STORY #3

眠っている人の映像だけで
睡眠状態を計測する

岡田 志麻

理工学部 准教授

拘束せず、触らずにセンシングし、
病気の予兆をいち早く発見する。

健康状態を把握するための検査機器から医療機関で病気の発見に使われる診断機器まで人を計測する機器は数多くある。こうしたセンシング技術の開発において、近年被験者に配慮する視点から「何を計測するか」はもとより、「どのように計測するか」が重要になっているといわれる。そんな中、「睡眠の計測」に焦点を当ててセンシング技術を研究している岡田志麻は、人の体動のみから睡眠を計測する無拘束・非接触のセンシング手法を開発し、専門家らを驚かせた。
「睡眠は人の健康に大きく関係しており、その質や量から健康状態や心理状態、さらにはさまざまな疾病の有無など多くのことを推量できます」と解説した岡田。現在の睡眠計測の主流は睡眠ポリグラフ検査と呼ばれるもので、身体にいくつものセンサを取り付け、脳波や心電図、眼球運動、筋電図、血中酸素飽和度などを連続的に記録する。体のあちらこちらにセンサを取り付けての計測は被験者に負担をかける上、計測するには検査設備を備えた専門機関にわざわざ出向かなければならない。

一方岡田のアイデアは、就寝中の被験者をカメラで撮影し、画像情報のみから睡眠深度や健康状態を推定しようというものだ。「人間の脳は24時間常に稼働しており、外界からの刺激に反応して必ず身体を動かしています。睡眠時はそれが端的に表れます」と岡田。人は眠りの浅いレム睡眠とより深い眠りであるノンレム睡眠を繰り返しながら徐々に眠りを深めていく。深度が深くなるほど体の動く回数や時間が減っていき、やがてほとんど動かなくなる。この眠りの深度と体動との関係に目をつけたのが岡田の睡眠深度推定法だ。

まず就寝中の被験者を赤外線機能を備えたウェブカメラで撮影し、映像から体動を計測する。岡田はそのデータから体動量、体動連続時間、静止持続時間といったパラメータを算出し、差分処理によって「レム睡眠」「軽い睡眠」「深い睡眠」「覚醒」の4段階で睡眠深度を推定するアルゴリズムを構築した。実際に睡眠深度を推定する実験でも正答率は約80~90%に達し、既存の睡眠ポリグラフと比べても遜色ない性能を実証してみせた。

体動計測による睡眠深度推定(差分処理)

体動計測による睡眠深度推定(差分処理)

睡眠深度推定方法

睡眠深度推定方法

睡眠状態の計測技術は、疾病や発達障がいの早期診断にも役立てられる。その一つとして岡田は大阪大学附属病院(小児科)と共同でADHD(注意欠陥・多動性障がい)を早期に発見するための診断補助手法の開発に取り組んでいる。「ADHDのお子さんが睡眠障がいや睡眠時無呼吸症候群を併発しやすいことは以前から知られていました。さらに詳しく調べたところ、ADHDのお子さんは本来体動抑制が働いているはずの深い眠りの時にも体動の頻度が極めて高いことがわかりました」。そこで岡田は睡眠時の映像から抽出した体動の頻度を計測し、ADHDの特徴を定量的に抽出するシステムを開発。テスト段階ではあるが性能の有意性も確かめている。

「幼い男児の場合は特に元気が良いだけなのか、それともADHDの症状が表れているのかを診断するのは医師にも難しいといわれます。ましてや親御さんがADHDを疑って専門機関を受診するのに二の足を踏むのは当然です。もし家でビデオカメラを回すだけでADHDの徴候を発見できれば、もっと気軽に検査を受けてもらえるようになる。早期診断がその後の治療や育児に役立つことはいうまでもありません」

さらに今岡田が注力しているのが、未熟児の成長スピードを睡眠から計ろうという新たな試みだ。早産児は自分で呼吸したり、乳を飲めるようになるまでNICU(Neonatal Intensive Care Unit:新生児特定集中治療室)でクベース(保育器)に入れられ、24時間体制でケアされる。「経験豊富な看護師は、赤ん坊の心電図などのラインに僅かに重畳する体動ノイズや装着された呼吸器の音から赤ん坊がよく寝て正常に発達しているか否かを判断できるといいます。

そうした看護師の『眼』の代わりとしてカメラを保育器に取り付け、早産児の体動から発達度合いを推定する手法を構築しようとしています」と岡田は説明する。 岡田のもとには医療関係者からの連携依頼が後を絶たない。パーキンソン病やハンチントン病などの神経系疾患に特徴的な症状である不随意運動をビデオカメラで撮影し、症状の有無や程度を判断するシステムや、身体のふらつきや足の引きずりといった微妙な変化を加速度センサで計測し、高齢者の疾病や認知症の予兆を早い段階で見つけ出すシステム、さらに顔の表情のセンシングからうつ病や認知症の兆候を探るシステムなどを開発中だ。一日も早い実用化が待たれる。

岡田 志麻
岡田 志麻
理工学部 准教授
研究テーマ:小児のための動画像を用いた無拘束、非接触な睡眠検査法の開発、医療従事者を対象とした無人タイムスタディ法の開発、寝具内温度の変化による睡眠時の生理機能の解明
専門分野:医用システム、応用健康科学、知覚情報処理・知能ロボティクス、感性情報学・ソフトコンピューティング

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2017年9月25日更新