2003年7月15日(火)
<<ダイナミック・アカデミック>>
午後一番より離散数学と情報処理の講義。

離散数学と同じ時間帯に講義をしている夢見るH先生は、いつも講義の始 まる前から一人ぽつねんと教室で本など読んで待機している。恐らく伝説の講 義に突入する瞬間を胸をふるわせてながら待っているのであろう。その心なし か緊迫した教室に乱入し、「やあ(また伝説の講義ですか)」と言いかけたと ころに、学生が入ってきた。

離散数学の講義の後、黒板を拭く手を休めて学生の質問の相手をしていた ら、K川先生が乱入してきて「一度やってみたかったんです」といつの間にか 黒板拭きワイパーを使っていた。 (教室への乱入が流行ってるな。流行らせたのは私だけど。)

金曜日の卒研補講も無くなったし、これで前期の学部の講義等は全て終了。

夕方は明日の高校への営業活動の作戦会議に召集される。既にうちの大学 では営業のプロがいるらしく、全国の高校に営業活動を展開中という。今度の 仕事は、あくまでその営業のプロの補助要員としてついて回るという計画だっ たらしい。綿密な計画を聞いていて、さすが株式会社立命館だと感心してしまった。

しかし、作戦会議の最後の方で恐る恐る「私、明日営業に行くのですが、 どの営業プロ担当者と一緒に行けばいいのですか?」と質問したら、事務職員 の一人が「正直言って私もその話をついさっき聞いたばかりで、全然決まって ません!今晩中に何とかします。何とかならない場合もありますが、その場合 は悪しからずご容赦ください」との返事。うーん、これは凄い。

でも、これしきでいちいちひっくりかえっているようでは、「ダイナミッ ク・アカデミックの立命館」の教職員は勤まりません。(私は協調性の無い人 間なので、本当は営業プロ担当者無しで一人で行きたいんだけどな。)

明日は営業、明後日はたぶんゲーテの図書館。更新は明後日以降になる予定。

2003年7月14日(月)
<<営業のプロ>>
午前中は厳しく再教育中の自家養成サクラI君の院ゼミ(これが正式名称!)。 射影代数多様体導入のための射影代数曲線の例など。どうやら、修論のテーマとし て最終章の3次曲面の27本の直線の話が射程圏内に見えてきたので、I君に さらにはっぱをかけておく。引き続き打つべし!

午後の卒研ゼミでも、やはり射影代数多様体の話。可換環と代数多様体を 概説した第一章は本日で目出度く終了して夏休みに突入。後期からは気分新た に層とコホモロジーの章に入る予定。

高校への営業の仕事は私だけではこなせないぐらい沢山あって、結局私以 外にも3名の同僚教員が割り当てられたようだ。以前にも同じ仕事をしたこと があるが、我々が高校を訪問しても決して歓迎されることはない。一応丁重に 相手をしてくれるけれど、「この忙しいのに何しに来たんだ、資料だけ置いて 早く帰ってくれ。ま、そんな資料どうせ誰も真面目には読まないけどね」とい う本音が見え隠れするものだ。昨今高校の先生方も多忙を極めているし、大学 からの営業が次から次へとやってきて、同じような話をして帰っていくので、 対応するだけでも大変なはずである。だから、上のような本音は当然といえば 当然のことだ。

まあ、営業とはそもそもそういうものであり、表面的であれ丁重に相手し てもらえるだけマシというものだ。しかし、私がもし真の営業マンなら、そこ を知恵と度胸で食い下がって、いつの間にか相手をこちらのペースに引き込む ところが腕の見せどころ、なんて考えていただろう。そんな芸当は誰でも頑張 ればできるというものではない。

私なんかは、こういう仕事にそれ程抵抗が無いという意味では適任なのか も知れないが、相手がちょっとでも関心の無いそぶりを見せたら、「聞きたく ないなら結構!」と簡単に引き下がってしまう人間なので、その意味では不適 任であろう。私は聞きたくなさそうな人間に話をするのが大嫌いなのである。

営業はそれなりのプロが活躍すべき領域であるという認識から、どこの会 社でも現場の生産担当者と営業担当者は別である。そして、営業担当者といえ ども研究開発や生産現場、製品の内容に精通している。しかし、今の大学の営 業は、その道のプロとされる広報課の指揮の下ではあるものの、 現場の生産者である教員がしどろもどろしながらやっている状態だから、 言わば生産現場や開発担当者が直接営業に出向いているようなものである。大 学教授が直接説明に来たということで、有難く拝聴してくれるならそれで良 いが、現実はそうではないのである。だから将来的には、大学にも営業のプロ が必要になるのかも知れない。

あるいは、今我々は営業担当者として調教されているのかもしれないな。 研究、教育、学校管理、営業 etc. ♪♪7つの顔のおじさんの本当の顔はどれでしょ う?♪♪

2003年7月13日(日)
<<公家芋おいちい>>
睡眠と野暮用の日曜日。本日大雨である。午後少しだけ「つまらない事」の後始末 作業をしてから、野暮用の一貫として叡山電鉄に乗って八幡前へ。

叡山電車に乗るのは久しぶりである。最近の鞍馬行きの電車の中には、窓を大 きく取ったうえに座席が窓の方を向いているものがある事を発見。これはすばらしい! という事で断固窓向き座席に座って行く。

その後、地下鉄国際会館前から帰路についたのだが、北山で途中下車。 北山駅前公家芋本舗で、先週からずっと気になっていた公家芋を一個買って 試食。薩摩芋と胡麻の小麦だけを使った素朴な味。これはおいちい! ということで、さらに4個買って帰るも、途中でもう1個私の胃袋の中に消えてしまう。

夜は再び後始末作業。早く仕事に集中できる夏休みにならないかなあ。

2003年7月12日(土)
<<秘密兵器>>
  ゲーテの土曜日である。先日、ドイツ語中級統一試験 (Zentrale Mittelstufenpruefung, ZMP)なる、とても難しくて、かつ、権威のある 検定試験があったらしく、我がクラスの謎の音大主婦と数学者になりたかった技術者氏 の2名が受験し、目出度く2人とも合格したそうだ。 常にクラスの雑談を取り仕切る清少納言は2人の快挙にいたく興奮し、そのため 今日はこの話で持ちきりであった。

ちなみにZMPの一つ下の検定試験にドイツ語基礎統一試験 (Zertifikat Deutsch, ZD)があり、実はあっぷあっぷ私は密かにこちらの試験を狙って いるのだが、9000円の受験料を払って落されてたんじゃあアホみたいだという事で、 ずっと受け控えている。この調子だと、受け控えたまま生涯を終えることにもなりかねないな。 秘密のままで終わる秘密兵器みたいにね。

ZMPは私にとっては高嶺の花であるが、ドイツ語学習に対する尋常ならざる熱意と 気合いと努力を持続している、”数学者になりたかった技術者”氏が合格するのは何の 不思議もない。謎の音大主婦の方はどうかというと、最近彼女のWeb日記なるものを発見し、 それを綿密に調査した結果、彼女のドイツ語学習に対する入れ込み様も相当なもので、 ZMP合格もさもありなんといったところである。

清少納言はどうなのだろう。私の見るところ、彼女ならZMPのひとつやふたつ 簡単にパスしそうな感じではある。彼女が「無冠の女王様」で無くなる日はくるのだろうか。

巨漢社員の本日の「給水」は、緑水500ccペットボトルと烏龍聞茶340cc缶。 どうやら平常時には半日で840ccの給水と、私が「ちょっと高過ぎるんじゃないの」 と一人で不買運動をやっている、小さな小さな200円ケーキ一個分のエネルギー 補給を必要とするようだ。 この男、どうもHPを開設しているらしく、殴り込み通訳に「後でURLを教えます」 というような事を言っていた。かように、クラスの中でHP開設者がその事を教え合って いるようである。

私も「ところで私もWeb日誌を書いてまして、毎週土曜日は清少納言特集を やってるんですよ」と言いたいのを既(すんで)の所で思いとどまっている。 別に本人達に読まれて困ることは書いてないのだけど、こちらからわざわざ宣伝する こともあるまい。(こういう「奥ゆかしさ」がいつも私の人生に微妙な影を落しているの かも知れないな。)

夜はスポーツ・クラブでへとへとになる。

2003年7月11日(金)
<<やんきー、ごーほーむ!>>
今朝「よし。床屋に行って、今日こそはスキンヘッドだ!」と元気良く宣言し たのだが、家族の猛烈な反対(何で反対なんやねん?!)に合い、結局アメリ カ海兵隊の兵隊さんみたいな中途半端な髪型に落ち着く。私はアメリカもアメリ カ人も嫌いなので、鏡に向かって「やんきー、ごーほーむ!」と叫んでみた。

午後から出勤と思ったが、不吉な予感を感じてとりあえず山科駅前SBU Xでひと仕事。夕方近くに出勤。予感が的中し来週に高校に営業に行く仕事が 入る。「きついノルマで締め上げられる本物の営業に比べれば楽なもんだな」 程度に考えている私とは違って、数学教室の同僚達はどうもこの手の仕事は、 単に研究時間が奪われるという理由だけからではなく、非常に嫌がっているよ うな気がしないでもない。というわけで、私に仕事が回ってくる。

数学者というのは通常熾烈な競争を勝ち抜いた勝者なので、人に頭を下げ たり愛想笑いをしたりしなければならない(と信じられている)営業というのは 絶対にやりたくない仕事の一つではないかと思う。特に高校などに営業に行っ て、まかり間違って学生時代に自分よりも数学が出来ないので内心見下してい たような学友が応対に出てきて偉そうにされた日には、たまったものではない のではなかろうか。まあ、私は熾烈な競争を勝ち抜いたわけでもなく、単に運 と勢いで数学者になった人間なので、以上は単なる憶測であるが。

ところで、先日の日誌に私はトポロジーが得意であると書いたのを読ん だのか、それともこれまで2回登場のセラピー学生君が言い広めたのか、初登 場の学生が基本群の問題を質問に来た。まあ、より多くの学生がトポロジーに 興味を持ってくれれば、私としては喜ばしい。かと言って、毎日のように学生 が質問に押し寄せるようになったら、ちょっと困るな。

2003年7月10日(木)
<<人生一巻の終り>>
ここ数日睡眠不足気味だったこともあり、朝食と野暮用の後すぐに昼寝。昼頃 に起き、午後から山科駅前SBUX、引き続き京都駅前ホテル京阪ラウンジへ。 「つまらない事」の後始末作業がかなりはかどる。やはり、まとまった作業が したい時は、大学に近づくべきではないな。夜も少し作業。

ところで、うちの数学教室では、学生達が割合気軽に教師の所に質問に来 る。それはとても良いことだと思うし、私も学生が質問に来た時はどんな些細 な質問でも懇切丁寧に答えるように努めている。そして、たとえ学生が非常に 愚かな考え違いをしてても、決して馬鹿にしたような態度はとらない(でいる つもりである)。

しかし、私の学生時代には、勉強していてわからない事を人に尋ねる習慣 はそもそも無かった。誇り高き数学者志望の学生が、人にモノを尋ねるなんて 事は思いもよらないのである。何故ならば、競争相手でもある友人に尋ねて 「お前そんな事もわからんのか。ばーか」式の態度をとられるのも癪だし、教 官に尋ねて「君はそんな事もわからんのか。数学者を目指すのは諦めたほうが いいね」などと言われた日には、それこそ人生一巻の終りだからである。「先 生、そんな嫌味言ってる暇があったら、私の質問に答えてくださいよ」なんて 斬り返す度胸は無かったしね。

そして大学には、わからない事をいちいち人に聞いてはいけないという雰 囲気が満ち満ち溢れていたように思う。この背景には、数学者の仕事とは、新 しい疑問を見出し、それに対して自分の力で答を発見することなんだから、疑 問の解決を安易に人に頼っているようなことでどうするんだ。そんなことをし なければならないような学生は、さっさと数学なんかやめてしまえば良いのだ、 という考え方があったのではないかと思う。今でも、数学者養成機関を自負す る(日本の)大学というのは、どこでもそんな感じじゃないかしら。

うちの数学教室は別に数学者養成機関ではないので、学生の質問には照れ ずにじゃんじゃん答えてしまえば良いのだと私は考えている。でも、時々数学 者を目指しているような学生もいるので、そういう人に過保護は良くないとい うことで、敢えて親切には教えないようにした方がいいのかしらと、迷わない でもない。

2003年7月9日(水)
<<ご利益>>
午前中は久々に山科駅前SBUXで過ごす。昼前に、仕事と青春(!)(つま り講義の準備と時代劇)で夜更ししたため「30分前に起きたところです」と いう、赤い目をしたK川先生と同じ電車・同じバスで出勤。本日午後一番で線 形代数の前期最終講義。 工学系学科の一般教養科目の講義担当というのは色々大変で、これで 9月下旬まで講義しなくて良いのかと思うとかなり気分が楽になる。 今日は定期試験の過去問を使って試験形式の演習。

その後、事務的な書類書きをし、コピー室で全力疾走のO坂先生と少し立ち話。 それから図書館へ。昨日に引き続いて、「リーマン面」 (ワイル)のドイツ語原書とか、S. S. Abhyankar の"Local Analytic Geometry", R.C.Gunning & H. Rossiの"Analytic Functions of Several Complex Variables", M. Nagata "Local rings"等等、研究の必要性というよりも いささか古典趣味に走ったものばかり 借りてきた。

たぶん眺めるだけになるだろうけど、それだけでもご利益がある本ばかり だと思うけどな。明日は出勤せず、更新は明後日以降になる予定。

2003年7月8日(火)
<<場が読めない>>
昨夜は少し夜更ししてしまったので、夢見るH先生と同じ電車・同じバスで昼 前ぎりぎりに出勤。午後一番から離散数学と情報処理の講義。

どちらの講義も、前期試験情報を探りにやってきた学生のため、受講生が 何割増しかになっていた。初めて講義に顔を出した彼らの中には、場が読めな い者も居るらしく、異常な静けさ(これはやや嘘)に包まれた私の講義でぼそぼそお 喋りをするなどという暴挙(!)に出て、雷を落とされたりする。試験情報な ども、待てどくらせど高山大先生は一向に喋る気配も無いということで、連中 はアテが外れたとばかりに途中で姿をくらましたりしていた。

講義がはねた後は、色々事務的な雑用をしたり、図書館に本を借りに行っ たり。(こういう事が嬉しくてしょうがない人も多いだろうけど)しばらく頭 痛の種だったパソコンの発注を終えて、肩の荷が下りる。

2003年7月7日(月)
<<星に願いを>>
七夕である。私も「もっと数学とドイツ語が得意になれますように」とか「日 本人が数理情報(情報数理)という言葉を使わなくても心豊かに生きていける 世の中になりますように」等等を短冊に書いて、星に願いを託してみたいものである。

午前中は厳しく自家養成中の打つべしI君の院ゼミ。楕円曲線の加法群構 造など。もっともっと激しく打つべし。午後はT君の卒研ゼミ。ヒルベルトの 零点定理の幾何学的意味、アフィン代数多様体の関数体と次元、および射影空 間の定義など。

2003年7月6日(日)
<< Schutz>>
睡眠と野暮用の日曜日である。午後は野暮用の一貫として北山通りあたりをう ろつく。噂通り、フランス語風の名前をつけた洒落た店が建ち並んでいるが、 ドイツ語名の店も発見。環境汚染をしない(umweltfreundlich)商品を扱ってい るSchutz (「保護」. Umweltschutzと言えば「環境保護」の意)という店。店 に入っていって店長に「頑張って下さい」とか言って握手でも求めようかと思っ たが、何で頑張って下さいなのか、何で握手なのか、その辺の事情を説明する のが厄介そうなので断念。もうひとつは、ステーキ・ハウスのチェーン店らし い Volks (「国民の」「民衆の」の意).

歩き疲れたので、北山通りの公家芋本舗なるお菓子屋で抹茶ソフトクリー ムを買い、店の人が公家芋を焼いているところをぼんやり眺めながら食べた。 それから地下鉄で京都駅前アバンティーに移動。ブックセンターをうろつくも、 収穫無し。猛烈な雨が降ってきたが、アバンティーを出る頃には小降りになっ ていた。

それから山科に帰り、久々に立ち寄ったSBUXで「つまらない事」の後始末 作業を少し。夜も少しだけ作業。

2003年7月5日(土)
<<天性の嬉しがり>>
ゲーテの土曜日である。本日いつもの先生が病気のため、急遽別の先生が代講。 大学では、建前上その人しかできない講義をやっていることになっているので、 代講が利かないことになってる。講師の急病ですぐに代講が立てられるなんて、 ゲーテはやはり「学校」なんだな、と当たり前のことを再認識してしまった。

最近”放課後のイベント企画”において鳴りをひそめていた清少納言は、 先日のバーベキュー・パーティーで張り切り過ぎて(?)ダウンしたくせに、 もう一度バーベキュー・パーティーでもやりましょうかなどと言っている。こ れは彼女が完全復活したことを意味する。前回でノウハウを掴んだから、準備 作業については「全く苦にならない」とのこと。やはりこの人は天性の嬉しが りなのであろう。「嬉しがりが居なければこの世は闇だ。せいぜい頑張ってく れたまえ!」と心の中で応援しておいた。

巨漢社員の本日の「給水」は、麦茶500ccペットボトルと午後の紅茶 340cc缶にとどまった模様。謎のニコニコ主婦も本日復活。ただ、ニコニ コ顔は3時間余りの講座の3分の1ぐらいしか見られず、まだ本調子ではない 模様。殴り込み通訳は子供をどっかに預けてるとかで、今日はベビーカー持参。 それ以外では久しぶりに印哲が来ていた。立命館哲学女史2人組は完全撤退し たみたいだし、ベルリン主婦もベルリンに帰っちまった。ハンサム君も2回ほ ど出席してオシマイ。この講座もあと2回だけど、彼らはもう来ないであろう。 あとお美人がもう1回ぐらい顔を出して、あの独特のぐりっ、ぐりっという視 線運びの芸を見せてくれるかも。

巨漢社員も清少納言もゲーテの大阪校から流れてきたようだ。 受講生数などの関係で、各校で全ての講座が開かれているわけではないから、 根性のある人は今期は大阪、来期は京都などということをやっているのだろう。 尋常ならざる熱意でドイツ語学習に取り組む数学者になりたかった技術者 氏も、滋賀県の不便な所から2時間かけて通っているらしい。 私ならそこまではやらないな。

それにしてもゲーテというのはいいもんである。そこは、「ドイツ語勉強しなくっちゃ!」 「ドイツ語が上手な人こそがエライ」という単純な価値観だけが支配する世界 である。そして私は、自らの背中にべったり貼りついた”半額シール”の事も、 「つまらない事」のつまらなさも、発言し過ぎた会議の後遺症の事も、ぜーん ぶ忘れて、タダのあっぷあっぷしている一生徒になれるのである。

夜はラクト・スポーツクラブ。

2003年7月4日(金)
<<"半額シール"の私>>
今日もまだ後遺症が残っているが、這うようにして午後から出勤。後遺症の一 貫として睡眠障害も出ているのか、少し異常な睡魔に襲われ大学に向かうバス の中で気を失う。見知らぬ学生さんに起こしてもらうまで気がつかず(学生さ ん、おおきに)。研究室で我が身に鞭打って「つまらない事」の後始末作業。

「後遺症」の背景には、不快感があるようだ。その原因は「数理情報(情 報数理)」という言葉だろうと思う。この言葉は、特に学部学科の拡張・改編 といった時にとても便利な未定義学校運営用語である。私は、便利なものはど んどん使えばよろしいと歓迎する反面、実はこの言葉が大嫌いなのである(嗚呼、 引き裂かれた私!)。

実利一辺倒のこの国において、数学などの基礎科学が生き延びる道は、自 分達がお金もうけに直接繋がる実用学問とお友達である事を主張することであ る。そのキーワードが「数理情報(情報数理)」。数学者が応用など全く眼中 に無く純粋に数学としての興味で研究してきた事が、後に巨大な応用を生みお 金もうけに繋がったという話は沢山ある。「人間精神の尊厳のための学問」と か「魂のための学問」とか言っても全く相手にされないから、このような金儲 け話の歴史を繰り返し主張することになる。

しかし昨今実利一辺倒は益々進行し、「そんな事言っても、じゃあ、今やっ てることが具体的に何のヤクに立つんですか?それを言ってもらわないと、予 算は出せませんね」とか心貧しい事を言われてしまう。現在研究されている数 学理論が何の応用を生むか、そんな事現段階でわかる訳が無いのである。困っ たな、何とかならないかと思ってたら、「数理情報(情報数理)」なる便利な 言葉が発明された。よし!これだ。「具体的に情報カンケイのヤクに立ちます。IT ですよ、IT」 この線で決まり!

じゃあ、学問的に見て数学のどの分野が「数理情報(情報数理)」か?そ んな事どうでも良いのだ。何たって学問用語じゃないんだから。記号力学系な ら0と1の数列や語の問題を扱ったりするから、何か「情報系の」(私はこうい う曖昧な言い回しも嫌いである)話に関連するだろう。よし、それは数理情報 だ。他に無いかななあ。じゃあ、ちょっと計算機グラフィックスで数学を動か して見せるような話なら数理情報ってことにしてしまおう。ついでに、整数論 とか線形偏微分方程式とか由緒正しい理論数学以外で、ちょっと計算機使って 実験したりしている分野は全部数理情報ってことにしてしまおう、等等。 これは夕方のスーパーマーケットで、店員さんが商品に半額シールを 貼って回っているようなものである。

私はそれら全部「数学です」って事でいいじゃないかと思う。100歩、 いや5000歩譲っても「数理科学」だ。「数理情報(情報数理)」などとい うつまらないレッテルを貼るなんて、恥を知れと言いたいところである(ちな みに私にも「数理情報の教員」という"半額シール"が貼られていてますけどね)。 しかし、何せ心貧しいこの国で必死に生き延びよう としてるんだから、なりふりなんて構ってられないのである。そして 私は、この「数理情報」だの「情報数理」だのの言葉につきまとう、このよう な(精神的)貧乏臭さが嫌いなのである。

では、本家の「情報ナンチャラ学科」みたいな所の人達はどう考えている か。数学者達がいくら「数理情報」「情報数理」の言葉によって、"金持ち情 報カンケイ"のお友達を装うとしても、彼らはちゃんとお見通しなのである。 「数理情報(情報数理)」とは要するに(半額シールを貼られた)数学なのであっ て" 情報ナンチャラ”とは似ても似つかぬものであり、また、数学者は”情報 ナンチャラ”関係者とお友達になりたいのではなく、必要に応じて単にお友達 のフリをしていたいだけだってことを。

そもそも”情報ナンチャラ”関係者も、最近は「情報学」だの何だのって 気取った言葉を使っているけれど、要するに自分達は昔「情報工学」と呼ばれ ていたようなれっきとした工学の人間だと思っているのだ。「情報工学」とい うのは由緒正しい立派な名前だと思う。それならちゃんと「情報工学です」と言えば 良いようなものだが、学部学科の改編の度に名前を変えて新規性を出さないと 役所が書類を受け付けてくれない(こういう薄っぺらい貧乏臭さも私は嫌いで ある)とか、目新しい言葉でイメージに弱い若者を惹きつけよう という下心、等等の非学問的理由により、色々つまらない名前を発明しなければな らなかったのである。

それはともかくとして、心の狭い工学者は理論的アプローチを毛嫌いする けれど、工学者にも広い心を持った立派な人は沢山いる。そして彼らは、理論 的であろうと実践的であろうと、「地に足のついた」研究をしてようと「雲を 掴むような」研究をしてようと、常に明確な工学的問題意識を持っている者だ けが自分達の仲間だと考えている。だから、心は完全に数学の世界に居るのに 「数理情報」だのという言葉でお友達か親戚を装うとしても、てんで相手にし ないのである。

こういう事情を知っているだけに、数理情報だの情報数理だのをめぐる数 学教室での議論(そこには”半額シール”の私も当然のように深くかかわって いる)を見ていると、我ながら健気でもあり哀れでもあり、そして時に滑稽で もある。

2003年7月3日(木)
<<激しい後遺症>>
会議というのは体に毒である。昨日の教室会議ではちょっと発言し過ぎて、昨 夜からずっと後遺症に苦しんでいた。最近はどうも、会議で一定量以上発言すると、 後で頭がオーバー・ヒートし、不眠・不快感・虚脱感・思考停止・集中力低下 などの症状に悩まされる傾向がある。

さらに、議題や発言の内容が、私の「忘れてしまいたい忌まわしき過去」と 「数理科学科における微妙なるポジション」の問題も多少関連していることが、 症状の悪化に拍車をかけていることは確かである。私のように微妙な綱渡り人 生を送っていると、この手の苦労はついて回るのが宿命である。 いずれにせよ、こんなのが体に良いわけがないし、数学にも悪影響を与える。

本日せっかくの研究日。「つまらない事」の後始末作業に励もうかと思っ ていたのだが、後遺症が激しくてどうにもならない。気楽に読めるはずの「リー マン面」(ワイル)も目が文字を上滑りして全然読めない状態。じゃあ、ドイ ツ語の予習でもしようかと思っても、それも手がつかない。これは一日完全に 棒に振りそうだなと思ってたところで、先日のHeine-Borelの定理の講義をし たセラピー学生君と廊下でばったり出会い、トポロジーの問題を何題か解くは めとなる。

実は、私は学生時代からトポロジーが得意なのである。計算機屋時代も、 研究上の必要があって(というか、強引に必要を作って?)かなり勉強してい た。だから、位相空間論だの基本群だのホモロジー論だの入門レベルの位相群 や可微分多様体の講義ならいつでも出来るし、実際に単体的複体のホモロジー 論に関する論文もひとつふたつ書いているのである。

しかし、そんな事を吹聴して大量の学生が質問に押し寄せて来ても困るし、 (私の単なる憶測であるが)立命館でトポロジーを語る事はある種のタブーに なっているような雰囲気も無きにしもあらずだし、私は「数理情報(これは未 定義語である)の教師」ということで、事実上何の専門家でもないことになっ ているようだし(学内でどういう位置付けになってようと私の知ったことでは ないが)、それやこれやで面倒臭いので、黙っているだけなのだ。

セラピー学生君としばらく問題解きをやって遊んでいるうちに、少し気分が 楽になり、やっとドイツ語の予習に手が出せるようになる。

こんな事がしょっちゅうあるようじゃたまらない。別に私が発言しなくっ たって物事はちゃんと進んで行くのだし、自らの健康と学究生活を守るため、 これからは一回の会議では10センテンス以上は発言しない、という自主規制 でも設けようかと思う。

2003年7月2日(水)
<<素晴らしい一言>>
寝て待つまでもなく昨夜には果報が届き、本日午前中は推薦状の清書など。午 後一番で線形代数の講義。今日で予定の範囲は全部終わってしまう。その後、 購入予定のパソコンの仕様をWebで選んだり(物欲に乏しい私は、こういう作 業は嫌いなのでなかなか進まない)、来週の線形代数の講義での小テスト(演 習)問題をコピーしたり、情報処理のレポートを整理したりしているうちに、 「何て先生稼業な一日なんだ!?」と思いながら教室会議に突入。

会議の後、ドイツ語の達人でもある夢見るNi先生にちょっとドイツ語の質 問をしたのをきっかけに、結局二人で大騒ぎしてドイツ語の推薦状の文章を練 り直すこととなる。夜8時過ぎに、これぞ完璧!究極のドイツ語版推薦書完成! やれやれ、大助かり。

ところで、ドイツは第二次世界大戦の敗戦後も、戦勝国の米英に強硬に抵 抗して、世界に誇るドイツの伝統的な大学制度を守り抜いたそうである。その ため、Diplom だのMagister だのが(英米流の)日本の大学制度のどれに相当 するのか大変わかりにくい。ところがごく最近、英米流の修士課程に相当する (と思われる)Masterコースが一部で導入されたらしい。

この事を夢見るNi 先生に伝えると、彼は「え?最近(ドイツ人は) そんな事をしてるんですか!?」と、一息おいて「 うーむ、堕落だ。」 かつての気骨はどうしたんだ、という事らしいが、嗚呼、なんて素晴らしい一言 なんでしょう。かくして我らが立命館数学教室におけるドイツ学派は健在なの である。

2003年7月1日(火)
<<果報は寝て待て>>
あっと言う間に7月になってしまった。午後一番から離散数学と情報処理の講 義。

ドイツ語で書いた学生の推薦状を一応チェックしてもらおうと、先週末に メイルでゲーテの先生に送ったのだが、全然返事が返ってこない。今日の午前 中は「どうなってんですか?」という督促メイルをせっせと(得意の!?)独 作文し、講義がはねた夕方にもう一度チェックしてから送る。あとは、果報 は寝て待て。

その後、「つまらない事」の後始末作業を少し。