STORY #4

飛行ロボットに革新をもたらす
機械の「眼」

下ノ村 和弘

理工学部 准教授

視覚センサを駆使し、空中で作業する
飛行ロボットを開発する。

自律飛行する知的ヘリコプター「ドローン」が一般に登場したのは数年前。以来マルチローター方式のヘリコプターをベースにした飛行ロボットは急激な勢いで普及している。用途も空撮から物資の運搬へと拡大し、最新の開発は土木・建設現場など高所で作業を行う飛行ロボットへと移行しつつある。すでに機体にロボットアームやロボットハンドを搭載し、飛行しながら物体に接触・操作する研究が報告されているが、実用化にはまだ多くの課題を残している。下ノ村和弘もそうした課題克服に挑む一人だ。下ノ村はロボットビジョン、すなわちロボットの「視覚」に焦点を当て、飛行しながら作業を行う「空中マニュピレーション」ロボットの開発に取り組んでいる。

既存の「作業する飛行ロボット」の多くは、機体の姿勢の安定を保つために機体の下方部分が作業域に想定されている。それに対して下ノ村は機体の上部にロボットハンドを搭載し、ハンドを上に伸ばして作業するロボットを作ろうとしている。「実現すれば、トンネルや屋内の天井、橋梁の裏側の作業や調査など飛行ロボットの作業領域を大きく広げることができます」と可能性の大きさを語る。

飛行ロボット開発の難しいところは、重量や消費電力の制約が非常に大きいことにある。飛行しながら作業を行うには、ロボットハンドの他にカメラなどのセンシング機器や取得したデータを処理してマニュピレーションにつなげるためのコンピュータや制御機器、一定時間の作業を可能にするバッテリーなどが必要だが、そのすべてを搭載すれば重量オーバーになってしまう。いかに小型かつ軽量で高い性能を実現するか。そこに下ノ村のアイデアが光る。

「まず空中に浮いて不安定に揺れている状態で対象物を検出し、さらにロボットハンドの位置を制御して的確な場所に手先を動かすまでのプロセスを統合するビジョンシステムを構築。またFPGAと呼ばれる書き換え可能な組込みプロセッサを用いてデバイスを制作するなどソフト、ハードの両面から技術開発を進めています」と下ノ村。実際に飛行ロボットの上部にロボットハンドを設置し、空中で棒状の物体を把持したり、電球をねじってソケットから取り外したりできることを実証している。

棒状の物体を把持し作業する飛行ロボット

棒状の物体を把持し作業する飛行ロボット

天井のパイプを把持する様子

天井のパイプを把持する様子

またロボットハンドで物体をつかむのに欠かせないセンサの一つに接触(触覚)センサがある。下ノ村はこの「触覚」をも「視覚センサ」で捉えるという画期的な研究に取り組んでいる。ロボットハンドで対象物を把持するプロセスは、対象物を「探索」し、それに「接近」し「把持」するという3つで構成される。探索にはカメラなどの視覚センサ、接近には距離センサや近接センサ、さらに把持には触覚センサや圧力センサが必要で、かつセンサ間でのデータの同期も欠かせない。しかし先述の通り制限の大きい飛行ロボットにこれらすべてを搭載するのは難しい。そこで下ノ村が開発したのが、複眼カメラを用いた光学式接触近接複合センサだ。複眼カメラで接触センシングと近接センシングを同時に行い、高分解能の接触情報を取得することでロボットハンドの把持制御を実現しようというものだ。

「カメラなどの視覚センサは計測点が極めて多いのが特長。これほど高性能な触覚センサはないともいえます」と下ノ村。これまでは画像処理にかかる計算量が膨大で、計算スピードやコンピュータの容量に課題があったが、下ノ村は最適な制御アルゴリズムの構築、組込みFPGAの活用などによってこの問題を解決。実証実験で複合センサのみを使ったロボットハンドでゴムや木、金属など異なる材質の対象物を把持できることも確かめている。いずれは食品などさらに柔軟な物体の把持も可能にするという。

さらに高性能の「視覚」技術を獲得するために、下ノ村はロボットヘッドの研究も進めている。「人は頭部を上下に揺らしながら歩いていても対象物をはっきり捉えることができます。こうした人の首や目の動きを模倣してロボットの視線の安定化を制御しようと考えています」と語る。下ノ村は「眼」の役割を果たす2台のカメラで得た画像情報と、慣性センサ(ジャイロセンサ)で測定した頭部角速度情報を用いて両目(カメラ)と頭部を回転させ、視標を常に保持する運動制御を実現した。こうした技術は飛行ロボットに搭載するカメラにも活かされることになる。

「最終目標は作業用飛行ロボットの完全自動化。それにどれだけ近づけるか。挑戦しがいのあるテーマです」と下ノ村は意欲を見せた。

車輪を天井に押し付けて移動することで高精度な位置決めが可能な飛行ロボット

車輪を天井に押し付けて移動することで高精度な位置決めが可能な飛行ロボット

ロボットヘッド

ロボットヘッド

飛行ロボットに搭載したパン・チルト機構付き視覚センサ

下ノ村  和弘
下ノ村 和弘
理工学部 准教授
研究テーマ:ビジョンを中心としたセンシング技術とロボット知能化技術
専門分野:知覚情報処理、知能ロボティクス、電子デバイス・電子機器

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2017年10月10日更新