STORY #4

「音楽」と「サウンド・アート」の
境界線

小寺 未知留

文学部 准教授

「音楽とは何か」。
マックス・ニューハウスから探る。

「サウンド・アート」と呼ばれる「音」を用いた芸術作品・活動がある。「サウンド・アート」は今日多くの場合、音楽とは異なる芸術分野として理解される。「両者の違いは一体どこにあるのか。翻って『音楽』とは何なのか」。そう問いかけるのは、小寺未知留だ。小寺は『音楽』と『サウンド・アート』の境界線を探ることで、『音楽とは何か』という疑問に答えを見つけようとしている。

小寺が着目するのは、マックス・ニューハウス(1939-2009)。ニューハウスはサウンド・アートの第一世代の作家とされ、サウンド・インスタレーションの先駆者と考えられている人物だ。小寺はニューハウスの創作・文筆活動を丹念に辿り、彼がどのような場面で「音楽」という語を用い、自作品をいかに「音楽」から差別化したのか、その変遷を検証した。ニューハウスの研究は多いが、「音楽」にまつわる彼の言説を年代順に整理し、考察した研究は他に見当たらない。「ニューハウスが何を『音楽』と呼んだのかという観点から時系列に彼の創作活動を一望することで、音を用いながらも音楽ではない『サウンド・アート』という芸術分野が形成されてきたプロセスを明らかにしたい」と語る。

マックス・ニューハウス
《タイムズ・スクウェア(Times Square)》

小寺が取り上げたのは、ニューハウスの代表的な作品と著作《ドライヴ=イン・ミュージック(Drive-In Music)》(1967)、『プログラム・ノーツ(Program Notes)』(1974)、《タイムズ・スクウェア(Times Square)》(1977-1992、2002-)と、東京・池袋の西武百貨店などで行われた講演の記録である。それらをつぶさに読み解き、「音楽(music)」という語がいかに用いられたかを精査した。

まずニューハウス初のサウンド・インスタレーション作品とみなされているのが、1967年に発表された《ドライヴ=イン・ミュージック(Drive-In Music)》だ。といってもそれは、一般に人々が「音楽」と聞いて思い浮かべるものとは全く異なる。「通り沿いにラジオの通信機を設置。そこを走行する自動車がカーラジオの周波数を合わせると、通信機が発する音が聴こえてくるというもの」だという。小寺はこの作品のタイトルに「音楽」が用いられている点に注目する。「当時のニューハウスは、自分の作品を従来的な音楽とは異なるものだと認識しつつも、『音楽ではないもの』として明確に位置付けていたわけではなかったと考えられます」と分析する。

続く1974年に出版された小冊子『プログラム・ノーツ (Program Notes)』には、「ニューハウスが時間と空間との対比において自作品を説明した重要な記述がある」という。小寺によると、ニューハウスにとって彼自身の作品は、「時間」の中にではなく、「空間」に音を配置するもの。その「場所」を訪れればいつでもそれを聴くことができるものだった。「1974年の時点で、ニューハウスは空間と時間を対比するかたちで自身の作品を従来的な音楽と差別化していました」。従来の「音楽」ではない新しいアートのジャンルが生まれようとする萌芽を小寺はそこに見る。

とはいえ『プログラム・ノーツ』では、ニューハウスはまだ自作品を「音楽」と呼んでいたという。では彼はいつから自作品を示す語として「音楽」を使わなくなったのか。そこで登場するのが、ニューハウスの代表作《タイムズ・スクウェア(Times Square)》だ。場所はニューヨーク、マンハッタンの真ん中にある交差点。歩行者エリアの足元にある鉄格子の下、地下鉄の換気用の空間にスピーカが設置されている。歩行者がその場所で耳を澄ませると、そのスピーカから発せられる微かな音を媒介として世界有数の巨大交差点が発する環境音を聴くことになるという。「作品のタイトルは当初『アンダーグラウンド・ミュージック(Underground Music)』でした。しかしやがてタイトルから『音楽』という語が姿を消します。この時、ニューハウスの中で自作品は『音楽』ではない新しいアートであるという意識が確固たるものになったのではないか」と小寺は推察する。この改称を機にニューハウスのサウンド・インスタレーションは、「音楽」という言葉を用いずに語ることができるようになったという。

小寺はさらに1982年に行われた講演録からニューハウスの語彙の変化を追跡。「遅くとも1982年には、サウンド・インスタレーションは音楽の範疇に収まらないものとして明確に語られるようになった」とみる。こうしてニューハウスの作品と言説を年代順に追いかけて初めて、彼が自身の創作活動を音楽でないものとして語る語彙や論理が、創作実践を後追いするかたちで徐々に構築されていった過程が明らかになった。

「サウンド・アート」を巡る小寺の研究はまだ始まったばかりだ。「今後は音楽史の本の中でニューハウスがどのように言及されているのか、あるいはされていないのかに着目したい」。「音楽」と「サウンド・アート」の境界線を別の側面から浮き彫りにする。

小寺 未知留
小寺 未知留
Kodera Michiru
文学部 准教授
研究テーマ:マックス・ニューハウス再考、音楽心理学の歴史
専門分野:美学・芸術諸学

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2022年2月21日更新