突然の涙! 涙のワケは…

「歌手は歌い続けること」「学生は語り続けること」で、
被災地を支える。

バスガイドでシンガー 木村摩周さん × 立命館大学経済学部3回生 山本泰希さん

木村摩周さんは本業であるバスガイドを続けながら、「歌手になる!」という小さな頃からの夢に向かいレッスンを受ける中、SMAPや嵐などの曲も手がける相田毅さんとの出会いがあり、6月に「ありがとう」「アルバムの唄」でメジャーデビュー。現在もフリーのバスガイドをしながら、このCDをチャリティ販売し、収益のすべてを義援金として被災地に送るべく日々活動しています。この日はこのベースボール・クリスマス2011 inいわきにゲストして参加。日本プロ野球選手会の復興支援イベントに有志ボランティアとして参加していたBKCリーグに所属する山本さんとお互いの被災地への思いを語りました。

まずは自己紹介をお願いします。

摩周さん:木村摩周と申します。先ほど強風の中、会場で歌を歌わせていただきました。バスガイドをしながら歌を歌って、CDを売り、その収益金を義援金として送る活動をしています。

山本さん:立命館大学経済学部3回生の山本泰希です。今回は学生13名でボランティアとして、このイベントの主に裏方として参加しています。普段は野球のサークル(BKCリーグ18チームで約600名が活動)に所属しています。野球で何か被災地の役に立てないかと思ってやってきました。

山本さんは以前岩手にボランティア活動にいかれたということですが。

山本さん:5月に大学でボランティア募集があったのですが、当初は自分が被災地に行ってなにができるのか不安があって行くつもりはなかったんです。でも、サービスラーニングセンターの方に「とにかく行かなければなにもわからないよ。行ってみるだけでもいいから行ってごらん」と背中を押されて行ってみました。岩手ではガレキ処理をさせてもらったのですが、最初は現地の方とお話もできませんでした。ガレキだらけで道なんかなかったんだと聞かされたり、船があちこちに転がっていたり、二階だけ残った家があったりで、見るものすべてに衝撃を受けました。われわれは関西にいて好きなときに、勉強をし、好きなときに野球をやらせてもらっている。なんだかやりきれない思いでした。 岩手でいちばん印象に残っているのは、居酒屋のおじいさんとおばあさん。「ここは居酒屋だったんだ。10年かかろうが、20年かかろうが必ずここにまた居酒屋を建てる。その時必ずここに来てくれるか?」と言われたこと。なんていうか、感動しました。

摩周さん:そうなんですか・・・、居酒屋を何年かかろうが、ね・・・(涙ぐむ)いい話ですね。

山本さん:現地のボランディアセンターの方に言われたのですが、「きみたちにずっとここで活動してといっても無理だよね。ただね、今日一日しかこの地にいられないかもしれない、でも、感じたこと、見たこと、思ったことを京都に帰って、周りの人にどんな形でもいいので、思ったことを伝えることはできるはず。必ずそれをやってほしいんだ。それが君達の役目だよ。」と。例えば津波の被害についても、波が来て終わりかと思っていたけれど、そうじゃなくて、ひき潮の方が強いこと。その家の周りを掘ったらその家のモノがでてくるのではなく、ぜんぜん違うものがでてくる。最初は冷蔵庫とかを撤去していたんですが、現地のボランティアセンターの方からは写真とか、おもちゃとか、服とか、人の思い出の残ったものを拾ってきて欲しいといわれました。結局、それが誰のモノかわからないはわからないんですけどね。

摩周さん:素晴らしい活動をしてきたんですね。確かにそうですね。モノとかじゃなくて、記憶とか思い出とかにつながるものですね。なんかすごいです。

摩周さんの活動についても聞かせて下さい

摩周さん:私は普段はバスガイドをしています。18歳で高校を卒業してからずっと。でも小さい頃からの夢は歌手になること。その夢を追いかけて活動し続けてきました。相田さんはじめいろいろな方との出会いがあって、「ありがとう」という曲をCD化したのですが、震災があって、この歌詞が被災された方に少しでも力になれる内容ではないかということで、6/30の発売と同時にチャリティCDとして、収益金をチャリティにしています。恥ずかしいのですが、まだまとまったお金になっていないので被災地には送ることができていません。ある程度まとまったお金になった時点でお送りする予定です。

今回のイベントへの参加はどういうきっかけで?

摩周さん:私は埼玉出身なのですが、いわき、小名浜にはバスツアーの添乗でしょっちゅう来ていました。今回はそういうご縁でうかがいました。チャリティCDなので売れるに越したことはないのですが、今回はCDを売るためのプロモーションではありません。当然ですがCDはこちら(東北)の方に買ってもらう訳にはいきません。この歌は義援金も集まればもちろんいいのだけど、ただお金ではなく、この歌を被災地の方に聞いていただいて元気を出してもらいたい。そういう部分も大きいんですよ。それ以外地域の方にはCDをどんどん買っていただいて、聞いていただいて、義援金を送ることに加えて、被災地のことを考えるきっかけにしてもらいたいという気持ちもあります。

山本さん:僕は学生が被災地に行くことだけでも意味があると思ってはいるのですが、その経験を具体的な行動に移したり、継続的な支援につながるところまでには至っていません。摩周さんは歌を作ってCDにすることで被災地への支援をされています。ただそれ自身も素晴らしいのですが、CDをつくるということは、それがある限り、長い年月をかけて支えていくということにつながります。そして歌が残るということは人の心に残るということ。長い年月をかけて見守っていくということにつながります。このことはわれわれ学生が現地に来て、摩周さんに出会えてはじめて学べたことだと思います。

摩周さん:これからもバスガイドの仕事と支援活動との両立をめざします。バスガイドの仕事を通じて出会うお客さんもこの活動を応援してくれています。仕事の中に関連付けてできることもあります。半年だけのチャリティではなく最低でも1年以上、それよりもっと長く、つづけていきたいと思います。

これから関西の方にお越しになることはありますか?

摩周さん:関西方面にもお邪魔する予定はあります。

学生と何かできそうですか?

山本さん:BKCには18000人の学生とBKCリーグの野球サークルの600人がお待ちしています。応援するのでぜひお越しください。経済学会学生委員会の活動もしているのですが、募金活動はしたけれど、これといったことはできていないので、もしBKCにきていただけるのであれば、ビラを作ったり、ポスターを作ったり、他学部の学生にも拡げる活動ができます。こういった活動は少しの時間でもできることはたくさんあるので、少ない時間しか割けない学生にもビラを短時間撒くとか、いろんな形で参加をしてもらえたらと思います。今回の活動も前回の岩手にボランティアに行った経験を後輩達に話すことで何人か同じサークルの後輩達が参加してくれました。来年はさらにその後輩の後輩という具合に、少しずつでもいいので活動の輪が拡がっていけばいいと思います。

対談を終えて

摩周さんは学生の目を見て、じっくりと時には目を潤ませながら、一生懸命話を聞いておられる姿が印象的でした。聞けば摩周さん、バスガイドといってもどこかのバス会社に所属するのではなく、フリーでお仕事をされているとのこと。摩周さんのツアーということで集まるお客さんもおられるそうで、かなりの売れっ子のバスガイドさんです。本業で一流の仕事をこなしながら、歌手という夢を追いかけている。そして仕事で縁のあった福島をはじめ東北の地に向けて何とか息の長い支援を続けたいと、小さな体で大活躍されています。

木村摩周さんのブログ