STORY #1

琵琶湖の環境を守る番人は
水中ロボット。

川村 貞夫

理工学部 教授

水中でロボットを自在に動かすには
制御と機構の統合が欠かせない。

日本最大の湖・琵琶湖。約400万年前から同じ姿を留める古湖であり、今なお豊かな生態系を維持する世界でも稀有な湖の環境保全や調査に今、水中ロボットが活躍している。川村貞夫らが開発した「湖虎(ココ)」は2本のアームで水中の物をつかむことのできる水中ロボットだ。重さ55kgの小型・軽量のボディで50mの深さに潜り、カメラや加速度センサで水中を撮影・計測しながらゴミ拾いなどを行う。廃タイヤを湖底から引き上げた実績もある。

水圧や浮力、水流などの影響を受ける水中でロボットを動かすのは、陸上とは比べものにならないほど難しい。ロボットアームなどの自由度の高い付属物を搭載すると制御はさらに複雑になる。浮遊状態の水中ロボットではロボットアームを適切な位置に持っていくことも困難な上、足場のない水中で物を持つとその重量でバランスを崩し、ロボットもろとも沈んでしまう。川村は世界にも例のない独立型の浮心移動機構を開発し、そうした課題を解決してみせた。2つの発泡ウレタンのフロート(浮き)とスクリューでロボット本体の姿勢を保持しながら、ピッチ角とロール角を制御する仕組みで水中の物体にうまく姿勢を合わせることに成功した。

コンピュータによる制御技術とメカニカルな機構開発の両方に秀でているところが川村の強みだ。「ロボットはセンサやアクチュエータ、コンピュータなどシステムとしての統合体です。システム統合の視点で考えなければ高い性能は望めません」と川村は言う。とはいえ水環境の影響は予測不可能でコンピュータによるシミュレーションも十分ではなく、機構と制御を統合させるのは簡単ではない。それを可能にすることで川村は従来にない小型で高性能な水中ロボットを次々と実現してきた。

「水中ロボットそのものの性能に加えて重視しているのは、操縦のしやすさです」と続けた川村。訓練を積んだ専門家しか使えなければ、どんなに高性能な水中ロボットも宝の持ち腐れになってしまう。複雑な制御機構を持つロボットアームの操作もジョイスティック一つでコントロールできるよう川村は最初からハンドリングを考慮に入れてシステム設計を行っている。

ココの進化形である「有手海(アルテミ)」はさらに軽量の30kg。ココより数段機敏に動けるようになった上、先端に取り付けたアームで物をつかんだり、組み立てることもできる。カメラと150mの長さのケーブルによる通信で水上の操縦者に水中の様子を伝えることで、水中で細長いパイプを差し込むといった複雑な作業も可能になった。

双腕操縦型 水中ロボット 湖虎 COCO
水中グリッパ ロボット 有手海 ARTEMI

ハンドリング可能な水中ロボットはそれまで深海探査などで用いられる大がかりなものがほとんどだった。「水深3000m以上まで潜るためにロボットの重さは数百kgから1トン単位。開発には数百億円かかる場合もあり、1回調査に赴くだけで、数千万円から億単位の費用がかかります。これでは到底身近な環境保全や調査に簡単に使うことはできません」

川村が徹底して小型化と軽量化、使いやすさを追求するのは、ニーズの高さに比べてそうした水中ロボットがあまりに少ないからだ。「開発が難しく研究開発者が少ないため、技術の発展も人材の育成も進まない。そんな悪循環を断ち切りたい」と敢えて険しい道を行く覚悟を語る。

ココやアルテミといった環境保全に役立つ水中ロボットの他に、川村は琵琶湖の環境や考古学の調査に用いるロボットの開発を進めている。湖底に1m程度の細長いシリンダーを突き刺し、数百年単位で積もった泥層を採取するための水中ロボットが「海剣(ミツルギ)」だ。水流の影響を最小限に抑え、効率的に方向転換や移動を行うために、可変形状機構やスラスタ(プロペラ)配置に工夫を凝らしている。

また「海観(ミカン)」は琵琶湖底に眠る葛籠尾崎(つづらおざき)湖底遺跡を調査するために開発された。GPSの届かない水深70mまで潜り、3次元で物体を捉えるハイビジョンカメラと超音波信号で湖底の土器を探索する。水の流れの激しい場所も進めるよう8個のスラスタが取り付けられ、また砂に埋もれた土器を傷つけないよう水流で表土を吹き飛ばす機能も搭載されている。
川村の開発した水中ロボットが今後琵琶湖の環境保全の一翼を担うだけでなく、地球や人類の足跡を明らかにする歴史的な発見を後押しするかもしれない。

柱状採泥 水中ロボット 海剣 MITSURUGI
水中考古学 ロボット 海観 MIKAN
川村 貞夫

川村 貞夫
理工学部 教授
研究テーマ:水中作業を目的としたロボット開発、ソフトロボットの設計と製作、次世代産業用ロボット開発
専門分野:知能機械学・機械システム

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2017年8月29日更新