薬学部 創薬科学科 教授

小池 千恵子

現・静岡県立大学薬学部を卒業。同大学で修士課程・博士課程を修了する。博士号取得後にハーバード大学の関連機関 等に留学し、中枢神経系の研究に関心を持つ。帰国後、大阪バイオサイエンス研究所の研究員を経て、立命館大学薬学部へ。網膜の発生と機能を研究する。2017年より現職。

未開拓の分野を切り開く研究に挑む

#01

迷い、悩んだ大学・修士課程

朧気ながらも研究に関心を持ったのは、小学校の夏休みの自由研究です。その頃から漠然と「将来は研究者になりたい」という思いを募らせていました。
大学は薬学部に進学したものの、修士課程までは自分が想像していた研究とは異なる環境に、「どう進路を定めたものか」と悩む日々が続きました。研究者としての基盤を築くことができたのは、博士課程に入ってから。博士課程に進学する学生が少ないためか、指導教官が、熱心に研究の進め方を教えてくれました。若いうちに優秀な研究者に基礎トレーニングを受けたことは、今振り返っても非常に重要なことだったと思います。
研究者としての転機は、留学です。博士課程での研究が評価され、アメリカのハーバード大学医学系大学院の関連病院である、ボストン小児病院に博士研究員として働けることになりました。世界屈指の研究機関です。修士課程の頃一人論文を読みつつ、どういう環境であれば、飛び抜けて優れた研究論文を出せるのかと思いを馳せていました。「最先端の研究とはどういうものか、自分の目で確かめてみたい」。そう願った通りの場所への留学でした。

アメリカ留学で研究者として飛躍

留学して最も衝撃を受けたのは、共に学ぶ大学院生たちの勉強の質と量です。日本ではそれなりの論文数を読みこなし、寸暇を惜しんで研究に打ち込んできたつもりでしたが、ハーバード大学の大学院生の読む論文数にはとてもかなわないと感じました。研究環境が整っているから優れた研究成果を挙げられるわけではない。それはひとえにたゆまぬ努力の賜物なのです。「一日24時間、一瞬たりとも研究以外のことを考えるいとまがないくらい没頭しなければ、世界のトップレベルにはなれないのだ」と思い知り、これまで以上に身を入れて研究するようになりました。また、こういった経験により、自分が解放されたように思います。
留学先の指導教授の言葉で、今でも心に残っていることがあります。それは、「既存研究の後追いではなく、その分野の先端を切り開くような研究をしなければならない」、そして「研究するからには、例えば『ノーベル賞を取る』といった、高い目標を掲げて取り組みなさい」というものです。この二つの言葉は、今も研究する上での指針になっています。

留学先で女性研究者との絆を深めた

研究というのは時代が進むに連れ、驚くほど進歩していきます。ボストンでノーベル賞受賞者の利根川進先生の神経科学研究についての講演を聞き、その可能性の大きさに心を動かされましたが、縁あって、現在中枢神経系の器官である網膜の発生と機能について研究を続けています。おもしろいのは、網膜は組織そのものを取り出して、その応答を測定できること。脳を取り出しても全容は調べることはできません。しかし取り出した網膜は我々の眼同様、光を当てその応答を測定することで、刺激が入ってきてからそれに対する反応までを調べることができます。視覚の回路や網膜の機能を明らかにすることで、まだ誰も成し遂げていない中枢神経系のメカニズムの解明に近づくことができるかもしれない。「未開拓の分野を切り開く」。まさにそんな研究に挑んでいるやりがいがあります。
留学中に得た大きな財産は、優秀な女性の研究者との出会いです。当時女性研究者は少なく、留学生も少なかった一方、大層優秀で、学ぶところが非常に多くありました。そうした先輩研究者たちに刺激やアドバイスを受けたことが、異国での厳しい研究生活の支えになりました。女性研究者は少ないだけに、研究者同士のネットワークを形成しやすいのか、現在までを通じ、互いに研究のアドバイスをしたり、励まし合ったりできる仲間がたくさんでき、貴重な財産となっています。
子どもの頃に思い描いた夢を実現すべく、これまで夢中で打ち込める研究や多くのすばらしい人々に出会い、広い世界を見ることができました。幸せな道を歩んでいると感じています。研究者を目指すなら、「やりたい」「おもしろい」と思ったことを決してあきらめないでほしい。そうすればきっと誰もが夢に近づけると信じています。