STORY #3

未来の医療、暮らしを革新する
新しい化学合成を創出する

土肥 寿文

薬学部 准教授

菊嶌 孝太郎

薬学部 助教

ヨウ素を使い、世界初、メタルフリーの
酸化的クロスカップリングの触媒化に成功。

今日、我々は様々な化学製品に囲まれて生活している。有機合成化学はそれらを生み出す基盤技術分野であり、新規化合物の合成は医薬品や電子材料、機能性材料などの開発において欠かせないものだ。その中でも、「クロスカップリング反応」は、種々の新規化合物を合成する反応として汎用されてきた。2010年、「クロスカップリング反応」を開発した根岸英一博士、鈴木章博士らがノーベル化学賞を受賞したことからも、この反応がいかに人類にとって重要な技術であるかがわかるだろう。

クロスカップリングとは構造の異なる二つの物質を結合させる化学反応である。この反応法の開発が画期的だったのは、遷移金属の触媒を用いることで、反応性に乏しく容易に結合しない炭素原子と炭素原子の結合を可能にしたことだ。しかし、この反応法には課題が残されており、現在も世界の研究者が新しいカップリング反応の開発に取り組んでいる。土肥寿文もその一人だ。

「従来のクロスカップリングの課題の一つは、触媒にパラジウムなどの高価なレアメタルが使われることです。加えて、反応性の低い炭素原子を結合させるために、ハロゲンや金属元素などの官能基をあらかじめ導入した活性化基質を用います。そのため官能基化の反応プロセスが長く、しかも反応後に不必要な金属塩が生成されるため、経済的にも環境面からも理想的とはいえません」と言う。

2008年、当時の薬学部長であった北泰行教授は、従来の遷移金属触媒ではなく超原子価ヨウ素を触媒に用いて炭素原子と炭素原子を結合させる酸化的クロスカップリング反応を発表し、大きな反響を呼んだ。

その研究グループの一員であった土肥は、それに続いてさらに反応性が高く、しかも芳香環に対して優れた選択性を示す新しい超原子価ヨウ素触媒を設計。これにより、活性化基を持たない基質を直接的に結合させる酸化的クロスカップリング法の実用性が飛躍的に向上した。超原子価ヨウ素の触媒によって、官能基を導入せずに炭素-水素結合を芳香環などに変換できるため、わずか一プロセスで反応が終わる。加えて、過剰酸化などの副反応や不必要な金属塩も生じない。土肥が開発したのは従来の課題を一挙に解決する革新的な触媒だった。「しかも、ヨウ素は少資源国の日本が世界で有数の生産量を誇る数少ない資源であり、超原子価ヨウ素を用いた反応は、環境にも優しいグリーンケミストリーです。日本の化学工業の発展にとって極めて有力な資源です」と可能性を語る。

超原子価ヨウ素触媒のデザイニング

現在、土肥は開発成果を用いた応用研究にも取り組んでいる。製薬分野への展開もその一つだ。土肥とともに研究する菊嶌孝太郎は、含フッ素有機化合物の合成への応用を進めている。「フッ素原子を含む医薬品は、代謝安定性が高く、体内で緩やかに分解される他、脂質に溶けやすいなどのメリットから医薬品の約25%を占めており、ドラッグデザインにおいてフッ素原子の導入は重要な戦略の一つです」と菊嶌。

フッ素を含んだ有機化合物を合成するにあたっては、例えばトリフルオロメチル化剤と遷移金属触媒を組み合わせた手法が開発されてきたが、反応プロセスが長く、コストがかかり、不要な金属塩が生成されるといった課題がある。菊嶌は、超原子価ヨウ素触媒を使った酸化的クロスカップリング反応を応用することでこれらの課題を解決し得ると考えている。

「フッ素原子は医薬品だけでなく、農薬や、テフロンコーティングやタッチパネルの表面加工など機能性材料にも幅広く使われています。安全で安価、かつ環境に優しいカップリング合成法の開発は、工業製品の製造にも大きな貢献を果たすはずです」と言う。

土肥はさらに、超原子価ヨウ素を活用してナノサイズの化合物の新しい合成法を開発するという未知の領域に挑もうとしている。

ナノ分子(10-9m~10-8m)を合成するには、それ以下のサイズの低分子の結合を繰り返しつなぐ方法が一般的だ。だがこれでは反応プロセスが長くなり、効率的な合成法とはいいがたい。そこで土肥は、10-7~10-6 mの高分子の共有結合部分を選択的に切断するというこれまでにない方法で、有用なナノ分子を合成しようとしている。「その一環として取り組んでいるのがリグニンを原料として使った芳香族化合物の合成です。リグニンは、木の皮部分を形成する高分子化合物で、芳香環を多く含んだ構造をしています」。土肥は、リグニンの分子内の強固な炭素原子-酸素原子間の結合を選択的に切断し、有用な芳香族化合物のみを取り出す方法を探っている。「これまでに超原子価ヨウ素酸化剤を常温下の水中で用いて炭素原子-酸素原子間の結合を切断し、有用な有機化合物を合成することに成功しています。リグニンも水に溶解することからこの手法を応用できるのではないかと考えています」と言う。

「こうした高分子の原子間の結合切断と従来の低分子の結合形成の双方向からナノサイズ分子の合成法を開発したい」と土肥。この新たな合成技術により、将来社会に革新をもたらす有機化合物が生まれるかもしれない。

有機合成における分子サイズアップ
土肥 寿文/菊嶌 孝太郎
土肥 寿文[写真左]
Dohi Toshifumi
薬学部 准教授
研究テーマ:サステイナブル有機合成手法に基づく、医薬・機能物質の創生研究
専門分野:有機合成化学、触媒・資源化学プロセス、機能物質化学(化学系薬学)

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菊嶌 孝太郎[写真右]
Kikushima Kotaro
薬学部 助教
研究テーマ:含フッ素有機化合物の新規合成法の開発
専門分野:有機合成化学、グリーンサステイナブルケミストリー、機能有機化学

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2019年3月11日更新