STORY #1

「障老病異」と
ともに生きていく人の
経験、技法を知る。

立岩 真也

先端総合学術研究科 教授、生存学研究センター長

伊東 香純

先端総合学術研究科 博士課程後期課程

生きて在るを学ぶ「生存学」という学問がある。それは私たちが生きていく中でそれとは意識せず求め続けていることが、学問として形を成しえたものであるかもしれない。今回は「生存学」とは何か、そして「生存学」の創生拠点として設立された立命館大学生存学研究センターの研究者たち、その研究の魅力に焦点を当てます。

「病気」と「障害」は
どう違うのか?

「人間は皆『障老病異』とともに生きている。障害や老い、病気、性的アイデンティティなどの面で人と異なることは誰にでも起こり得ることだ。それにもかかわらず、これまでその当事者の側に立った研究や情報の蓄積はあまり行われてこなかった。病や障害などをもった当人がどのように生きてきたか、あるいは生きているかを知り、これからどう生きていくか考える。それが『生存学』である」

そう表された新たな学問分野の創生拠点として2007年、立命館大学生存学研究センターが開設された。センターでは多様な分野の人や経験、知を集積して学際的な共同研究を行い、「生存学」に関わるあらゆる問題を考究している。

「生存学」という言葉は、センター長を務める立岩真也が1990年に発行した共著『生の技法』をラテン語に訳した“Ars Vivendi”に由来する。立岩は1980年代から家庭や施設を出て地域で暮らす重度全身性障害者の自立生活について研究し、同書を著した。

立岩は「例えば『精神疾患』と言ったり『精神障害』と言ったりしますが、そもそも『病気』と『障害』はどう違うのか、あるいはどう重なるのでしょうか。また病気や障害に苦しみ、『明日にでも治りたい』という人もいれば、『ひとまずはこのままでいい』という人もいます。『治す』場合はいったい何を治すべきなのか。そうした『境』を整理して考えてみるのが、生存学のスタンスです」と語る。

立岩は、病と障害を区別するものとして5つの契機を挙げている。すなわち「病」は①痛み・苦しみであり、②死に至らされることのあるものである。一方「障害」は③できないこと、④形・行動・生活の様式が異なること、⑤加害性がいわれること、とする。そしてこれらは併存したり、時には複数の契機が同時に存在することもあるという。

「病を治療して苦痛を和らげたり、死を回避することは誰しもが求めるかもしれませんが、例えば障害における『できない』ことは、必ずしも本人でなくても他が代替することで十分補えるかもしれないし、本人の障害を治すよりもそれを補うよう社会を変えることの方が必要かもしれない。本人そしてその人に関わる人々にとって『病』や『障害』の意味や得失を整理することが『生きる』手助けになるかもしれないと考えています」と語る。

研究や経験・知見を
アーカイブする拠点が必要。

また伊東香純も、病を治すために必要だとされている精神医療や精神病院が必ずしも当事者の希望に応えるものではない現実に疑問を抱き、精神障害者のグローバルな草の根運動を研究している。

「世界中の約70の組織がネットワークでつながっている精神障害者の世界組織があり、これらの組織の発足過程から各国の現在の実情までを調査しています」と伊東。

2018年夏には世界組織をけん引してきたイギリス、オランダ、ドイツ、スウェーデン、デンマークの組織を訪れ、組織の創設や初期の運営に関わった人々を対象に創設過程についてのインタビュー調査を実施した。次いで台湾では性的マイノリティでありかつ精神障害も持つ人々の組織を調査。二つの側面を持つがゆえにいずれに関わる組織や人々からも阻害されてきた実情を明らかにしている。

「成り立ちも目的も、またそれぞれの抱える問題も千差万別の世界中の精神障害者の組織がどのように共通の目標を見つけ、どう連携しているのかを明らかにしたい」と語る。

立命館大学生存学研究センターには、伊東のような若手研究者の他、年齢も経験もまた学術分野も異なる多様な研究者が集っている。哲学者、人類学者、経済学者、社会学者、文学者、心理学者、生態学者、さらに対人援助、医療政策、生命倫理、科学史の研究者などそれぞれの専門は多種多様だ。

同センターはこうした異分野の人々が「生存学」を基軸に研究するプラットフォームとしての役割を果たすと同時に、「知」をアーカイブする場所としての機能も担っている。同センターの書庫には「生存学」に関わる書籍、雑誌・機関紙、その他当事者の記録・証言、手記などの文献・資料4万点以上が検索可能な状態に整理、収蔵され、その情報がウェブサイトで公開されている。「書籍や情報を集積し、それを必要とする人に公開することで研究や知見はさらに広がっていきます。こうして大学という恒常的な場所でアーカイブを保持し続けることが、本センターの極めて重要な役割だと考えています」と立岩は言う。

「あらゆる人々の生き方を構想し、あるべき社会・世界を実現する手立てを示す」ために、立命館大学生存学研究センターを中核として、立岩らの「企て」は続いていく。

立命館大学 
生存学研究センターResearch Center for Ars Vivendi, Ritsumeikan University

立命館大学生存学研究センターは2007年度文部科学省グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点の採択を受け、設立された。5年間のプログラムとして「生存学」創成拠点では、大学院先端総合学術研究科と人間科学研究所が基幹となり、教員・院生・研究員が組織を超えて連携し、研究・教育活動を展開してきた。以後こうした実績を踏まえて「生存学」を構想・提言・実践しつつさらなる展開を行う国内の中核的研究拠点となり、海外研究者との連携を強め、グローバルなハブ機能をもった拠点として国内外での「生存学」の交信を目指している。

生存学の企て
障老病異と共に暮らす世界へ

立命館大学
生存学研究センター 編

生活書院

大震災の生存学

天田 城介、渡辺 克典 編

青弓社

知のフロンティア
生存をめぐる研究の現場

立命館大学
生存学研究センター 監修、
渡辺 克典 編

ハーベスト社

リスク化される身体
現代医学と統治のテクノロジー

美馬 達哉 著

青土社

病者障害者の戦後
生政治史点描

立岩 真也 著

青土社

不如意の身体
病障害とある社会

立岩 真也 著

青土社

立岩 真也/伊東 香純
立岩 真也[写真左]
Tateiwa Shinya
先端総合学術研究科 教授、生存学研究センター長
研究テーマ:所有論、身体と社会の歴史・論理
専門分野:社会学(+生存学?&障害学△)

storage研究者データベース

伊東 香純[写真右]
Ito Kasumi
先端総合学術研究科 博士課程後期課程
研究テーマ:精神障害者のグローバルな草の根運動の研究
2019年2月12日更新