2003年12月31日(水)
<<返り討ち>>
昨夜の飲み過ぎが少し体にこたえる帰省最終日。某国立大数学科の先生と意見 交換。私は、今年の卒研生は大変熱心で、毎週3時間分以上ガンガンに予習し てくるし、私も居眠りもせずに虫歯を食いしばってその学生にちゃんと付き合っ ているのだぞ、どうだ凄いだろうと自慢。どうだ、参った か*1!?と鼻をふくらませようとしたところ、すかさず返り討ちに合う。その先 生は2名の卒研生相手に一人3時間半ずつ、計7時間ゼミに付き合っており、 朝10時頃から、途中昼食や休憩等を挟んでぶっ続けで夜7時8時まで卒研ゼ ミをやっているそうである。まる一日卒研ゼミというのは凄い。

あとは、何となく数学者の就職難等の業界話に移行してしまい、次第に話 が限りなく暗い方向に進み、双方が絶句したところで我に返って退散。夕方頃 京都に戻る。

*1 一体何が「参ったか?」なのか。それは、 「うちの卒研生は凄いんだぞ、どうだ参ったか」と いう意味と 「その卒研生に居眠りもせずに頑張って付き合っている私自身は エライだろう、どうだ参ったか」という意味が、 約1:3の比率であると考えておいて差し支えない。

2003年12月30日(火)
<<ずうずうしい奴>>
帰省第2日目。そうのんびりもしてられず、予定していた作業を精力的に進め る。夜は毎年恒例の中学時代の有志による忘年会。しっかりと飲む。この会は 常連メンバーがしっかりしているので、安定感があるな。

山下純一「グロタンディーク」読了。学生時代ならいざ知らず、私ぐらい の年頃でこういう巨人の話を読むと、わくわくする気持ちと、取るに足らない ゴミのような学者として人生を終えなければならない我が運命を思い知らされ る暗い気持ちとが約2:3の割合で発生する。何と!私は恐れ多くも、いまだ に天才グロタンディークと自分を見比べるなどという恥知らずなずうずしさを 持ち合わせているようである(だからこそ暗い気持ちになるのである)。元々 ずうずうしい奴だったんだけどね、私は。

2003年12月29日(月)
<<帰省>>
帰省1日目。そうのんびりもしてられず、予定していた作業を精力的に 進める。

2003年12月28日(日)
<<権利行使>>
日曜日らしく適当に起き、数学。ある数学者の論文を読み、ではこういう問題 を考えてみたら面白いかもね。そういう問題って、私の趣味にも合ってるし、 ぜひ考えてみたいなあなどと思って、同じ数学者の別の論文を読むと、その問 題が既にかなり解かれている。うーむ、ちょっと先を越されたか。では、まだ こういう問題が手付かずで残っているし、ちょっと難しそうだし、まだ解かれ てないかもねと思って、また同じ著者の別の問題を読むと、その問題はほぼ完 全な形で解かれている。おいおいおい!結局もう解けてんのかよ!?じゃあ、 次はどんな問題を考えれば良いかしらねえと思って、さらにまたまた同じ著者 の別の論文を何に気無く眺めてみると、次の問題をちゃんと見つけて色々結果 を出している。とにかく彼らを何らかの形で追い越さない事には、研究になら ない。その目処が立たないままに、年を越してしまいそうだな。

夜は、先日当たったビア・ガーデンのお食事券の権利行使のために、京都 駅アバンティーへ。ドイツのビールに最も近い味のエビス・ビールを中ジョッ キ一杯。帰りにアバンティー・ブックセンターでぶらぶら。「伝説の数学者グ ロタンディークをきみは知っているか!」(知っとるわい!)の帯文に釣られ て山下純一「グロタンディーク」(日本評論社)を購入。さらに、「またアノ 中島が自分の秘密を告白するのかヘキエキだ、と眉を顰めながら本書を手にし たあなた、残念でした」(クソ!読まれてたか)のあとがきに釣られて中島義 道「『私』の秘密」(講談社)他1冊購入。

2003年12月27日(土)
<<訳のわからないオヤジ>>
朝10時に近所の歯医者に飛び込み、ドイツの歯医者に捧げるために大事に取っ てあったはずの虫歯の神経を抜いてもらう。それから、Deutsch-Welleで聞い てもあんまりよくわからないドイツ語を聞き(なんでゲーテの先生のドイツ語 はよくわかるのに、ニュースのドイツ語はこんなに分からんのだろうね)、FOCUS Onlineで読めそうな記事を1つ2つ 適当に漁ったりしてから山科駅前Sbuxなど。下手な考えで休んだり、論文 を読みながら居眠りに突入したり。

夜はまた前後不覚に興奮してしまう。もう、「S&Gやめますか?人間や めますか?」の世界である。20代や30代にジャズだクラシックだと言って ても、40代の半ばを過ぎた頃から「やはりS&Gは心の古里だね」と言い出 し、カラオケのマイクを離さず「アメリカ」だの「ニューヨークの少年」だの 「さよなら、フランク・ロイド・ライト」に目をウルウルさせて、その癖”ア メリカもアメリカ人もでぇー嫌いだ!”と吠えてるような、言ってる事とやっ てる事がちぐはぐな訳のわからないオヤジに、私はなりつつあるのかも知れな い。

それからわが身に鞭打って「人間に戻り」、もう少しだけ数学。

2003年12月26日(金)
<<前後不覚に興奮>>
昨日の野暮用の疲れか、昼前までぐっすり眠る。昨日のケーキ朝食の幸福が忘 れられず、(元)数学研究会会長H沢くんの手土産として頂いたどら焼きなど で朝食を摂り、夕方頃まで野暮用また野暮用。その後山科駅前Sbuxへ行ったり 自宅に戻ったり。下手な考えで休んだり、論文を読みながら居眠りに突入した り。時々覚醒してドイツ語を勉強したり。

Sbuxへ行ったついでにラクト山科のCDショップでとうとう買いました! "The Essential Simon & Garfunkel". サイモン&ガーファンクルのベストヒッ ト40曲CD2枚組3780円也. 中学生時代に買ったS&GのLP盤レコー ドは何枚か持っているのだけど、レコード・プレイヤーは使えない状態になっ て久しい。だから、昨今はたまにカラオケに行ってS&Gの曲を見つけて興奮 するだけだったのだ。

私の好きな「ペギー・オー」や「ダンカンの歌」や「雨に負けぬ花」など が入ってないのは残念だが、「すずめ」「木の葉は緑」「キャッシーの歌」 「ニューヨークの少年」「霧のブリーカー橋」「アメリカ」「私の兄弟」「地 下鉄の壁の詩」「フェイキング・イット」「パンキーのジレンマ」等々はちゃ んと入っている。勿論定番の「サウンド・オブ・サイレンス」「スカボロー・ フェアー」「ミセス・ロビンソン」なども入っている。私の全く知らなかった 曲の「夢の中の世界」「とても変わった人」「リチャード・コリー」「ブレス ト」「クラウディー」「ブルース・ラン・ザ・ゲーム」なんかも入っていて結 構トクした気分。特に「とても変わった人」はぐっと来ます。さらに、一度聞 いただけでずっと気になっていた「教会は燃えている」も入っている。く うぅぅぅ... これが興奮せずにおれようか。

S&Gで前後不覚に興奮する癖は、中学生の時から全然変わってないな。 興奮し過ぎて、夜は勉強できなくなってしまった。

2003年12月25日(木)
<<どうってことない>>
抹茶クリーム・ケーキときな粉入りヨーグルトで至福の朝食を済ませ、朝から 野暮用で京都を発ち、夜帰宅。途中近鉄特急の中で論文を読んだり、下手な考 えで休んだり、居眠りをしたり。

どんな分野でも研究の第一線のところまでに最低限勉強しなければならな い事があって、その分量が多い分野もあれば比較的少ない分野もある。例えば、 代数幾何学は沢山の事を勉強しなければ研究が始められないようだが、可換環 論はそれほどでもない。さらに、理論計算機科学は可換環論に比べれば格段に 少ない勉強で研究に着手できる。

しかし、一度必要な勉強が終わって研究段階に入れば、どの分野でも似た り寄ったりのような気もする。必要な勉強量が少ない分野は、比較的簡単な技 法や少ない知識を使って研究を進めることができて、その意味では確かに簡単 かもしれない。しかし、研究段階に至るまでの勉強の容易さと同じぐらい、新 しい発見をすることが容易かというと、必ずしもそうではない。論文に纏めら れたものを読むぶんには比較的容易にすらすら読めるかも知れないが、それを 最初に発見する困難さは、論文の平易さに比べて格段に大きかったりする。逆 に、複雑な技法や概念を使っていて難しそうな論文ではあるが、内容的には 「ちょっとした思いつき」以上のものではないような場合もある。

学生の頃は、研究段階に至るまでの勉強を如何に早く、かつ、速くこなせ るか否かが、その人が研究者としてどれぐらい成功しそうかを計る物差しだと 単純に信じていたように思う。しかし実際に自分で研究生活を送ってみた実感 としては、ちょっとぐらい速く、かつ、早く勉強できたからってどうってこと ないじゃん、という感じである。それは研究のスタートがちょっと早いか遅い かの違いでしかない。

私の場合、勉強段階が終わったのは40歳ちょっと前という遅さだったが、 30歳以前に研究段階に入っていたら、もっと良い仕事ができたかというと、 そんな気は特にしない。ただ、早く研究段階に入れれば、それだけ長く研究生 活を楽しめるわけで、その意味はちょっと惜しかったなと思うぐらいである。

2003年12月24日(水)
<<夢のような二日間>>
クリスマス・イヴである。一年に一回だけデコレーション・ケーキを買って、 夕食後のデザートに、そしてさらに翌日の朝食はケーキだけで済ますという、 夢のような二日間の始まりである。

昼前に出勤。午後から今年最後の「気合いの線形代数」の講義。その後、 生協書店でドイツの旅行ガイドを買ったり、(元)可換環論自主ゼミF君の可換環 論の質問に答えたり、図書館に論文をコピーに行ったり。

明日から冬休み。次回更新は1月5日以降の予定。

2003年12月23日(火)
<<通説的見解>>
天皇誕生日だそうである。我らがダイナミック・アカデミックの立命館では、 近年祝日の扱いが毎年のように変わってきているが、「天皇誕生日は休まずに 営業する」という方針だけは一貫して変わっていないようである。これは立命 館大学が日本共産党の牙城であった頃の名残だとか言われているが、本当のと ころは知らないし、特に興味もない。

ほかにも、立命館名物「小集団教育」というのがあって、これはかつて日 本共産党の対大学戦略の一環として、クラスを人民組織の「細胞」と位置づけ た事ことから始まったとするのが通説的見解のようである。しかし現在では、 もっぱら大学当局による顧客(=学生)管理の直轄拠点になっている。いずれ にせよ、何らかの権力組織が学生をうまく管理・誘導して自分達の理想とする 方向にもって行こうとするために、大学のクラスは格好の装置と目されている ことには違いなさそうだ。私もかつて、情報学科の小集団クラスを「ラムダ計 算モデルと型理論」信者の生産拠点にして、計算機業界の革命を画策したこと があったが、見事に失敗し、敗走し、今は数理科学科の一数学教師として ヌクヌクと余生を送っている。

と、いうことで本日ウチの大学は営業日らしいけれど、私は終日自宅研究 日。Macaulay2で具体例を計算したりして、先日来の「つまらない計算」にと りあえずケリをつける。それ以外には、気合いの線形代数の講義の準備、ドイ ツ語など。

2003年12月22日(月)
<<ぐるぐる巻き>>
師走である。出勤直後に、12時半より緊急教室会議の招集。またぞろ数学 教室にとんでもない事が起こったのか?!と緊張が走ったが、そうでもなかっ た。午前中は自家養成サクラI君の院ゼミ。今日で最終回。あとは修士論文を まとめるのみ。引き続き緊急教室会議。世の中で数学者ほど緊急召集が難しい 勤め人は他におるまい。それを思うと奇跡的な出席率。そして昼食。前半は、 緊急教室会議の招集に、私とは全く別の意味で思わず緊張したちょんまげ天国 のK川先生と密談しながら、そして後半は、前回緊急会議の中心人物であった Ar先生と密談しながら昼食をとる。午後は風邪をひいてマフラーをぐるぐる 巻きにしたT君の卒研ゼミ。ごんごん咳をしながら、層のコホモロジーの部分 に突入。その後、珍しく遠い遠いS藤王国のいかにも体脂肪率の低そうなS太 郎君を発見。少し雑用をして帰宅。

2003年12月21日(日)
<<愚図愚図>>
晴天。寒さはほんの少しだけ緩んだようだ。午前中は歯医者など。4月にドイ ツに発つにあたって歯の治療はどうしたものか、思案のしどころ。日本に居る 間は適当に放置し、現地の歯科医にかかってえらい目にあってみるのも面白い かも。

午後は野暮用。そして夕方頃から「気合いの線形代数」の後期試験問題作 り。夜は、先日の「つまらない計算」をもう少しだけ進めてみる。やはり、誰 もやってないように思えた計算は、実は誰でも一度はやってみるのだけど、ど うしょうもないことが分かって捨ててしまう計算だったのかも。でも、もう少し 愚図愚図といじってみよう。

そういえば、先日取った「気合いの線形代数」の授業アンケートをざっと 見た限りでは、「気合い」が通じている学生が --- すなわち、一応「なるほ ど」と思って講義を聞いてくれていそうな学生 --- 10名程度いたようだ。 これは微妙な数であるが、日頃の講義を通しての感触と一致している。しかし、 それ以外の学生は「さっぱりわかりまへん」状態のようである。講義中やけに 静かにしているなと思ったら、連中ただ気を失っているだけのようである。ど うしたものかしら。

2003年12月20日(土)
<< ぶつぶつ言う >>
雪である。「京都の底冷え」という言葉は、ちょうど私が大学生として京都に 住むようになった頃から死語になったように思う。20代の後半は東京近辺に 住んでいて、上越新幹線で1時間程で新潟に行けるし、会社員の休日って何も する事が無いこともあって、スキーを始めた。名門浦佐のスキー学校に入った りしてきちんと練習したら面白いように上達して、両膝が炎症を起こしてしば らく歩けなくなるぐらい熱中した。数学なんかやめちまって、人生思いっきり 棒に振っちまうぞと決心してしまうと、こんなに面白ろおかしい事が待ってい たのである。しかし、年々暖冬ゆえの雪不足が酷くなり、上越でも岩手でも北 海道でも雪不足となれば、もう止め処無く温暖化する地球でスキーなんてやっ てる時代じゃないなと痛感し、初級用のしなやかなスキー板がぼろぼろになり、 中級用の硬めのスキー板に買い換える前にやめてしまった。やめて真面目に勉 強して学位でも取って大学に戻ろうかしら、と。にもかかわらず、今日は雪で ある。京都で雪といえば2月頃に少し降ることがあり、3月上旬にもう一度降っ て終わるというのが通例だと思う。私の学生時代は3月3、4、5日あたりが 国立大学の入試で、試験の当日に大雪が降って、宿からどうやって試験会場に 向かおうか途方に暮れたこともあった。それにしても、12月に雪が降るのは 大変珍しい。何と言っても「まだ12月のくせに」やけに寒い。などと考えな がら、今年最後のゲーテへ。

本日ゲーテのクラスでは、遊びの天才清少納言プロデュースの納会。早め に授業を切り上げ、お子様の飲み物!グリュー・ワインなどを作り、ちょっと したつまみを持ち寄っての簡単なパーティ。私はお菓子とグリュー・ワインだ けの、子供のお誕生会みたいな、15日のクリスマス会の恨みが晴れず、断固 としてビールを供出するも誰も飲まず。おかしいなと思いながら、一人でロン グ缶などを空けていると、17時過ぎにさっさと終了。あれま!

そんなに早く終わるつもりなら、もっと早く言え!とぶつぶつ言いながら 酔いをさまし、急遽スポーツ・クラブへ。

2003年12月19日(金)
<<へそ曲がり>>
曇りがちの天気でこの冬一番の寒さ。本日研究日にて終日自宅。昼間は、数日 前から気になっていたつまらない事ではあるが、どのぐらいつまらないのか一 応確かめておこうと思っていた計算をやってみる。夜はドイツ語の予習など。

学生時代、代数の勉強では苦労した。代数というのはとにかく敷居が高い。 群だの環だの体だのと、大体ああいう不自然な物の考え方というのは、何年か 努力しないと身につかない。ウチの学生達を見ていても、よほどの物好きでも ない限りあまり手を出さないようである。私の学生時代も、代数にはまる者は 少数だった。その辺がへそ曲がりの私の気に入るところだったのだが。ただ、 へそ曲がりでない普通の学生達に、眠気と倦怠感を与えずにどうやって代数を 教えれば良いのかよくわからない。(だから伝説の講義になったりするのかし らねえ)。

2003年12月18日(木)
<<無駄の効用>>
研究日。午前中は山科駅前SBUXで論文のゲラ刷り校正に励み、自宅に戻って書 類を書いて、大学に出勤してメイルで送付。ついでにちょっとした用事をニ、 三片付けてから帰宅。あちこち移動したりしてずいぶん無駄な動作が多いよう だが、安易に無駄を切り捨てるようなことでは、日頃「一見無駄に思える事を 安易に切り捨てるな!」と主張している数学者の立場に矛盾するのである。

今日はこの無駄のおかげで微妙な時間に大学に向かうバスに乗ることにな り、何と!たまたま大学に用事があってやってきた、元立命館大学数学研究会 初代会長にして現在某国立大学大学院生のH沢くんとばったり出会うことがで きたのである。まあ、数学的発見もこういうものだろうと思う。H沢君は、皆で わいわいと楽しそうにやっていた学部生時代に比べると、仲間が少なくてちょっ と寂しそうな感じではあったが、とにかく元気にやってるそうである。

2003年12月17日(水)
<<今時珍しい>>
午前中から出勤して、色々雑用。午後は気合いの線形代数の講義。引き続き長 い教室会議。重くはないが長引く議題などで延々4時間。 20時前に終了。

3回生O君が大学院で可換環論を勉強したいと相談に来た。私は来年度卒 研を担当しないので、当面自習するのに良さそうな読みやすいテキストを紹介 しておいた。同僚某先生流に言えば「今時可換環論をやりたいとは珍しい学生」 という事になるのだろうが、まあ、居るんですねえ。

もっとも、可換環論の偉い先生のおられる大学だと「今時可換環論をやり たいとは珍しい学生」は結構たくさん居て、シンポジウムなどで大活躍してい る。私は偉くも何ともないのだけれど、ぽつりぽつりとそういう学生が現れる ところが面白い。

2003年12月16日(火)
<<同義語>>
午前は暴走講義。謎の確率論屋N君と、何故か復活!遠い遠いS藤王国からは るばるやってきたTy君の2名。極小自由分解の特徴付け定理の証明の後半を 終え、自明な複体に入る。年明けに(局所環上の)任意の自由分解は極小自由 分解と自明な複体の直和であることを示して終る予定。

ちなみに私の暴走講義は元々懇切丁寧な説明を意図したものであり、大抵 の代数の教科書には「明らか」だの「○○に関する帰納法により容易」だの 「××の補題より直ちに従う」だのといった調子で省略されている部分を、全 て詳細に埋めて解説することを目標にしている。従って、色々な話をしている ようで実際には教科書(例えばBruns and Herzog "Cohen-Macaulay rings") の数ページ分の事しか喋っていない。

しかし、暴走講義は次の点において「暴走」しているのである。すなわち、 学部1回生レベルの線形空間と線形写像の理論、学部2回生レベルの群論の諸 概念(アーベル群、商群、同型定理 etc.)、および学部3回生レベルの可換 環論(イデアルの定義など)を既知としている。残念ながら、これらの概念は いずれも、講義を何となく聞いていればある程度様子がわかるというようなシ ロモノではなく、自分である程度苦しんで努力しないと全く理解できないもの ばかりである。しかし、何か特別な大志か野望を抱いているとか、それらの諸 概念によほど心に響く何かを感じたとかという事が無い限り、苦しんで努力す るモチベーションが湧いてくることは無いわけで、結局多くの学生が何も理解 してないままに卒業し、そのまま大学院に進学して来ているものと思われる。

しかし、学部の線形代数や群論から説明しなければならない講義は既に学 部の講義なのであって、大学院の講義ではない。すなわち、「暴走講義」とは 「大学院レベルの講義」の同義語に他ならないのである。

午後は可換環論・代数幾何学入門講義。今日でヒルベルトの零点定理の 証明を終え、年明けにネーター環論を少し話して終る予定。

その後、明日の線形代数の講義の準備など。