STORY #5

「宇宙」を
「スポーツ」に活かす

湊 宣明

テクノロジー・マネジメント研究科 准教授

宇宙開発の成果は
想像も出来ないほど
広がっている

未知なるものへの純粋な好奇心から、やがては人類の繁栄と文明の発展のために宇宙の可能性を追求することを目的に、人は宇宙を目指してきた。とりわけ20世紀後半以降の世界の宇宙開発は、技術の進歩を背景に目を見張る勢いで進展してきた。巨額の資金を投資し国を挙げて進められる宇宙開発は、宇宙のみならず地球上のさまざまな分野へもそのすそ野を広げている。

湊宣明は、宇宙開発事業団(NASDA)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)で国際宇宙ステーション(ISS)計画をはじめとした宇宙開発プロジェクトに関わった後、渡仏し世界最先端の航空宇宙マネジメントを学んだ。現在は大学の研究者として、航空宇宙領域を超えて先端科学技術の将来性を分析する技術マーケティング研究に力を注ぐ。

「技術を強みにする企業に欠かせないといわれるMOT(技術経営、Management of Technology)も宇宙開発から生まれました」と湊は解説する。きっかけは1960年代の米国アポロ計画にさかのぼる。人類を月へと送る前人未踏の巨大プロジェクト成功には、あらゆる技術分野の知識を横断的に結集し、基礎研究から技術開発、製造、運用までを統合的に管理する必要があった。「経営の基本はヒト・モノ・カネと言われていますが、そこで初めて『技術をマネジメントする』という視点が必要になってきたのです」と湊はMOTの起源をひも解いた。以後、MOTは民間企業の研究開発戦略に活用されて大きな成果を挙げ、学問として体系化されていく。宇宙開発を語るとき、技術的成果はその一部に過ぎないのだ。

宇宙空間でミッションを
果たすためのトレーニングが
スポーツのチーム作りに役立つ

宇宙開発はチームプレーが不可欠な領域である。対象とするシステムは大規模かつ複雑で、不確実性も高い。軌道上の宇宙機は遠隔操作しかできず、また、打上後は二度と地上で修理できないためシステムの信頼性、冗長性、堅牢性が求められる。簡単に帰還することもできない宇宙空間では宇宙飛行士の些細なミスも命取りになりかねない。過去の宇宙機の操作ミスでは、ミスは必ずしも個人の知識や技量不足に原因があったわけではなく、チーム全体としての対処の仕方に問題があったケースが多い。リーダーがミスを冒した場合にメンバーがそれを指摘できないチームは、安全で確実な作業を遂行できるとは考えにくい。つまり、一人ひとりの能力が高くても、チームとしてパフォーマンスを最大化できるとは限らない。そのため宇宙開発ではあらゆる状況を想定してそれに耐えうるシステムとしての設計技術やチームとしてのマネジメント手法が蓄積されてきた。こうした技術やノウハウが汎用化され、地上のさまざまな事業分野に応用されていく。スポーツも例外ではない。その一つが「トレーニングへの応用」である。

極超音速機(写真提供:宇宙航空研究開発機構 JAXA)

湊が取り組む研究の一つに極超音速機がある。音速(Mach)の5倍の速さで飛行する未来の航空機だ。現在10時間以上かかる日米間を約2時間で飛行可能にする。このような革新的システムの実現には、基礎研究や要素技術開発のみでは不十分である。膨大な開発資金の確保、長期にわたるプロジェクト管理、市場競争に耐えうるビジネスモデルの設計と評価、国際協業パートナーとの戦略的連携など、技術経営学の観点からの研究が欠かせない。

宇宙空間でのミッションは宇宙飛行士だけでなく、地球上から支援する人も含めたチームで達成される。そのため宇宙飛行士訓練の一つに「スペースフライト・リソース・マネジメント(SFRM)」と呼ばれるものがある。ミッションを達成するためにどうチームに働きかけ、チームとして意思決定し、チーム全体を機能させるかを学ぶものだ。実際のトレーニングには、チームの中でリーダーとフォロワーが毎日交代しながら夏山・冬山登山に挑むというプログラムがある。「重視されるのは、宇宙という予測が出来ない環境を想定し、万が一リーダーに不測の事態が生じてもチームが機能すること」だと湊はその意図を説明した。誰もがリーダー役としてもフォロワー役としてもチームに必要な機能を果たせるようになる、その訓練というわけだ。

「状況に応じて変化する自分の役割を見極め、チームのことを考えて行動する力を養うトレーニングは、あらゆるチームスポーツに有効でしょう。私の研究室では、ビジネスパーソン向けのリーダーシップ開発にも応用できないか研究を進めています」と湊は語る。

宇宙技術を活かした
新製品・サービス開発

もう一つの視点は、宇宙のテクノロジーを地上のスポーツ製品やサービスの開発に活かすことだ。例えば、元々軍事用システムとしてアメリカで開発されたGPS(全球測位システム)は、アメリカンフットボールやラグビー、サッカーといったフォーメーションを重視するスポーツの戦術分析に不可欠となっている。さらに「ユニークなところでは、宇宙機回収のために開発した翼技術が後にスポーツとして展開した例もあります。それが、ハンググライダーです。」と湊。また、微小重力環境下では歩行による負荷がかからないため、宇宙飛行士の足裏の皮膚が劣化するという。その宇宙飛行士の足裏の皮膚強度を維持するため、敢えて「摩擦の起こる靴」を開発したスポーツ用品メーカーが、その技術を介護サポート製品に応用しようという例もあるという。宇宙に挑むからこそ生まれた逆転の発想が、革新的な製品コンセプトの開発に結び付いた事例である。

「宇宙は未知・未踏のフロンティア。だからこそ革新的なコンセプトを描く力と、それを実現させるマネジメント力に溢れていて、まだまだ他分野に応用可能です。目指すのは、宇宙の知を活かして実現可能かつ持続可能な未来を設計すること」と語った湊。宇宙開発の成果が未来を変えるイノベーションにつながっていく。

湊 宣明

湊 宣明
テクノロジー・マネジメント研究科 准教授
研究テーマ:新製品・サービス開発のためのシステムデザイン技法の開発、先端的航空宇宙プロジェクトの価値評価モデル開発と応用研究
専門分野:技術マーケティング、製品・サービスデザイン、航空・宇宙システム

storage立命館大学大学院 湊研究室

2016年8月1日更新