稲盛会長の利他のリーダーシップ:加瀬公夫上席研究員

稲盛研・研究者インタビュー#3


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「稲盛研・研究者インタビュー」企画は、稲盛経営哲学研究センター(稲盛研)で研究員をされている先生方に、自身の研究内容や、稲盛経営哲学との関わり、「利他」について語っていただくインタビュー企画です。立命館大学の学生が記者となって、「利他」と研究のつながりを探ります。第3回目となる今回は、稲盛経営哲学研究センター上席研究員の加瀬公夫氏にインタビューを行い、加瀬先生の「稲盛名誉会長の利他のリーダーシップ」の研究プロジェクトなどについて伺います。

(取材・執筆:一瀬優菜・吉武莞)

稲盛名誉会長のリーダーシップ

稲盛経営研究センターでは「稲盛名誉会長の利他のリーダーシップ」について研究されていましたが、現在はどのような活動をされているのですか。


イギリスの出版社との契約(2019年)で、研究内容を出版することになっており、現在執筆中です。私たちとしても、仮設の検証、確信がなければ執筆できないため、もう一度今まで研究内容を確認するため、京セラのOBや盛和塾の方たちにお会いして、調査面談をしているところです。盛和塾とは稲盛京セラ名誉会長の思想を汲み取り、それを自社の企業経営に役に立てようとする優秀な方たちの集まりです。去年(2019年)も、京都に滞在しながら、この両者のひとびととインタビュー調査を行いました。2021年中の原稿完成にむけて努力しているところです。

この研究に参加される背景について教えてください。


稲盛経営哲学研究センターに入った理由は二つあります。一つ目は、昔からお世話になっている一橋大学名誉教授である野中 郁次郎先生に誘われたからです。野中先生は知識創造の分野で、経営学としての新しい分野を拓かれた方で、世界的に著名な学者です。二つ目は、今まで研究してきた経営者の認識研究の延長線上であったからです。私の過去の著作物の多くはイギリスから出版していますが、経営者の認識がどんな風に働くのかを中心に研究してきました。稲盛経営哲学は、稲盛名誉会長がどのように思考されているかという点で、経営者の認識研究の延長線上であると考えました。経営学は、応用科学なので、心理学や社会学等から思考の枠組み、研究方法、概念などを借りています。その中で「認識」はとても大事な要素だと思います。

大学や経営大学院等では、利益極大が企業存在の第一目的であるとして教えられます。私の専門は企業戦略で、「なぜ企業戦略を学ばなければいけないのか」について学生と議論します。その際に前提として、「投資家から託された資金を使い、利益を極大化するためにあるのだ」と話し、議論を展開させていきます。ですが、この考え方のみであると不都合なことが多く起こります。そのため必要なことは、このような世の中で経営関係者が求めているものは、利益極大化以外で、どのようなパラダイムがあるのかを再考、反省することです。その突破口として、野中先生の知識創造と稲盛経営哲学の研究は重要であると理解しています。

この研究の目的はどのような点になるのでしょうか。


稲盛名誉会長のような考え方をする人が、世の中に沢山いるかというと、おそらく、そんなことはないと思います。日本でも有名な経営者は何人かいますが、最も稲盛名誉会長の考えに近しい方のひとりは、ヤマト運輸の小倉さんではないでしょうか。小倉さんは、稲盛名誉会長ほど従業員育成や教育に関する情報に言及されていないような気がしますが、利他の精神やフィランソロピー(社会的慈善)を大変意識されていました。「他人を助ける」という意味では、稲盛名誉会長とよく似ています。また稲盛名誉会長は、「自分が豊かになりたい」等の私欲がほとんどない人だと思います。(これは、後で言及する宗教的指導者との共通点)

このような指導者は世界でも少ないと思います。その中で私たちが、世の中に対して、「このような指導者も実在し、このような考え方もあるのだ」と説明することが、研究目的になるのだと思います。

稲盛経営の真髄

それでは研究内容についてお話を伺いたいと思います。研究を通して、リーダーシップの側面からどのようなことが明らかになりましたか。


明らかになったことの一つ目に、これまでの研究で浮かび上がった稲盛名誉会長のリーダーシップ像があります。これは一言で言うと、「行動が主である」という考え方です。つまり、まず「何か行動する」とその上に、世間一般で言われる「経営哲学」があるだと思います。「思想があった上で行動がある」のではなく、「行動があった上で思想がある」というような考え方です。それが明らかになったことの一つになります。

組織体制の側面からどのようなことが明らかになりましたか。


京セラはアメーバ経営を行っています。アメーバ経営とは採算性を重視するやり方で、企業の組織を細分化し、一つの組織単位で収益を追求させることによって、会社全体で収益化を目指すものです。通常、独立採算の目的でいわゆる、一般の事業部制(たとえばGMとかデュポンなどの設計した制度)が使われますが、アメーバ経営にはそういった一般の事業部制とは違いがあり、そのアメーバ経営独自の特徴が「稲盛経営の真髄」であると考えています。

人間には三つの動機があります。一つが内的動機で、内面に感じた興味・関心や意欲に動機づけられている状態を言います。二つ目が外的動機で、給与や名声の追求などの人為的な、自分の外部での刺激によって動機づけられている状態です。最後が超越的動機と言い、「人を助けるために私は働く」というようなものです。これは稲盛経営哲学で言われている「利他の精神」と通ずるものがあります。

稲盛名誉会長のアメーバ経営は内的動機と超越的動機を組み合わせながら、経営や組織を作っていると思います。「他人に役に立つために働くことが自分の動機になる」といったような考え方です。一方、一般の事業部制では、外的動機と内的動機の組み合わせであり、他人を助ける等の超越的且つ高次の理想は入っていません。アメーバ経営は、アメーバ単位自身がいくら儲かろうとも、その指導者には、それに直接比例して報酬が支払われない仕組みで、そのような外的要因、外的動機を極端に避けているものがアメーバ経営ではないかと考えます。

稲盛名誉会長の考えとして、「一生懸命働くことが我々の人生の目的だ」という考え方が根本的にあり、自分の従業員にも働く中で、その人の成長を支えようされていたのだと思います。時に厳しく会計について追求されますが、それは自身の富を増やすためではなく、会社全体で栄えていく過程を通じて、人間として豊かになろうという考え方があると、私は考えています。

世界の指導者との共通点

他にも新しい結論があると聞きました。


私は、「稲盛経営」と宗教指導者である「イエズス会の創設者聖イグナチオ・デ・ロヨラ」や「曹洞宗の道元禅師」とは似ていると感じ、比較してみました。彼ら、どちらにも、まず行動があります。

曹洞宗では、ただひたすら座禅を組み、修行する「只管打坐」を行います。僧侶の行動の規範は『永平清規』などに微に入り細に入り記述されている。イエズス会では「スピリチュアル・エクササイズ(心操)」があり、段階ごとの修行の積み方が詳細に書かれています。両者とも、日常の行動を指導することによって、考えを導きます。つまり、どちらもまず行動を行い、その上で思想を形成しているのです。この話は、稲盛名誉会長の「まず行動し、人格形成を助けていく」というやり方に似ていると思います。

さらに、稲盛名誉会長の著書を読むと、死後の世界を信じていることが分かります。この世の中はこの人生だけで完結しているのではなく、この世の中を良く生きることによって、次の世界で展開するものがあるという確信があるのだと思います。これはヨーロッパでは確実にある考え方です。哲学者のソクラテスも(プラトンの対話篇である)『パイドン』のなかで、その最期に臨んで、自分の考え方を述べますが、稲盛名誉会長と全く同じこと言っています。スイスの思想家で『幸福論』の著書であるカール・ヒルティも同じことを言っています。「このような苦しい世の中を生きていく理由は、次の段階への準備である。そう考えなければ、私は理解できない」と言っています。今まで多くの宗教に関する本を読んできましたが、この稲盛経営哲学の研究を通して、今までの考えが入っていくような感覚がありました。

これらの研究はどのように行われましたか。


私は、ケースを観察し、そこから一般化できる理論を導き出す「インダクション(帰納)」というやり方(とアブダクション、つまり仮設的推論、との両方)を使っています。そのため個別でインタビューを行い、一言一句漏らさず、言葉の裏にある思考を想像し、そこから理論を導き出します。話す人によって伝わるメッセージが変わるため、インタビューの際は、相手の表情の変化や雰囲気を敏感に感じ取ります。そうすることで、表情や動作などから、言葉以外の意味が伝わってきます。直接会って話すことが大事なので、今回も感染症の問題がある中で、スペインからこちらに来ました。その人に関して、どこまで知れるか分かりませんが、性格や人格を推測、推察してみようと努めています。面談調査の結果は、24時間主義にもとづき、記憶が鮮明なうちに備忘録を作成する、そのなかには事実、聞き取りの忠実な記載、その解釈を記述する、それは、また共同執筆者の崔先生とお互いに確認を取りながら数回原稿の交換、相互確認を行うことにしています。

また財務諸表も分析、この会社はどのような考え、戦略にもとづいて行動したかの理解を図っています。

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盛和塾生企業と稲盛経営哲学

インタビューをされた中で、どのような方が多い印象でしたか。


私が感じたことは、京セラで働いておられた社員の方は、性格や人格が完成されている方が多いということです。稲盛名誉会長とは一度しかお会いしていませんが、(世間一般でいわゆる)悪いことや下卑たことは絶対しない人だと思います。そのような人のもとで、若い時代を過ごし薫陶を受け、育成された人材は、人間的に成長、成熟している人が多いのではないかと、想像しています。

この研究の課題はどのようなところにあると思われますか。


この稲盛経営哲学を、どのように後世に伝えていくのかだと思います。稲盛経営哲学をいかにして、日本国内や日本以外に定着させていくかが課題なのではないでしょうか。ただ私たちの研究はあくまでも学問的な研究なので、まず全体像を明らかにすることで、次に他の研究者や次の世代の人たちがさらに研究していくのだと思っています。

この研究内容は大学の授業などで活用できますか。


私のやり方であれば、稲盛名誉会長のケースを使って、ケースメソッドでみんなで議論していくと思います。その際に議論を豊かにするため、稲盛名誉会長の考え方背景に想定することで、新しいことが学ばれ思考されると思います。これらは正確な科学ではないため、それが正しいとは断言できませんが、これを考えると稲盛哲学の全体像が理解できるといった点があると思います。

新しい視点からの研究内容でした。本日はありがとうございました。


プロフィール

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加瀬 公夫氏

稲盛経営哲学研究センター上席研究員

東京外国語大学外国語学部スペイン語科卒業後、IESE経営大学院MBA(経営学修士)を取得。1996年マンチェスター大学経営大学院経営学博士取得。プライスウオーターハウスヨーロッパ会社経営コンサルティング部門、スペンサーステュアートスペイン社、米州開発銀行評価局、ESADE経営大学院を経て、2001年カトリコ・ボリビアーナ大学研究科長、現在IESE経営大学院休職中。2011年マドリードCUNEF学院野中ナレッジマネジメント・イノベーションセンター長、2013年国際大学国際経営学研究科長、2014年国際大学副学長、2015年国際大学学長を歴任。同学学長退任後、国際大学名誉教授、北京師範大学講座教授、立命館大学稲盛経営哲学研究センター上席研究員などを務める。


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