STORY #7

日本のスポーツの
現場に求められる
アスレティック
トレーナー

岡松 秀房

スポーツ健康科学部 助教

日本の学校には
スポーツ傷害に関する
リスクマネジメントを担う
専門家がいない

スポーツ現場は学校部活動からプロスポーツまで、また毎日の練習から試合まで幅広い。アメリカではそれらのスポーツ現場には必ずといっていいほど「アスレティックトレーナー」と呼ばれる人がいる。

近年「アスレティックトレーニング」は日本でも徐々に注目されつつあるが、一般の認知度は決して高いとはいえない。「日本では『トレーナー』という言葉は身体パフォーマンスやボディメイクなどを強くイメージさせる。しかしアスレティックトレーナーはスポーツ現場でスポーツ傷害や病気を予防するための選手の健康管理、受傷した際の傷害の評価や応急処置、治療や安全に競技復帰するためのリハビリテーションなど、運動に関わる幅広い傷害に対して「リスクマネジメント(リスク管理)」を行うスペシャリストである。またスポーツイベントや運動組織(チームや学校など)で発生する事故に対してもリスクを管理するスペシャリストとして必要な存在とされている。その重責ゆえアメリカのアスレティックトレーナー(ATC: Certified Athletic Trainer: 米国公認アスレティックトレーナー)は医療系の国家資格として認定されている」。そう語る岡松秀房はアメリカでATCを取得し、現地でアスレティックトレーナーとして働いてきた実績を持つ。

「不運にも学校で課外活動中に倒れた生徒がいれば、その場で状態を評価し、応急処置を施し、病院に救急搬送の必要があるのか迅速かつ的確に判断を下さなければなりません。必要な知識は打撲から靱帯損傷・脱臼・骨折・脳損傷・脊椎損傷、熱中症、さらには突然死まで多岐にわたります」と岡松は説明する。

岡松 秀房

アメリカでアメリカンフットボールの大学リーグの試合中、チーム専属のアスレティックトレーナー(右が岡松)がケガした選手をサポートしながらフィールド外へと連れ出す。フィールドで選手が倒れた時、真っ先に駆け寄って状態を判断し、必要に応じて処置を施すのが彼らの役割だ。大学のアメリカンフットボールチームでは、専属アスレティックトレーナーが練習・試合に帯同する。

スポーツ現場ではいつ何が起こるかわからない。いかなる場面でも、迅速かつ適切な判断と臨機応変な対応が求められるだけに精通しなければならない学問領域も広い。整形外科学や救急救命医学を中心とした医学分野だけでなく、運動学やトレーニング学、生理学や生化学、栄養学、心理学など必要な知識は多様な学問分野に及ぶ。そのためアメリカのATCの取得には、公認カリキュラムを持つ大学の学部か大学院を修了した上で国家試験に合格することが義務づけられている。岡松自身アメリカの大学のアスレティックトレーニング学科で必要な知識を身につけるとともに、3年間で1,500時間もの現場実習を経験し、実践力を磨いた。

「さまざまなスポーツの現場、とりわけ日本の学校現場には体育や課外活動中に起こる傷害に対するリスクマネジメントの専門家がいない」と課題を口にした岡松。立命館大学の招聘を受け入れて帰国した理由の一つはこの現状を打開することにあった。そのために情熱を燃やしているのが人材の育成だ。現在岡松は立命館大学スポーツ健康科学部に新設された「グローバル・アスレティックトレーナー(GAT)プログラム」で教鞭をとる。これはアメリカのATCの取得を目指すプログラムで、アメリカの公認大学、あるいは大学院への編入・留学を視野に入れ、授業はすべて英語で進められるカリキュラムで編成されている。

一方で岡松は「人材育成だけでは十分ではない」とも考えている。「まずはアスレティックトレーナーが活躍できる環境をつくることが先決です」。日本ではアスレティックトレーナーは文部科学省の下で日本体育協会が認める認定資格に留まっており、学校などに常駐する制度なども整っていない。資格を取得しても専門性を発揮する場がないのが現状だ。

岡松は今、日本のスポーツ現場にもリスクマネジメントの責任を担うアスレティックトレーナーを増やすべく、人材育成に取り組みながらその重要性を訴え続けている。アスレティックトレーナーを普及させるアイデアとして提案するのが、整形外科病院と連携するモデルである。「スポーツを支える医療の主体は整形外科であるべきです。病院の整形外科が拠点となって複数のアスレティックトレーナーが所属する。ふだんはそこで患者に対してリハビリテーションや運動指導を実施し、放課後など必要な時間帯に地域の学校に派遣される仕組みです」。

日本のスポーツ現場、とりわけ学校教育の現場では、精神論や根拠のない練習・指導が問題視されることもいまだに少なくない。「そうした日本のスポーツカルチャーを根底から変えることに貢献したい」と意気込む岡松の挑戦はまだ始まったばかりだ。

岡松 秀房

岡松 秀房
スポーツ健康科学部 助教
研究テーマ:スポーツ傷害予防やアスレティックリハビリテーションに関する研究
専門分野:アスレティックトレーニング、スポーツ傷害、前十字靭帯(ACL)

2016年8月1日更新