幅1mに満たない袋路と呼ばれる私道を抜けて入っていく敷地割りになっている。どちらも最近は「京町家」と呼ばれるようになっているが、こうした袋路の場合、奥の住棟は「建築物が道路に2(または)3m以上接していなければならない」という建築基準法を満たしておらず、「接道不良」として建て替えが禁止された「再建築不可」物件に分類される。

「再建築不可物件は、市場価格がやや安く設定されていることもあり、京町家と言い得る立地にあるものは比較的順調に売れてゆきます」と実情を説明した吉田。建て替えは無理でもリフォームは許されているため、住宅や宿泊施設用にリフォームした物件が次々と市場に投入されているという。趣のある風情は外国人観光客にも人気らしい。

一方で築50年程度の再建築不可物件も何軒かが連なって長屋を形成しているものであるが、比較的新しくて立地も京都市中心部ではないため、「京町家」として売り出しにくいものが多く、これらの売れ行きははかばかしくないという。「都市の景観を持続的に維持していくためには、中古住宅市場全体を見渡して立地や仕様などの特徴を捉え、政策に生かしていく必要があります」と吉田は語る。

袋路の奥に広がる、もう一つの「京町家」の世界。

持続的な都市を考える上では、住まう人や住まい方も重要な変数になる。「住宅地の維持にとって理想的なのは、老若男女、多様な世代の居住者が入り混じっていることです」と吉田。その観点から親の近隣に居住する若年ファミリー世帯の重要性に注目し、京都市郊外の戸建て住宅地を対象に、転入によって親子近居を実現した世帯とそうでない世帯の相違を分析した。ここで言う「近居」とは、親世帯と子世帯が、交通手段を問わず心理的な意味で30分以内に行き来できる範囲に住むことだ。

「調査した京都市郊外では夫の親の近くに近居する子世代が多く、とりわけ共働きの子世帯が多かった」と吉田。その結果を「『孫の世話をしてほしい』と親世代を頼るというよりは、親を心配する子世代の配慮が近居の決定要因になっている」と分析している。一方で、京都市中心部は「いわば居住者の混合が完成している」と見る。住宅団地のほとんどが高齢者という郊外団地も多い中、都市の景観とともに居住者も更新し続ける京都市中心部は一つの理想形といえるかもしれない。そうした都市をいかに未来へ残していくか。吉田の研究の重要性は今後さらに高まっていく。

吉田 友彦
吉田 友彦
政策科学部 教授
研究テーマ:都市・地域計画、住宅政策、まちづくり
専門分野:都市計画・建築計画

storage研究者データベース

2018年5月28日更新