２００１年６月２９日（金）
<<　破門？　>>
本日午後一番でCプログラミングの講義。その後ひきつづき卒研ゼミを夕方まで。学生の教育実習などで３回ほど中止となり、３週間ぶりのゼミである。この間、４回生Ｈ君にとても簡単な宿題を出してあったのだが、２週間前に廊下で会ったときは、「宿題って、そんなのありましたっけ？」などとトボケタことを言っていた。宿題が分からないのはまだ許せる。しかし宿題の存在自体を忘れるのは許し難い。それは、数学の実力以前にやる気そのものが無いわけで、やる気の無い学生を相手にするのは私にとっては人生の浪費である。今日のゼミの時でも、まだ「宿題？へっ？」なんて言い出しよったら断固として破門じゃ！と思っていたのである。しかしH君は目出度く宿題を思い出し、さらに素晴らしいことにその宿題をやってきた。よって「破門宣告」は出されず、H君の首は無事つながったのである。

そのH君は「すぐわかる代数」という、まさに彼のために書かれたような本を持っていたので、即座にその本を夏休みの自習書に指定し、「休み明けまでに完璧に理解すること」を宿題として与える。

「すぐわかる代数」(東京図書)というのは素晴らしい本である。戯れに手取りてその題名の格調低きに泣きて三歩歩まず、開いてみたことすらも無かったのだが、これほど噛んで含めておかゆを炊いて懇切丁寧に書かれた本は他にあるまい。代数の本の顔をして、実は半分以上集合の話が書かれているところも画期的である。実際、入門レベルで代数がわからないというのは、結局集合の言葉をマスターしてないのが主な原因である。この本はその辺のところもちゃんと押えている。

来年度の卒研では、数学の理解の極めて怪しそうな学生にはプレ卒研の段階でこの本を宿題に与えることにしようかしら。そして、その宿題をサボったり、この本をもってしてもまだ何も理解できないと言い張る強情な学生は、破門にするのである。「破門」とは、「単位はやるから、ゼミには来るな」ってことである。

てなことを考えたりしながら卒研ゼミが終わる。部屋で帰り支度をしていたら、極めて怪しいノックの音。はいと返事をすると、何と通称「怪しい学生 K」君が現れる。彼も一応私の卒研の学生なのだが、顔を会わせるのは１年半ぶりぐらいである。K君は国立大学大学院を３つ受験するそうだが、その受験勉強のため卒研ゼミには出ないなどというトンデモナイ事を言っている。とてもトンデモナイことであるが、情報学科時代は、就職活動と競馬だけに打ち込んで卒研は１日半しかやらず、「就職が決まっているから卒業させろ」と、その辺の本を一晩で出鱈目にまる写しした卒論を提出して強引に卒業していくというような、もっともっとトンデモナイ学生が山のように居たから、それに比べれば少しは(あるいはかなり)マシだ。それにK君は、私が青春の全て（？）を費やして読んでいた「可換環論」（永田）の読破を目指して日々奮闘努力をしているという。

よろしい、ゼミに出ないのなら、卒研の単位は第一志望校に合格すればA, 第二志望校に合格すればB,第三志望校に合格すればC, どこにも合格しなければ不合格ってことでどうだというと、「それはとてもやり甲斐のある有り難い措置です」と感謝されてしまった。しょうがない、じゃあそういうことにしておこう。可換環論の事で話がしたければいつでも来い、と言ってK君を追い帰す。

今日は何だかとってもくたびれた。

２００１年６月２８日（木）
<< まだ再適応していない？ >>
午前は大学院の講義。たぶんこの講義を一番理解していて、かつ講義内容を必要としているM君は、前回は休んでいたのだが、今日は出席していた。従って、講義の終結宣言をするのは取りやめて、Hilbertの零点定理の証明の後準素イデアル分解の話題に入る。昼食時、M君と一緒になり、A堀先生の結婚式三次会が盛況であった事をなど知る。午後は工学部の線形代数の講義。ベテランの先生によると、線形代数の講義は時間がたっぷり余るそうな。しかし、初めて講義する私は時間が足りない。あと２週で予定の所まで終るかどうか微妙である。こういう予定がきっちり決まっている講義をやって思うのだが、私はどうやらかなりのんびりゆっくりと講義する方らしい。

夕方はHartshorneの層のコホモロジーの所を少し読む。Grothendieckの導入した局所コホモロジーは、代数的に定式化されて可換代数の便利なツールになっている。でも、今では局所コホモロジーを使う代数幾何学者ってほとんど居ないのじゃないかしら。層のコホモロジーは大抵有限生成だけど、局所コホモロジーはそれとは似て非なるもので、アルティン加群にはなるけど有限生成性は必ずしも言えない。局所コホモロジーが有限生成になる場合として、一般化 Cohen-Macaulay加群というのがあって、可換代数の重要な研究対象の一つになっている。でも、代数幾何学屋さんが一般化Cohen-Macaulay加群に興味を持っているという話は寡聞にして聞かない。元々代数幾何学で生まれた局所コホモロジーが、今何でこういう状態にあるのかは疑問であるが、もうちょっと勉強すればわかるかも。

それにしても忙しい。私立大学の教師としてはこれで普通のはずなのだが、まだドイツでの「一日１４時間数学三昧」のペースから抜け出してないのかも。 H先生が言っていた「立命館に再適応するには半年ぐらいかかると思います」というのは、このことか。そのH先生も、英国留学から帰って１年近くになり、論文執筆のプレッシャーからも開放されて、また彼固有のペースに戻っているようである。

２００１年６月２７日（水）
<< S藤トーク・イントロ当てクイズ >>
午前中は雑用で、午後は離散数学の講義、その後ひきつづき教室会議。教室会議でS藤先生の面白い習性に気づく。使い古したパソコンのハードディスクをどう処分するかについて。(会話の再現は必ずしも正確ではありませんので、悪しからず。)

A先生「ソフト的にディスクの内容を消去するツールがあるそうですよ。」
S藤「そんなの、金槌でガチャンとやればいいんですよ。」
B先生「ハード的にぶっ壊すってことですか。」
S藤「そうです、金槌でガチャンとやればいいんですよ。」
C先生「でも、ガチャンとやって本当に中身まで壊れるかどうかわからんでしょう。」
S藤「そんなの、金槌でガチャンとやればいいんですよ。そうすりゃあ、誰も中身を見ようとは思いませんよ。」
A先生「それで大丈夫なのかなあ。」
S藤「そんなの、金槌でガチャンとやればいいんですよ。そうすりゃあ、誰も中身を見ようとは思いませんよ。」
B先生「まあ、それでいいかも知れませんねえ。」
S藤「そうです、金槌でガチャンとやればいいんですよ。」

ポイントは、「金槌でガチャンとやればいいんですよ」を壊れたレコード・プレイヤーみたいに何度でも繰り返していることである。私はこのやりとりを「どうでもいいや」と聞き流していたつもりなのだが、「金槌でガチャンとやればいいんですよ」というフレーズがしばらく頭にこびりついてほとほと困り果てた。

人間たるもの、いつ何時でも同じ事を繰り返し喋れるぐらいの愚直さがないと、正しく自己主張をすることはおぼつかないのではないだろうか。その点で、S藤先生は徹底している。彼と日頃つき合っている人は、数学の話にしろ計算機の話にしろ、全く同じ話を最低５回ずつ聞かされているはずである。相手が「その話は××回目だぜ」とか「ワシは阿呆じゃないんだから、同じ事何度も言われなくてもわかるわい！」とうんざりしてようがしてまいが、そういう事に頓着していてはいけないのである。

この場合、全く同じフレーズ、全く同じ話の展開という所が重要である。なまじ言葉にこだわりがあると、つい内容的に同じことを繰り返す際には、表現を変えてみたりしたくなるのだが、これはいけない。相手がよほど注意深い人間でない限り違う事を言っているかのように受け取られてしまい、繰り返しによる擦り込み効果が無くなるからである。この点でも、S藤先生は周到である。

私の場合は、「S藤トーク・イントロ当てクイズ」よろしく、最初の一言で彼がどの話をしたがっているのか、９割以上の確率で即座に当てられる自信がある。これはS藤先生の自己主張が成功している事を意味する。

私なんぞは、繰り返しになるからといって、このWeb日記で書いた事は他では喋らないようにしているから、結局普段人と直接会った時なんか話すことが何も無くなってしまうんだよね。これでは自己主張という意味では、ずいぶん損をする。

２００１年６月２６日（火）
<< 友去りなん >>
本日P先生とのゼミのはずだったが、彼の都合で来週に延期される。私はこの夏色々(雑用で)忙しくて、夏休みの後半ぐらいまで時間が空きそうにない。しかしP先生は９月頃には立命館大学との契約期間が切れ、遠い所に行ってしまう。従って代数幾何学のゼミは、あと高々２回ぐらいしかできない。これまで一緒にGrothendieck流の代数幾何学を勉強してきたP先生が居なくなるのはちと寂しい。数学って、ひとりで黙々とやるのと、仲間と一緒にやるのでは大違いなんだよね。こういう時は、教員が複数いる整数論とか確率論がうらやましい。

かくなる上は、もうちょっと勉強して複素(代数)幾何学のNk先生にもっとニジリ寄って行こうかしら。複素(代数)幾何学でも抽象代数幾何学でも、やっている事も同じようなものだし、思想的にもかなり近いと思う。ただ解析を使うか代数を使うかが違っているだけだ(この違いは大きいのだけど)。それに対してS先生は、やってる事がほんの少しだけ代数幾何学とか可換代数に重なってはいるけど、思想的には私から遠い遠い所に居る人なんだよね。

ゼミの延期で時間が空いたので、雑用に励む。

２００１年６月２５日（月）
<< 何か落ち着かない >>
本日Hartshorne読み。これは明日のP先生とのゼミの予習である。スキームXの可逆層が大域切断で生成されていることと、Xの射影空間への埋め込みが構成できることは同値という有名な話。これは数年前に複素代数幾何学の本で勉強した話のスキーム論による再構成である。それに関連して豊富な可逆層、線形系の理論など。これらの話題は、前回のゼミでやった、Weil因子、Cartier因子、因子類群、Piard群にも深く関連した代数幾何学の古典的理論だと思うのだけど、細かい技術的なところが結構難しい。おそらく、ここでの話は全て後でコホモロジーの言葉を使って語られるであろう。そこまで一通りわかって、さらに微分加群をつかった標準層とそのコホモロジー論を押えれば、「代数幾何学の一般論が一通り分った」と言えるのかも。いやはや大変である。

それにしても、こんな事にうつつを抜かしている暇は無いのであって、実は色々やらないといけない(結構厄介な)雑用があるのだ。それらから逃避しているうちにどんどん期限が近付いてくる。だから、数学やってても何か落ち着かない。P先生とのゼミも、明日でとりあえず打ち切って、次は９月末から再開することにしよう。

２００１年６月２３･２４日（土・日）
<< 代数幾何学・可換代数学の卒研 >>
２３日はGoethe-Institutでドイツ語のレッスンを受けた後、A堀先生の結婚パーティーに直行。新郎、新婦はさしずめアル･カポネの末裔と高島礼子といったところ。何だか豪華な取り合わせですな。

最近、数学から隔離状態に置かれることが多く、欲求不満のためだんだん頭がおかしくなり始めていた。それで日曜日はとにかくショパンを聞いて Hartshorneを読む時間を強引に作る。少し調子が良くなった。でも本を読むばかりでは、欲求不満の完全な解消には程遠いのだけど。

そういえば卒業研究のゼミで代数幾何学の教科書を読ませるのは大変である。特に抽象代数幾何学(スキーム論とか出て来るやつ)は、数学科３回生の講義レベルの代数の知識では全く足りない。３回生レベルまでの講義では、群論と体論を教えるのが精一杯で、可換環論の一般論まで手が回らない。しかし Hartshorneの本などは、可換環論の標準的な教科書(Matsumuraとか Atiyah-MacDonaldとかZariski-Samuel)を半分以上読了している事を仮定して書かれている。

最近は必要最低限の可換環論の説明から入っている教科書もいくつか出ていて、学部レベルではそういうのを読んで、大学院に進学してからHartshorne を読むという手もある。しかし、多くの場合、学生は代数特有の議論のスタイルが全く身に付いていない状態で卒研に突入するため、可換環論の基礎事項が書かれている最初の数１０ページをだましだまし読むだけで１年が終り、結局卒研レベルで読もうと思っていた教科書を学部と修士の３年かけて読むことになる。

代数幾何学の人に聞いてみると、Hartshorneの最初の３分の１ぐらい(スキーム論のところ)を真面目に読んで、次の３分の１(コホモロジーのところ)を証明を飛ばして定義と定理と例の所をさっと読んで、最後の３分の１のところ (曲線論と曲面論)を適当に読んでコホモロジーの使い方を押えておけば、とりあえず研究に入れるそうだ。だけど、上のような調子だと修士課程で Hartshorneを読むのはほとんど無理のようである。

旧制帝大には「オッカナイ」先生が多く、例えば数論幾何学だとEGAを全部読んだらゼミに来なさいとか、可換代数学だとBruns & Herzog "Cohen-Macaulay rings"を半分ぐらい読んだら修論の指導をしてやろうとかいう話はちょくちょく聞く。そういう基本書は自分で読め、というわけだ。東大や京大の普通の学生だとたぶん１年ぐらい一人でうんうんうなり続けなければならないし、往々にして「EGAなら２ヵ月で読めるよ。あれって簡単でしょ？」とか、「EGAとSGA？ああ、高校の時によく読んだなあ。面白かったよ。」なんて事をしらっと言う天才がいたりして大いに焦ることになる。なかなか厳しい世界である。しかし代数幾何学でも可換代数学でも、修士まで進んで一応オリジナルな結果を含んだまともな修論を書こうと思えば、学部３回生終了までに最低限Matsumura "Commutative ring theory"を３分の１ぐらい(あるいはそれと同等の内容)読みました、というのでなければ、ほとんどお話しにならないように思う。

立命館大学にそういう事が出来る学生が毎年何人も居るとは思えないし、そういう学生が居たら「代数幾何学や可換代数学で消耗するぐらいなら、他の分野を選びなさい」と言うだろうし、私が言うまでもなく彼らはそうするだろう。ということで、私は卒研指導をするとき、研究者養成ということは全く考えていない。それよりも、自分が研究者としてまともにやって行く事の方が先決なのである。

２００１年６月２２日（金)
<< Das ist mir egal. >>
昨夜の飲み会は「ドイツ帰りの高山先生を囲む会」だったらしい。確かに１１名ぐらいの人間に囲まれていたけれど、彼らと話をした記憶はほとんど無い。元々私はマン・ツー・マン文脈依存持久力型雑談の名手であって、５名以上の文脈自由瞬発力型雑談の才能は全く無い。基本的に話し掛けられたらそれに答え、それ以外は専ら聞き役に回る。従って、生まれてこのかた５名以上の飲み会で５分以上話をした事がないし、飲み会に参加するかどうかは、ひとえにメンバーの顔ぶれを見て面白い話が聞けそうかどうかにかかっている。

今回はA堀先生の隣に座って色々面白い話が聞けた。ここでわかった事は、 A堀先生が全力を傾けている重要研究テーマのひとつが「学生の研究」(学生が研究するのではなく、学生を色々観察して調査研究すること)であることだ。A 堀先生と比較すると、私は「学生にはあまり関心が無い」と言って良さそうだ。つまり、学生は学生、自分は自分というスタンスなのである。せっかく数学科に居るのだから、ちょっとでも数学がわかった方が彼らにとっては良いだろうし、その事に少しでもお役に立ちたいとは思っている。しかし、学生が数学が出来ようが、全くダメだろうが、自分がそうであるわけでもないのだから関係無いわけだ。つまり,, Das ist mir egal.'' (「私にとっては同じこと」=「私にとってはどうでも良い事」)でしかない。

私は、数学を勉強したいと真剣に考えて努力している学生とそうでない学生とでは、かなり態度が変わるようである。後者のタイプの学生を真面目に相手するのは人生の浪費だ、ぐらいに考えている。このことは日頃から自覚していた。しかし、前者の場合、-- このタイプの学生は私の心の中ではD先生の言うところの「学友」(いい言葉ですねー)という言葉でひとくくりにされているのだが -- 、非常に良くできる学生と、てんでダメな学生とで、ほとんど態度が変わらない(と自分では思っている)。これはなぜなのだろうと、我が事ながら疑問に思っていたのだが、A堀先生の話を聞いているうちに、それは要するにどうでも良いと思っているからだ、という考えに至ったわけだ。

では、なぜ学生が出来ようが出来まいが、どうでも良いのか？これは多分、「学友」たちを、自分と対等と考えているからだと思われる。数学者同士の世界でも、自分より物凄く優れた数学者は沢山いるし、自分よりもダメな数学者も少しはいるかも知れない。自分がそうなれるわけではないのだから、優れた数学者をうらやんでもしょうがないし、仮りに自分よりダメな数学者が居たとして、その人を馬鹿にしたところで何の得にもならない。そういうわけで、楽しく数学を続けていくために、いつの間にか他人は他人自分は自分という思考が身に付いて、それが「学友」たちにも適用されているのだろうと思う。

２００１年６月２１日（木)
<< 最近ちょっとお疲れ気味？ >>
午前中は大学院の講義。ヒルベルト零点定理の証明の準備として、超越拡大体論の議論を経由して、代数拡大のクロネッカーの定理の拡張を導く。来週はいよいよ零点定理の証明だが、これまで準備した結果を使えばすぐに終る。その先は、新しい話題としてネータ環の一般論と準素イデアル分解の話をしようかと思っていたが、受講生の数が急激に減ってきたので、急に力が抜けてきた。今日は講義中にノートも取らず白目をむいている学生や、途中どこか教室の外に消えてしまう学生まで出て来る始末。来週は、ヒルベルトの零点定理の証明をさっさと済ませて、この講座の終了宣言をしてしまおうと思っている。

午後は工学部の線形代数の講義。その後、明日のCプログラミングの講義のプリントをせっせと作る。そして夕方からは珍しくS藤研・算太郎人脈の(？)学生達と飲み会。

２００１年６月２０日（水)
<< 飛行機嫌い >>
午前中少しHartshorneを読んで、午後は離散数学の講義と教室会議。教室会議では、来年度の外留(外国留学)候補を決めるという話がメイン。若手のA堀先生とK川先生がちょうど対象者になるのだが、会議出席者全員の「説得」にもかかわらず、二人とも外留には行きたくないという。学生がどうの、予算がこうの、と色々な理由を挙げていたけれど、要するに飛行機に乗りたくないということらしい。

しかし、私だって飛行機には乗りたくないのだが、ドイツに行ったし、また行きたいと思っている。従って「飛行機に乗りたくない」のが理由になるのは、その背景に「外国に行きたくない」ことがあるのだ、とも考えられ、コトは鶏と卵の関係の様相を帯びてくる。では、何故「外国に行きたくない」かというと、たぶん日本で十分満足しているからであろう。結局、今が十分幸せだし、何も嫌いな飛行機に乗ってまで、というところであろう。いずれにせよ、今が十分幸せというのは、良いことである。

ところで、(昔の)京大に先生たちは、「先生が居なくても学生は育つ」ということで、学生が修士課程に進学した途端に海外留学してしまい、その学生が修士号を取った後で帰ってくる、なんて事をやっていた。ほったらかしにされて潰れてしまう学生だったら元々その程度の人だったわけで、ほったらかしにしなくてもいずれどこかで潰れるだろうから同じことではないか、というわけである。

２００１年６月１９日（火)
<< 悩ましい卒研ゼミ >>
一般的に言って数学科の４回生の卒研ゼミに使える良いテキストが少ないように思う。学生が優秀で、意欲に溢れている場合はテキスト選びには苦労しない。問題は、ほとんど大学１、２回生レベルでつまずいて、そのまま４回生に上がってきたような学生である。大学２回生レベルの教科書を使って復習に終始するという手もあるが、そもそもそこで扱われる集合、位相、群論といった抽象的な議論が基本的に理解不能であることが多い。そうなると、線形代数や微積分レベルで何とかしようということになる。しかし、こちらとしても線形代数や微積分の教科書でゼミの相手をするのは元気が出ない。「数学の出来ない学生には計算機でもやらせておけ」という手もあるが、計算機でも面白い事をやろうと思えば、ある程度の数学的素養の他に、プログラミングなどに多少習熟している必要がある。計算機といえばインターネットとメイルだけ、プログラミングの講義や演習はさっぱりわかりませんでした、という学生だとやはりお手上げである。第一私は、数学が理解できない学生でもやれような計算機の話にかかわるのはまっぴらだし、そういう事はそもそも情報学科の先生達の仕事である。

実は数学科の１、２回生レベルで読める、やさしくて面白い本は沢山ある。手元にあるものとしては、Yu. A. Shashkin "Fixed Points" Mathematical World, Vol.2, AMS は微積分学から初等トポロジーの範囲で出てくる色々な不動点定理や、それに深く関係するパンケーキ・カット問題といった具体的な問題をゆったりとした調子で扱いながら、位相の考え方を説明しているし、 Martin Aigner & Guenter M. Ziegler "Proofs from THE BOOK", Springer は組合せ論を中心とした深く美しい定理の初等的で洗練し尽くされた短い証明を沢山紹介している。残念ながら、こういった本の多くは英語版しか無い。最近はこういった本の日本語版がぼつぼつ出版されるようになってきたけれど、まだまだ少ない。大学１、２回生レベルでつまづいたままという学生の多くは、英語が全く読めないか、読めるかも知れないが強いアレルギーを持っている。国語や英語が出来ないから、単なる機械的計算ではなく厳密な言葉で語られる大学の数学が理解できないのじゃないか。言葉に含まれる論理やイメージが貧困なのに、どうして数学の論理や豊かなイメージが理解できようか。

もし英語の問題がうまくクリアできて、学生のレベルに合ったやさしいテキストが邦書、洋書の中からいくらでも選べるならば、それで問題は無いのだろうか？どんどんやさしいテキストに変えていけば、最後に「これならこの学生でもわかる！」というところに落ち着くか？経験的にみて、数学に興味を持っていて意欲がある学生なら、たぶんそうだろうと思う。興味と意欲があるというのは、数学のどこか一部が理解できていることを意味するし、その「どこか一部」を探し当てて、そこから出発すれば良いわけだ。

しかし、これまた私の経験から考えると、最後に落ち着いたところが「チャート式数学」だった、という場合も大いにありうる。対数関数と指数関数が逆関数の関係にあるなんて、そんな事はどうでも良いし、いくら丁寧に説明してもらっても全く理解不能。だけど、対数関数や指数関数の個々の計算公式は(意味はわからないけど)覚えていて、それを使って計算して答を出すのは面白い、という世界だ。そんなのは数学じゃない！

実のところ、最近私は学生のレベルに合わせてテキストをどんどんやさしくしていくのは気が進まない。何故なら、結局その学生が「チャート式数学」の世界から一歩も外に出られない人である事がわかった！という結末を迎えはしまいかと恐れるからだ。もし目の前の学生が実際そうだと判明したら、その時のショックからはしばらく立ち直れないだろう。

２００１年６月１８日（月)
<< 昔の論文読み >>
今日は秋の学会発表用原稿のとりあえず版を作り、それから元の論文をノートを取りながら読み直す。論文に書かれていない事で、いろいろ書き散らしたメモもあるのだが、それらも一緒にまとめて今後の研究に使いたいものだ。しかし、とりあえずすっかり忘れてしまっている論文の概要をつかむのが先決。

時々息抜きに週末に推敲した「ドイツ便り」をTeXで打ち込む。

H先生はこの週末に転居したらしく、散歩の途中で彼のアパートに寄ってみたら、もうもぬけの空だった。私が彼のアパートに行ったのは、４月２日の５分間だけである。もっと頻繁に襲撃しておけば良かったかも。