2012年1月23日更新

放射線量の高いホットスポット形成の解明に「確率論」を用いて挑む

土屋 貴裕
立命館大学理工学部数理科学科助教
土屋 貴裕(立命館大学理工学部数理科学科助教授)
博士(理学)。1980年福島県生まれ。2004年立命館大学理工学部数理科学科卒業。2006年立命館大学大学院理工学研究科数理科学専攻博士課程前期課程修了。2007年立命館大学大学院理工学研究科総合理工学専攻博士課程後期課程を修了後、2010年より現職。確率論とその応用を専門としており、金融工学分野でも実績ある新進気鋭の研究者。「大学受験は物理で何とか合格したくらいでじつは数学は苦手でした。特に確率の"同様に確からしい"がまったくわからなかった(笑)。今振り返ればそれは定義をちゃんとしていなかったからなのですが、大学以降の数学ではそういった『わからないを考えること』が進歩につながるのです。」
防災安全

福島第一原子力発電所は、2011年3月12日に原子炉1号機、続く14日に3号機と相次いで水素爆発を起こした。それによって大量の放射性物質が大気中に拡散したのだが、文部科学省が運営するSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)は早期に分布予測図を作成していた。今ではネットに詳細なデータが公表されているが、土屋貴裕は、このSPEEDIの拡散予測は必ずしも十分ではないと指摘する。

「ホットスポットと呼ばれる局所的に放射線が高い地域を説明しきれていないからです。まず事実から見ていくために、公表された放射線量を時系列に整理してあげると原発から遠く離れているにもかかわらず、線量が短期に上昇した地域があります。SPEEDIは風向・風速などの気象データからシミュレーションしていると思われるのですが、地形から受ける影響を十分に反映していないと考えたのです」

風向や風速は地形によって変化するため、その動きに含まれているとも理解できるのだが、土屋は「SPEEDIは放射性物質の拡散を川の流れと想定していますが、粒子として一つ一つの動きをモデリングすることで地形の影響をより正確に反映できます」という。

この地形については、無償で利用できるグーグルのサービスから地形データを取得。これらをファイマン・カッツの定理など高等数学である確率過程論を駆使した計算式として、コンピューターにプログラムしたのである。

「この地形データだけを踏まえてシミュレーションをしてみると、福島県各地で観測された時系列の線量と整合的な放射線物質の拡散を再現できます。中通り地方が相対的に線量が高くてどうして飯舘村がホットスポットになるのかも説明できます。正直、そこまでパズルのピースがハマるように一致するとは思っていませんでした」

公表データとパソコンだけでこのようなシミュレーションができるのだから、数学は凄い。

「非常時にも関わらず協力してくれた自治体や関係者の方々にはとても感謝しています。おかげで、放射線物質は、風に乗って拡散するだけでなく地形の影響を大きく受けることが解明できました。『風上に逃げろ』という指示は一部の人には適切ではなかったかもしれない。今回の調査を最適な避難ルートの分析に役立てられればと思っています」

AERA 2012年1月23日発売号掲載 (朝日新聞出版)

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