STORY #7

人工知能が「想像力」で
デザインした椅子

西川 郁子

情報理工学部 教授

AIはビッグデータで
「スタイル」を学習する

どんな写真や絵もゴッホやピカソが描いたような名画風に変換してみせるアルゴリズムが発表され、話題を呼んだのは2015年のことだ。これを使ったアプリケーションは今スマホでも体験できる。
機械学習や最適化について研究する西川郁子もこの「画風転写」に興味をもつ一人だ。中でも西川は、企業やデザイナーと連携して「画風転写」技術を実用へ展開することに力点を置いている。

そもそもニューラルネットワークとは人間の脳の神経回路網を模した計算モデルを指す。コンピュータの処理能力、容量が飛躍的に高まったことに加え、インターネットの普及によって膨大なデータを入手できるようになったことが、この計算モデルの進化を加速させた。膨大なデータ処理に依拠するディープ(深層)ニューラルネットワークがディープラーニング(深層学習)で獲得するスキルは、いまや人工知能(AI)に欠かせないものとなっている。

西川の説明によると、その学習の仕組みは次のようになる。ニューラルネットワークは、与えられた画像データ群を、例えば、所望のクラス分け(分類)ができるまで構造を変え続けるよう設計されている。画像にある「猫」を認識させるには、大量のデータを見せ、そこに「猫」があるときだけ、そう答えるよう求める。答えを間違うと、ネットワークを少し修正し、次に同じ画像を見たときには間違えないことを目指す。ただただ、これを繰り返すだけ。「猫」にどのような特徴がある、といったヒントは一切与えない。同時に「猫」以外のものに対しても、同様に繰り返す。ネットワークは、初めは出鱈目に答えるしかない。出鱈目に答えつつ、正解か否かだけを手掛かりに、正解するためのヒントを画像の中に探し始める。試行錯誤を繰り返すうちに、やがて「猫」などの各クラスに分類するための部品として、ある「形」や「色」の有無などのヒントを見つけ正解率を上げていく。「形」なら、まず一番単純な部品として「線分」から。次に単純な部品を組み合わせて、少し複雑な図形や色合いなどを。層を成すネットワークでは、部品を抜き出す(畳み込み)作業が各層で繰り返され、さらにそれらを組み合わせることで段階的に抽象度の高い顔や毛並などを抜き出していき、最終的には「猫」の特徴を備えているかを抜き出して答えに繋げる。

「『画風転写』と呼ばれるのは、写真や画家の作品から『スタイル』と『コンテンツ』の特徴群を機械的に分離し、他の画像にその『スタイル』を写すことです」と西川。「コンテンツ」とは、画像にある物体の形状や配置などを指し、「スタイル」は色合いや模様、肌触り、質感といった、「コンテンツ」以外の、その画像独特の特徴を指す。「画風転写」手順はまず、ディープニューラルネットワークを使って名画の「スタイル」の特徴を抽出する。次に「コンテンツ」を決め、目指す画像が名画と同じ「スタイル」を持つよう画素ごとに変更を繰り返す。

西川は画像を細分化し、その一部分のみの「スタイル」を抽出して転写するという局所的な画風転写を考え、デザイナーや住宅メーカとの共同研究に生かしている。「住宅の内観のパースに『リゾート風』『ニューヨーク風』といった住宅スタイルの写真を転写することで内観イメージをシミュレートできます」と西川。局所的画風転写によって内観パースの中でもテーブルや壁といった特定の領域に「スタイル」を転写できるので、部屋全体はもちろん、家具・インテリア、床材などの建具ごとに視覚的なイメージを提案できる。住宅メーカの細かい要望に応えてブラッシュアップを進め、「ユーザ自身も初めは思い付かなかったイメージを自由に創造できるようになれば」と西川は話す。

インテリアパースのセクションごとにさまざまなスタイルを転写し内観イメージをシミュレート

インテリアパースのセクションごとにさまざまなスタイルを転写し、内観イメージをシミュレートする。

また西川はディープニューラルネットワークを使って3次元物体を補完するアルゴリズムの構築にも取り組んでいる。「人が椅子を背後から見た時、たとえ腰掛けや脚などが見えなくても過去の経験から頭で補完し、椅子の全体像を想像できますが、これも機械学習で実現できます」と西川。まず椅子のデータをネットワークへ大量に与え、ネットワークに「椅子(とされる)形とは何か」を機械学習させる。それができると、データとして与えていなかった椅子でも、データの欠損部分があっても、椅子だと認識することで、欠損部分も補完し生成してしまう。「この生成機能を、例えば設計に用いれば、部分案から残りを自動生成したり、不具合の自動修正も可能になります」

ディープニューラルネットワークは人工知能の開発などで活用が進んでいるが、多様な分野で使えそうだ。こうした先進システムを企業のビジネスなどに役立つようブレークスルーできる西川のような存在は、今後ますます重要になるだろう。

人工知能による椅子の3Dモデルの生成

多様な形の椅子の立体データをディープニューラルネットワークに与え、「椅子とはどのようなものか」を機械学習させると、ネットワークは内部表現として椅子のデータ分布を獲得する。それができると、データとして与えなかった椅子も椅子と認識し、さらに、椅子だとの認識を基に、一部データの欠損部分があっても、その部分を補完して椅子の3Dモデルを生成する。椅子の背面部分のみのデータから、認識と生成を何回も繰り返すことで徐々に椅子全体らしきものが形成され、15回目には自ら生成した椅子を修正せずに椅子と認識して、背面部分と整合する椅子として出力した。左が1回目、右が15回目の生成結果。人工知能が「想像力」で作り出した椅子である。

西川 郁子
西川 郁子
情報理工学部 教授
研究テーマ:(1)機械学習:ニューラルネットワーク、パターン認識など、(2)システム最適化:物流、電力取引、構造設計、VLSI設計など、(3)バイオインフォーマティクス:ヒトタンパク質の翻訳後修飾部位の予測、脳活動データの分類、昆虫脳の回路モデルとシミュレーションなど
専門分野:知能情報学、機械学習、最適化、生命情報学

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2017年11月20日更新