2010年9月13日更新

高齢者が意欲を持って生活していくために 電子タグが描き出す、行動モデル

島川 博光
総合理工学院 情報理工学部・情報システム学科 教授
工学博士(京都大学)。1961年大阪府生まれ。1984年京都大学工学部情報工学卒業。1986年三菱電機入社。1999年京都大学工学研究科情報工学博士課程修了。2004年4月に三菱電機から現職。研究テーマはデータウェアハウスを用いたモデルとデータの融合。「工学は常にコストを考える必要がある」と断言。一方「私自身も高齢の父母を遠くに住まわせているので…」と語る、心優しい先生でもある。

島川博光の研究室には、約10畳のお茶の間と6畳のダイニング・キッチンがある。そこにびっしりと4・5センチ角の電子タグが敷き詰められている。その数4000枚。冷蔵庫や電子レンジなどの取っ手も同じだ。被験者に、この電子タグのリーダー(読み取り装置)を取り付けることで、その移動や活動を無線でモニタリングするのである。

「例えば洗濯機の中から洗濯物を引っ張り上げたり、掃除機を使う時にかがむという作業は高齢者には辛いんです。その頻度が著しく減少して行動量も乏しくなると、要介護状態で手遅れ。利便性を打ち出している『スマートハウス』のように、何もせずに済むと、身体を動かさず高齢者には逆効果。でも衰えたことを検知するシステムでは遅い。そうなる前に状況を知った孫が電話して『今度遊びに行くよ』なんて声をかけられると、じゃ部屋を綺麗にしようかとの生活意欲につながる。単なる健康状態のモニターでなく、高齢者の生活意欲を維持するためのしかけなんです」

既に高齢者3人を集めた実験も行っており、彼らの動線も分析済み。京都府からの研究支援も受けたというから、かなり現実的なレベルといえるだろう。

モニターには生活行動の履歴が映し出される。
製作中の各種実験機器

「風呂を必要な時に自動的に沸かすというサービスなどもありますが、そうすると高齢者はますます動かなくなります。ではどうしたら生活意欲を刺激できるか。遠くにいる家族や訪問介護者、医師や建築家などが、それについてインターネット上で会議するというのが次のフェーズ。そうしたシステムを一人ひとりの高齢者のために用意する。そんなこと現実には無理といわれがちだけど、電子タグをプリントすればコストは大幅に削減できるはずなんです。また、データで残るので経年変化を見ることもできます。用心のために、薄く広くケアをしておく。いざ寝たきりというコストを考えれば、ずっと安く、精神的にも気持ちよく受け入れられると思います」

セキュリティー会社やハウスメーカー、あるいは生命保険会社などと提携すれば、高齢者が自立して暮らしながらも、家族や専門家が遠隔でそれを見守る新たなケア環境が誕生するかもしれない。

「実は目下の課題は風呂。湯気で電波が飛ばないし、センサーも身体に付けられない。でも、高齢者には最も危ない場所。大学から風呂の設置許可は得たので、明日に向けてもう一工夫ですよ」

AERA 2009年7月27日号掲載 (朝日新聞出版)
取材時に見せていただいたICタグはキラキラしていてとてもキレイでした。これを4000枚いたるところに貼るのです......(→続きを読む)

取材こぼれ話

今回の取材テーマは、2009年3月末に行われた産学連携事業による研究成果『高齢者の生活意欲推定のための運動量収集に関する実証実験』がベースになっています。この実証実験についての詳細はこちら[リンク→プレスリリース]をご参照ください。

取材時に見せていただいたICタグはキラキラしていてとてもキレイでした。これを4000枚いたるところに貼るのです。写真では紹介しきれませんでしたが、電子レンジの持ち手にもついているのです。「実証実験」では、同じ動作を3回繰り返してデータをとったそうです。掃除機の掛け方のデータでは、1回目は丁寧に、2回目は適当に(座布団等はどかさずにその周りだけかけるなど)、3回目は丁寧にというデータが取れたそうです。「3回目は、これが最後、これで家に帰れると思われたんですかね」とにこやかに紹介してくださいました。難題のお風呂の研究が順調に進んで、早く社会に出てほしい研究です。


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