2003年6月15日(日)
<<至福の日々>>
野暮用の日曜日である。最近そういうことが多い。数学もドイツ語もやれない 日というのは何と空虚なことか。人生は巨大雑用や巨大野暮用の狭間の泡沫の 夢なのかも知れないな。でも、昨日行けなかったラクト・スポーツ・クラブに 行って十分気晴らしをしたではないかという説もあるが、スポーツ・クラブは 別に好き好んで行っているわけではない。

それにしても、空虚な一日に「ケンブリッジの哲学する猫」が染み入る。 私は(元)狼少年ならぬ(元)犬少年で、幼年期には福と呼ばれた心優しい雌 犬(紀州犬)に育てられたのだが、隣家のキャンキャンうるさいスピッツと土 管のようなど太い声で吠えるシェパードに毎日のように追いかけ回されて半泣 の目にあわされていたトラウマがもとで、ごく最近まで自他ともに認める犬嫌 いの猫好きであった。このトラウマからは、紅という奇妙な名前の気のいい雌 犬(柴犬)によって図らずしも「動物セラピー」を行うことによって開放され た。

ところで、猫好きというのも微妙である。幼年期を過ぎた頃は毎日数匹の 猫を相手に、彼ら(彼女ら)の髭をハサミで切りそろえたり、鼻の穴に楊枝の 根を差し込んだり、肉球を洗濯バサミで挟んだりして虐待の限りを尽くしてい たように思う。勿論彼ら(彼女ら)がこれを黙って許すほど寛容である はずはなく、私は毎 日手や顔に(猫の爪による)数本のミミズ腫れを作っていた。 かような濃密なコミュニケーションが、至福の日々をもたらしていた ように思う。

2003年6月14日(土)
<<圧倒的な存在感>>
ゲーテの土曜日である。清少納言は先週の楽しそうなバーベキュー・パーティ に伴う燃え尽き症候群(?)により、珍しく欠席。謎の音大主婦情報によると、 彼女は少なくとも水曜日にゲーテで行われているM. Ende "MOMO"の輪講会には 「元気に」出席していた。否、もしかして、輪講会はメンバーが少ないことも あって、元気でなくても無理して出席してたのかも知れない。

340cc缶の烏龍聞茶を飲みながら東京出張で買ってきた芋羊羹の土産 を皆にふるまっていた(やっぱり奴はいいヤツだ)巨漢社員情報によると、彼 はバーベキュー・パーティで食べ過ぎて数日間腹痛でのたうち回ってたのだが、 水曜日あたりに「しっかりしなさい!」と清少納言から叱咤激励メイルが届い たらしい。だから、あの時はまだ(巨漢社員よりも)気力があったのではない か、とのこと。

そういえば、巨漢社員は東京出張の際、秋葉原で清少納言が宣伝して回っ ていた電子辞書を買ったそうだ。これで〆て6名が同じ電子辞書を持っている ことになる。そしてそれを見た久々登場の印哲が「これ、いいですね。僕も買 おうかと思ってるんです」。お、これは脈があるぞ。

かように、清少納言は欠席していても、圧倒的な存在感を保ち続けている。 やはりタダモノではないな。

それ以外では、先週欠席の殴り込み通訳とお美人。ドラえもんは今日も休 み。ベルリン主婦はそろそろベルリンに帰る準備に忙しいのか、バーベキュー・ パーティーが終わって「自分の責任は果たした」と思っているのか、またも休 み。もう来ないかも知れない。そういえば珍しくドイツ秘書も休んでたな。

ところで”お美人”は何故”お美人”と言うかというと、これは彼女が実 際に美人かどうかという問題とはあまり関係が無いのである。ゲーテのレッス ンは受講生が輪環状に着席した状態で進められ、お互い顔を見合わせながら授 業を受けるのである。そして授業中の彼女は、背筋をぴんと伸ばした状態で、 顔を動かさずに目だけをぐっと動かして他の受講生達を見る。目を動かす前に は必ず一度まぶたをぐっと閉じる。だから、目が動いている所は見えない。さらに、 全員を見るわけではなく、ある法則(その法則の内容については科学的検証が 終わっていないので、ここに述べることはできない)に従って特定の人たちを 見るようである。この仕草がちょっと芝居じみて見えるので”お美人”と呼ぶ のである。

それにしても、塾屋、謎の音大主婦、お美人などは、ドイツ語のかなりの実 力者のようだ。早い者勝ちの”競争入札”の時は清少納言や巨漢社員や数学者 になりたかった技術者達に圧倒されているものの、順番に当てられた時には実 に立派なドイツ語を話す。うーむ、油断ならんな。

ゲーテの帰りは注文しておいたワイシャツを取りに河原町丸善に立ち寄り、 ついでに復刊された岩波文庫「晩年の思想」(アンリ・ポアンカレ)と「ケン ブリッジの哲学する猫」(P.J.デイヴィス、深町訳)を買う。

2003年6月13日(金)
<<馬鹿除け祈願>>
一寸蒸し暑いような梅雨の日である。午前中は山科駅 前SBUX にて論文解読作業。あるモノグラフを読んでいてもさっぱり 何を言ってるのかわからなかったのだが、これはそこで参照されていた原論文。しか し、この原論文は、証明の中でとても本当とは思えない事をバンバン使ってい る。では、この論文が無茶苦茶なのか?はてまた、私の頭が無茶苦茶なのか? それを確かめるため、昼過ぎに出勤して図書館に急行し、原論文で参照されて いたネタ論文を2つばかりコピーする。午後はネタ論文と原論文を突き合わせ て解読作業。まだよくわからない。

計算機屋だった昔、「これを読めばコホモロジーの本質が分かる!」と騙 されて(?)、有名なAtiyahの"K-Theory"を読んでひどい目に会った。これは Atiyah大先生の講義の講義録だそうだが、Bottの周期性定理の証 明か何かのところで突然全く訳のわからない議論が始まり、それで結局挫折 した。どうも、証明の途中で講義1回分ぐらいの記述がごっぞり抜けているの か、講義一回分ぐらいの私の脳味噌がごっそり抜けているのかのどちらからし い、という結論に達した(いまだにどちらなのか不明である)。

私は、著書の記述が無茶苦茶か?それとも私の頭が無茶苦茶か?という本 や論文の半数ぐらいは著者が無茶苦茶書いているのだろうと考えている。 書かれている定理は全て正しいが証明は間違いだらけとか、 定理も証明も間違っているが、ちょっとした修正をすれば正しいものになるとか、 定義などが曖昧な書き方がしてあって何を言ってるか分からないとか、 あまり広く使われていない用語を定義を示さないで使っているとか。 いずれにせよ困ったもんである。

誰かエライ人が著者達を叱ってくれて、間違いを修正した改訂版が出るか というとそういう事も無く、「あの本は間違いが多いことで有名なこの分野の 基本必須文献だ」という事でずっとまかり通ってたりする。基本必須文献が間 違いだらけでどうするんだ!と思うのだが、その間違いを乗り越えられる力を 持った人間こそがその分野に参入するにふさわしい。それが出来ない馬鹿はこっ ちに来るなという「馬鹿除け祈願」とか「ぼけ封じ」のご利益を狙っているん じゃないかと思いたくなってくる。

2003年6月12日(木)
<<美しすぎて身も蓋も無い>>
夜明け頃に目覚め、現在解読中の論文の意味不明の個所を夢うつつに考えながら 朝を迎える(解読しなければならないような論文を書くなよな−)。 すこるぶる数学的な一日の始まりのようだが、 終日野暮用にて京都駅近辺および山科駅近辺をうろつくこととなる。

そういえば、昨日の夕方、夢見るH先生と同じく、Yt先生からJ. P. Serreについて のLe Monde誌の記事「J. P. Serre --- 数学界のモーツアルト」とYt先生の翻訳のコピー を頂いた。計算機屋時代はフランス人研究者との交流がよくあって、フランス語の勉強も 細々とやっていたのだが、今はずいぶん忘れてしまった。 一番いけないのは、フランス語の読み方を忘れてしまったことである。 英語と違って、フランス語やドイツ語は意味はわからなくても声を出して (少なくとも、訛っているけれど間違いではない程度に)正確に読むことができ、 その響きを楽しむことができる言語である。これら3つの言語の中で、聞いていて私が 一番綺麗だと感じるのはドイツ語なのだが、フランス語のあの”モゴモゴした響き”も 嫌いではない。だから、フランス語を声に出して読めなくなってしまったのは一寸悲しい。 また、いつか勉強し直そうかと思う。

それはさておき、代数幾何学や可換環論を勉強していると、至る所でJ. P. Serreの極めて 基本的で本質的な結果に出くわす。Serreの定理はどれもこれも、物事の本質を えぐりだす深さとともに、透き通るような美しさを持っていて、私にはたまらなく魅力的である。 この魅力が私の純粋数学至上主義に拍車をかけ、私の数学のテイストを決定していると言っても 過言ではない。要するに私はSerreの大ファンなのである。しかし、Serreの定理って美し過ぎて身 も蓋も無いって感じもするので、その意味で「数学界のモーツアルト」というのは 納得できる。

2003年6月11日(水)
<<大雑把なノリ>>
午後一番で工学部一回生の線形代数の講義。150名でわっしょいわっしょい やっていた学生が、今は半分程度に減っている。さらに、私語撲滅作戦「何で すか?」(私語学生を見つけ次第急行して「何ですか?何か質問でも?何でも聞いて くださいねー」と問い掛ける作戦。学生をどやしつけるよりも効果があるよう だ)が功を奏したのか、教室は極めて静かである。と、思ってたら半分ぐらい がスヤスヤと眠っていた。今日は余因子と行列式の余因子展開に突入。この調 子だと7月始めに予定の範囲を全部終わりそうだな。その後、巨大雑用のゾン ビの破片を片付けたり、論文の解読をやったり。

そういえば座敷童のS太郎君などは、卒研生になったばかりの頃はかなり几 帳面、あるいは神経質な感じがしたのだが(実際にそうなのかどうかは知らな い)、今では時折ふっとS藤先生流の大雑把なノリを見せる ことがある。指導教員に傾倒する大学院生はだんだん指導教員に似てくるとい うから、彼もそうなってきたのだろうか。

S 太郎君の例の他にも、意地悪で有名な某先生の下でだんだん意地悪になっ ていった院生の例や、人格ばかりではなく体型まで指導教 員に似てきた院生の例なんてのもある。当の指導教員は、だんだん自分に似て くる院生をどう思っているのか、ちょっと興味のあるところである。

私はどうかというと、まともに指導した院生のサンプルが極端に少ないの で何とも言えない。あるいは、まともな指導を拒否して勝手気ままにやってい るところが、指導教員の私にそっくりだ、ということなのかも知れない。そう いう院生なら、過去に沢山居たな。

2003年6月10日(火)
<<仕事したって感じ>>
どうやら梅雨に入ったようだ。本日午後一番より2回生離散数学、1回生情報 処理、教授会、研究科委員会、学位審議委員会のハードスケジュール。終了は 夜8時。あー、何だか「仕事」したって感じだな。

くたびれたので、今日は帰ってドイツ語の予習でもやって寝ます。

2003年6月9日(月)
<<とりあえず後回し>>
午前中は厳しく再教育中の自家養成サクラI君の院ゼミ。アフィン代数多様体上の ヒルベルト零点定理、有理関数、有理写像など。瞬発力は良くなっているようだ。 今後はスタミナをつける事が課題であろう。引き続き打つべし打つべし。

午後の卒研ゼミはT君の教育実習により、先週に引き続き中止。9月の学会 の原稿の修正作業をしたり、論文を解読したり。情報処理のレポートのチェッ クが残っているし、今日も巨大雑用のゾンビの破片が飛び込んで来たけれど、 不要不急の雑用はとりあえず後回し。

2003年6月8日(日)
<<既定の方針>>
真夏日の日曜日である。時々電子辞書で遊んだり、夜9時過ぎから山科駅前 SBUXで少し論文を読んだ以外はほぼ終日野暮用の一日。

そういえば教員の間では、講義や卒業に必要な単位数をもっと増やして 「学生にもっと勉強させよう」という多数意見と、学生にもっと勉強させたかっ たら講義や必要単位数を減らすべきだという少数意見があり、議論になると必 ず後者の意見が負ける。理由は簡単で、講義や必要単位数を減らしたらほとん どの学生達はただただ遊び呆けるだけではないか、ということ。それは確かに 事実である。

私はというと、当然(?)後者の意見であり、さらに、ほとんどの学生が 遊び呆けてしまうのならば、遊ばせておけばいいではないか、と考えている。 とことん遊び呆けてしまったとすれば、その責任は学生自らが取るべきであっ て、教師がそこまで責任を持つなんてのはおかしい。それでは大学じゃなくて 学校じゃないか。「え?立命館って学校じゃないんですか?」って声が聞こえ てきそうだ。ここではたと気がつく。学生のほぼ100%が「学校」と考えて いるとすれば、そこは「学校」でしかあり得ないのである。

「学校」は「生徒の尻を叩いて教師の思惑通りの事を勉強させるところ」、 「大学」は「学生が自らの意思で自らの知りたい事を学ぶところ」という定義 で考えると、立命館では「大学の学校化」が既定の方針になっていることがわ かる。つまり「大学」では飯が食ってけないから、「学校」として生き延びよ うと決心しているのである。別に立命館に限らず、全国の大学が今「学校化」 の方向に向かっていると思われる。世の中の大学に対する意見の多くは、要す るに「大学は学校化せよ」と言っているのであり、学校化に対して「無駄な抵 抗」をしている所もあるかも知れないが、いずれはそのようになっていく であろう。

そして「学校」の先生というのは、日々「生徒」の尻を叩くのに忙しいのである。 そう考えると、日々我々が何故こんなに忙しい(気ぜわしい)のかが、明快に わかるような気がする。

2003年6月7日(土)
<<清少納言恐るべし>>
嬉し恥ずかし電子辞書初持参のゲーテの土曜日である。 と、周りを見回せば、以前いつもの嬉しがりぶりを発揮して電子辞書を 宣伝していた清少納言、そしてそれに影響された私は勿論のこと、 ロートレック嬢と久々登場ベルリン主婦までもが同じ電子辞書を 持っていた。本日欠席の殴り込み通訳も持ってたから、これで少なくとも 5人が同じものを持っていることになる。今日はロートレック嬢が ドイツ秘書と謎のニコニコ主婦に見せびらかしていたから、この 電子辞書の所有者はさらに増えるかも知れない。 ちなみにベルリン主婦は清少納言に影響されたのではなく、 結婚祝いに当時勤めていた職場の上司からプレゼントされたそうである。

さて、今日は清少納言が言い出しっぺの鴨川河畔バーベキュー ・パーティーの日である。何故か清少納言がいつも引きつれている ”日本学を勉強している同志社と京大のドイツ人留学生の子たち” も何人か来るそうである。天気が心配であったが、彼女は相当気合いを 入れて準備してきたようで、海外旅行に使うような巨大なカバン一杯に 野菜だの魚だのを詰めこんで来たという。

また、先々週はコカコーラ、先週はお茶、そして今日はミネラルウオーター を飲んでいた(来週は何を飲むのだろう?)巨漢社員は清少納言とノリが会うらしく、 笹寿司とオカラ(変な取り合わせだな)を大量に買い込んで来た。清少納言に ハッパを掛けられたというベルリン主婦も、3種類のおにぎりと手作りクッキーなどを 用意してきた。その他、数学者になりたかった技術者、塾屋、謎の音大主婦、 ドラえもん、輝くフリータ、硝子職人などもそれぞれ何か持ち寄って、 パーティーに参加する模様。

何とも楽しそうなパーティーである。私は楽しそうなパーティーは大好き である。特に利害関係もしがらみも無い人達の集まりで行われるパーティーは、 当たりハズレが少ない。多くのものを期待し過ぎない限り、きっと満足の行く ものになるであろう。しかし、私は参加せずにラクト・スポーツクラブに行く ことにした。何故参加しなかったのかというと、一言で言って「こんなに楽し そうなパーティーになるとは予想してなかったから」である。電子辞書の普及 ぶりといい、パーティー・プロジェクトの巨大化といい、全く清少納言恐るべ しである。

2003年6月6日(金)
<<巨大雑用のゾンビ>>
午前中は昨日買った電子辞書を使って山科駅前SBUXにてドイツ語の予習。思っ ていた以上によく出来た辞書である。物欲に乏しい私でも、良いものを買った なあと、ちょっぴりホクホクしている。たぶんこういう時、S藤先生のような 人種の人間は、誰に頼まれたわけでもないのにこの製品の宣伝ボランティアを 買って出て、この電子辞書を(この製品の開発者に成り代わって)自慢して回 るのであろう。

昼頃出勤。誰が入れたのかポストに怪文書が入っており、部屋の留守電に は意味有り気な時間帯の怪しい無言電話2件。ま、無言留守電はよくあること だし、怪文書は誰かが間違って入れたのでしょう、なんて思いながらPCを立ち 上げてメイルを見ると、出ました!まだくたばってなかったのか?!の巨大雑 用のゾンビが!

真相は次の通りであった。昨日の夜あたりから何やら事態が怪しくなり、 おそらくその件で私の部屋に電話が掛り(早めに帰宅したのは正解であった)、 留守だったのでメイルで巨大雑用ゾンビ版を何とかせよ!との指令が飛び、そ してポストに投げ込まれていたのは雑用用資料だったのである。 しかし、この雑用は案外早く片付いた。

その後は部屋で論文を読んだりしてすごす。情報処理のレポートのチェッ クと学会の原稿書きは未だ終わってないけど、今日はサボる。途中、K川先生 がやってきて「私は『だんだんおかしく』なってきたのではなく、元からおか しいのだ」とか「『情報学科はもうすぐ潰れる』だと単に事実を述べただけだ が(情報理工学部に改組されるため)、『小青幸反学科はもうすぐ潰れる』だ と何を言った事にもならない。それは『言売売ジャイアンツ』の悪口を言って も、誰を中傷したことにもならないのと同じだ」(もし裁判になったらこうい う言い訳は通らず、負けると思うけど...)等の頭がおかしくなりそうな雑談 をたっぷりして帰って行く。

2003年6月5日(木)
<<非学術的な会話>>
概して物欲に乏しい私であるが、熟慮の結果やはり日独・独日(プラスα)の 電子辞書が欲しい!ということで、初夏を思わせる太陽の下、悪太郎サングラ スをかけて、既に陥落した山科駅前SBUXにも立ち寄らず、大枚3万円を握り締 めて昼前に大学生協へ。

こういう普段滅多にやらない事をやると、普段滅多に会わない人々に会よ うである。まず、南草津からのバスの中で「やはり、(丸刈り、悪太郎サング ラス姿は)ちょっと怖いですね」「怖い?ま、(怪しさでは)お互い様でしょ う」と挨拶を交わした怪しいサングラス姿の夢見るH先生。「ちょんまげ天国」 なるCDを買って以来、チャンバラ映画の熱き語り部をやってみたりと、K川先 生が「だんだんおかしく」なってきたのでは、などという非学術的な会話を交 わす。

キャンパス内で次に出会ったのは、私が立命の教師になった時はまだ院生 だったのだが、今は他学科の教師をやっている某先生。昔、間接的ながらも一 応師弟関係にあった事を意識しているのか、あるいは、計算機屋時代の私と今 の私が意識の中で連続性を保っていると勘違いしているためか、彼一流の色々 屈折した表現で、研究者として活躍している自分を認めて欲しそうな粘っこい 素振りをしてくる。しかし、今の私は彼の専門分野にも彼自身にも特段の関心 も興味も持っていないので、きっちりと「はー、そうですか。はー、それはよ かったですねー」と気の無い返事をしておく。ま、別に彼に悪気があるわけじゃ ないけど、どうでも良いと思っている事には、ちゃんとそういう態度を示すの が誠実じゃないかと思うので。

午後は図書館で論文をコピーしたり、論文を読んだり、学会の原稿 書きをやったり。

2003年6月4日(水)
<<後味悪し>>
昼前より出勤。午後一番で工学部の線形代数の講義。行列式の基本性質の証明 の概略とそれを使った実際の計算法。この部分を教える時にはいつも、基本性 質の証明をどこまでサボろうか頭を悩ます。たとえ置換について丁寧に説明し たとしても、大学1回生が行列式の定義を正しく正確に理解することは 至難の業だと思われる。何となく複雑な定義だなあ、そんなものかなあ、とい う程度にわかるのが精一杯であろうし、そんなに急いで理解しなくても良いの ではないかとも思う。

ところが行列式の基本性質の証明というのは、行列式の定義を正しく正確 に(!)理解していればいたって簡単だが、そうでない場合はいくら説明して もらってもどうもピンとこないと思う。教師としても、一生懸命説明すればす るほど泥沼にはまっていくような気がする。つまり、黒板に向かって色々説明 しているときに、背後から学生達の「あー、先生何喋ってんだろう?わかんな いや!」という溜息とも何ともつかないいやーな雰囲気がじわじわあああっと 伝わってくるのである。私はこういうのが特に嫌いであり、それを避けるため にはどんな姑息な手段でも使ってしまおうという衝動に駆られるのだ。

数学科の学生相手ならばいざ知らず、工学系の学生の場合は公式の証明 (多くは置換についての細かい議論が中心である)に時間を取るよりも、実際 の計算技術の方に力を入れたほうが良いのではないかと考えている。ところが、 教科書にはちゃんと証明が書いてあるから、それをほとんどすっ飛ばすのもち と気が引ける。それに、日頃高校以下での教育に対して「公式の導き方やその 過程での考え方を教えることが手薄になっていて、何でもいいからこの公式を 覚えて計算できるようになりなさい式の授業に傾いているのではないか」など と批判めいた事を考えている私が、まさにその通りの教育を自らやってるじゃな いか、という後ろめたさもある。つまり、公式の証明をきちんとやったにせよ、 サラッと流したにしろ、いずれの場合も後味が悪いのだ。

講義の後は、その後味の悪さに情報処理のレポートの続きをチェック する気が起こらず、気分を変えて9月の学会の原稿書きなど。

2003年6月3日(火)
<<山科駅前SBUX陥落す>>
昨日の帰宅途中に山科駅前SBUXで道草を食って、さて帰ろうと店を出た時に、 「ほう、ここが山科駅前SBUXか」というような顔をしてふらふらと店に入って きたYt先生とかち会った。山科駅前SBUXは、この近辺に常時50名体制で自 らの分身を展開させているのでは?との説もある夢見るNi先生でさえも未だ足 を踏み入れていない(と信じられている)、私の縄張りである。それが、本来 左京区近辺が縄張りのはずのYt先生の殴り込みによって、あっけなく陥落して しまったのである。嗚呼!

本日午後より2回生「離散数学」と1回生「情報処理」の講義。その後は、 情報処理のレポートのチェック。今日は、いつもの「一行質問」のレポートと、 総括レポートと呼んでいる、数回分の質問に対してそれまで得た自分の答を書 くレポートの2種類。ある人に「何で情報処理なんてしょうもない授業に、そ んなに頑張るんだ?」と言われてしまった。私は決して熱血教師ではないのだ が、ただ、こういうしょうもない授業の担当から逃れられないという現実があ る以上、それを少しでも楽しむことを考えるしかないではないか、というのが 今のところの答。

ちなみに私は情報処理の講座はもちろん、あらゆる情報処理関連の授業や、 そういう事ばかり教える学部、学科は全て大学には不要であり、やりたきゃあ 専門学校でやるべし、という過激思想を持っている(何ってたって、純粋数学 至上主義者だからね)。ただ、その思想を押し進めると「じゃあ、お前も要ら ん!」「何だと!?もっぺん言ってみろ!」ってなややこしい事態になりかねな いので、黙っているだけである。人生とは難しいものだ。

今日の離散数学は、お上からのお達しにより授業アンケートを行う。自由 記述欄に、噛んで含めてお粥を炊いて式の私の講義を「(ゆっくりと分かりや すく教えてくれるため)高校の授業並に理解できます」と 評してあるのがあった。ま、私も一応高校の教免持ってますけどね。エヘン。

確かに離散数学の講義は高度な予備知識を必要としないこともあって、受 講生として大学理工系2回生というよりも、(夢見るH先生の母校のように成 績低迷者が医学部に進む特殊な進学高校ではなく、成績上位者が医学部に進学 する)普通の進学高校でまずまず落ちこぼれずにやっている高校生を想定して 教えているつもり。だから、上のアンケートの記述は、確かに想定通りの講義 になっている事を示すものだという事で、ちょっと喜ばしい。

2003年6月2日(月)
<<高いなー>>
午前中は厳しく再教育中の自家養成サクラI君の院ゼミ。商環、全商環、商体 の定義の確認とアフィン代数多様体の関数体の定義、座標環が一意分解整域に ならないアフィン代数多様体の例など。引き続き打つべし打つべし。

昼休み。清少納言が持ってたのと同じ日独・独日etc.電子ポケット辞書を、 生協に見に行く。1万円ぐらいと思ってたら、27800円!高いなー(これ でほとんど購買意欲が無くなる)。広辞苑だの逆引き辞典だの英和、和英、英 語類語辞典は要らないから、日独・独日機能のみで1万円ってのは無いかしら。 (店の人は「無い」って言ってたな。)

午後の卒研ゼミは唯一の卒研生T君の教育実習のため中止。明日の情報処理 の授業のプリントのコピーをしたり、論文を読んだりしてすごす。

2003年6月1日(日)
<<婦人警官>>
この土日は、土曜日にゲーテに行った後から、野暮用にて京都を離れていた。 ゲーテは常連メンバーを中心に12名出席。前回欠席の殴り込み通訳は出席、 塾屋と輝くフリーターは欠席、そしてしばらく姿をくらましていたお美人が少 しワイルドな雰囲気になって復活。巨漢社員は健康を気遣ってか、コカコーラ のペットボトルをやめてお茶のペットボトルにしていた。心を入れ替えたので あろうか。もう少し経過観察をしてみよう。清少納言に広辞苑、日英、英日、 独日、日独ポケット電子辞書をみせてもらったのだが、こんなに便利なものと は知らなかった。私も欲しくなったな。

今日は京都に戻ってすぐにゲーテに直行し、Andreas Dresen監督の「婦人警官 Die Polizistin」を見に行く。日曜夜7時からという時間帯が悪いのか、観客 が6名ぽっきりで、完全に潰れかけの場末の名画座モード。金曜日の「階段の 途中でHalbe Treppe」もそうだったけど、予想通り憂鬱な映画できっちり落ち 込みましたね。やー、参った参った。しかし「アメリカの友人」のような底無 しの落ち込みは免れた。

しかしこの「婦人警官」、途中からこれはどこかで見た覚えがあるぞと気 づいたのだが、どうもエッセン滞在中にテレビで見たものらしい。そういえば エッセン滞在中は、ドイツのテレビで「しけたドラマ」ばっかりやっているの が不満だったのだが(その割には良く見ていた)、唯一スカッとしてたのがAlly McMeal (日本では「アリー・マイラブ」として大ヒットしたらしい)。 しかしこれはア メリカ映画の吹き替え。