TBS「夢の扉+」出演記念企画 特別座談会 #1

「夢の扉」を開くために 答えのない問題への挑戦

久保 幹 先生

渡辺
本日はTBS「夢の扉+」に今年ご出演された3名の先生方に集まっていただきました。すでに番組にご登場された先生方については、情熱を持って研究をされている姿を拝見しました。ここでは、まずご自身の研究テーマについて簡単にお話しいただけますか。
久保
私はもともと環境微生物を専門として研究しており、誰も取り組んでいない領域、世の中に貢献できる領域を探し、農業分野の研究をはじめました。そして土壌中の微生物量や微生物による物質の分解・循環を定量的に評価する土壌肥沃度指標(SOFIX®)という技術にたどり着きました。この技術を使うと、これまで勘と経験に頼っていた有機栽培を科学的に行うことができ、有機栽培による農作物の量と質の向上を実現できます。今後はこの技術を核に、日本の農業が抱える問題の解決に挑戦していきたいと思っています。
小西
私のマイクロマシンの研究では、人工物を小さくすることで何ができるのか、様々な角度から、その可能性に挑戦しています。現在はバイオ、メディカル(医療)などのライフサイエンス分野の研究が中心で、培養した細胞組織を傷つけることなく、自在につかんだり放したりできる「マイクロマシン」を開発しています。先日、iPS細胞から作った網膜の眼球への移植手術に世界で初めて成功したというニュースがありましたが、眼球など空間が非常に狭く、作業が困難な手術に私たちの技術が貢献できる日は近いと考えています。
西浦
私は、「音を通じて社会をよくすること」をコンセプトに、情報技術を使った音づくりを中心に研究を進めています。例えば騒音を違う音で覆い隠すことによって快音に変える技術、音が漏れないように一点だけに音が伝わる超音波スピーカーを利用した技術などは、世界でも類を見ない新しい研究成果です。最終的には、個々人に合わせたパーソナルユースの音をつくっていきたいと考えています。人類誕生の前から音はあったはずなのに、実はまだ音を十分に活用やコントロールできていません。研究を通じて音の可能性を見出したいと考えています。
研究者として大切にしているものとは?

久保先生が開発した土壌肥沃度診断(SOFIX®)技術を使った企業との連携による土作りと農作物栽培の取り組み

渡辺
それぞれの分野で研究に取り組んでおられますが、研究者として大切にされていることはありますか。
久保
私もお二人の先生方と同じく、元々は工学出身で、遺伝子を人工的に操作する研究から、ライフサイエンス(生命科学)の分野に入りました。ですが、遺伝子組換に関する実験に取り組む中で、1+1=2にならないことが多く、「人間が何でもできる」という工学的な考え方に違和感を持つようになりました。むしろ、自然のしくみを活かすことが重要だと認識して、今は自然循環や物質循環という研究に取り組んでいます。人間は「大自然の中で生かされている」というイメージを持つことが大切だと感じています。
小西
私の感覚も久保先生のお話とすごく近いものがあります。私は生体組織工学を駆使して、少しでも生命に近い人工物を創り出そうとしていますが、これがなかなか難しい。ですので、考え方を少し変えて、生命を置き換えるために人工物を創るのではなく、人工物と生命をつなげることで生命ができなかったことを補完できれば良いと考えています。純粋に「ものづくり」が好きという自分の好奇心に従う気持ちと、生命へ貢献したいという気持ちを両方持ちながら研究に取り組んでいますが、どちらも大事にしながらどちらかに偏らないようにいつも気をつけています。
西浦
私が行なっている音の研究でも、同じように生命の偉大さを感じています。人間を知れば知るほど技術が追いついていないことが分かってきています。例えば、人間の声は高い音から低い音まで幅広くカバーできますが、現在のスピーカー技術ではまだまだ人間と同じ音域を1つの振動板で完全にカバーすることはできません。同じように、マイクも人間の耳には迫れていません。技術を突き詰めれば突き詰めるほど、人間の機能や仕組みの偉大さや奥深さを知ることに遭遇します。人間を理解するのではなく、人間から学ぶというスタンスを大切にしています。
渡辺
皆さん工学ご出身というところを出発点にして、今、生命の世界に密接に関わっていらっしゃる。そして、生命に対して謙虚な姿勢で研究されているという点が共通していると感じました。その謙虚さこそが、高い研究成果に結びついているのでしょうね。