2003年5月15日(木)
<<数学コロキウム>>
本日午前中は数学研究会主催の数学コロキウム。「可換環論の世界」と題して 1時間程学生に講演。聴衆が零ならばジーゲルのように伝説の講義ができたは ずだが、馬看の効き目があってか実際は30名ほど集まった。 今日はジーゲルになり損ねたけれど、まあ良しとしよう。 最近私の離散数学の講義のみならず夢見るH先生の積分論の 講義にも出没している、ゲーテ上級クラスの経営学部T先生も来ていた。 (T先生一体何を考えているのだろう?)

あと、自家養成サクラI君も、私に言われなくてもちゃんとサクラとして会 場で座っていたのはエライのだが、サクラ質問がきちんとできないようでは 「自家養成サクラ」の名がすたる。うーむ、厳しく教育し直す必要があるな。

それにしても、学会発表や時間をたっぷりかけられる講義とは違って、短 時間の一般向け講演で入門から大学院レベルまでの話をするというのは結構難 しいもんだな。全力疾走のO坂先生が、「高山さんが『えらく燃えていた』と いう噂でしたけど」と言ってたが、燃えていたのではなくて予定の時間内で 説明を終らせねばならないとあわてていたのです。

昼食後部屋に戻って情報処理のレポートのチェック。その後、図書館で論 文を2つほどコピーしたり、外部に複写依頼を出していた論文を受け取ったり、 MathSciNetで論文検索したり、論文を読んだり。てな事をやっているうちに Herzog先生から嬉しい知らせ。"幻のGrothendieckの定理騒ぎ"などかれこれ2 年以上いじり回していた共著論文がやっと受理されたようだ。

2003年5月14日(水)
<<カリキュラム改訂>>
午後一番で工学部線形代数の講義。集合と写像の一般的な話をして、置換の定 義に繋げていったため、本日2ページ余りしか進まず。その後、部屋で1回生 情報処理のレポートの整理をして、夕方から臨時教室会議と引続きカリキュラ ム改訂会議を延々と。

過去色々な所でカリキュラム改訂に立ち会ったし、他大学の話などもちら ほら耳にするが、カリキュラム改訂に燃えるのは教師の習性のようである。し かし燃えるに任せてやってると、改訂の度に新しい科目が増えて「こんな沢山 の科目、一体誰が担当するのよ」ってな事になる。 実現可能性もちゃんと考えないといけないのである。 しかし、一般的に言って科目を増やすのは簡単だが減らすのは大変ある。

また、教師が本当に教えられるのは教師自身が楽しんで教えられ る事だけだから、担当教員があまり元気の出ない科目ばかりが並ん でいるようでは、やはり実現可能性に問題ありと言わざるを得なくなる。その 一方で、プロとして私情を挟まずに一定レベルの講義ができなくてはならない という職業義務も考慮しないといけない。

かようにカリキュラム改訂というのは一筋縄では行かないものだし、数理 科学科での立場が微妙な私などは、いったい自分の担当科目がどう変わって行 くのだろうか等々真面目に考えると眠れなくなる問題も沢山ある。

あまり深く考えないようにして、適当に頭を切替えてやってかないと数学 が出来なくなるな。

2003年5月13日(火)
<<馬看>>
午後一番で2回生離散数学、ひきつづき1回生情報処理の講義。離散数学の講 義に姿を見せているゲーテの上級クラスに通っている経営学部のT先生とおぼ しき人は、やはりT先生であった。彼もまた全力疾走の一貫として、立命館随 一の超スロー・ペースを誇る離散数学の講義に参加しているらしい。

2つの講義を終えた帰りに事務室に立ち寄ったところ、またもF木さんが大 笑い。どうも、バケツを持った丸刈り頭のオジサンというのは可笑しくてしょ うがないらしい。箸が転がっても面白くってしょうがない年頃なのであろう。 ゴールデン・ウイークのあの豪快な休みっぷりといい、若いのう。しょうがな いので、ドイツ流三種の神器の由来を懇切丁寧に説明しておいた。

今日のPC環境改善お下品プロジェクトはAcrobat Readerのダウンロードと インストール、および動作確認。講義の前に昼食を食べながら15分程で終了。

お下品プロジェクトの前後に数学研究会の会長と副会長がどやどやと押し かけてきて、15日の数学コロキウムの簡単な打合せ。このコロキウムは、通 常の張り紙掲示のみならず、キャンパスのメインストリートになっている通称 "いらっしゃい噴水池" --- まとまった来客などがある時にだけ噴水が吹き上 がることから、このような命名がされている --- のところに馬看(うまかん) まで出して宣伝するという力の入れようだ。でも、講演の内容が内容だけに、 客が集まるとは思えないけどね。

2003年5月12日(月)
<<読書の習慣>>
終日ゼミの日。午前中は自家養成サクラI君の院ゼミ。とろーりとろりと多項 式写像と座標環のk代数準同型の対応。昼食を摂りながらちょっとだけコホモ ロジー。

午後は卒研ゼミ。ネーター環上の形式的巾級数環がネーター環である事の 証明。これはヒルベルトの基底定理と同様の方法で証明できるのだが、学生時 代一度読んだ切り。久しぶりに勉強になった。あとはネーター環の準素イデア ル分解定理がほぼ終了。次回は正規環。

そういえば、学生時代、いきなり数学科の講義を聞いて理解するというこ とは、そもそも不可能だったと思う。まず自分でじっくりと本を読んで、場合 によっては講義に付属している演習の授業に参加して暗中模索し、だいたい分 かりかけてきたところで最後に講義を聞くとやっとわかる、という感じだった。 ということは、2回生終了時点で、3回生の講義科目に相当するものの全てと は言わないまでも、かなりの部分の自習を終えていないといけないのである。

私の学生達を見てみると、全くこれの逆をやっている。まず講義を聞いて さっぱりわからない。演習に出てみても益々わからない。最後に自分で本を読 んでみて、ああそういうことだったのかと、やっと理解する。勿論最後の段階 にたどりつく前に倒れることはおおいに有り得る。数学の学生達は高校時代オ リコーさんだった人が多いから、授業にきちんと出席して授業中心に勉強する 習慣がついているのだろう。それはそれで良いのだけど、数学者を目指す場合 は大学の講義のペースとは独立に、自分の読書(勿論数学書である)を進める習 慣を身につけていなければならない。こういう習慣を持っている学生はごく少 数である(こういう習慣しか持ち合わせていない危うい学生もたまには居て、 それはそれで問題なのだが)。うちの数学教室の優等生達が国 立大学大学院に進学して面食らうのは、まさにこの事だと思う。

2003年5月11日(日)
<<コホモロジーのある生活>>
雨である。朝はゆっくり起きて、野暮用、スポーツ・クラブ、独作文。 そうこうしているうちに、読もうと思ってた Brodmann & Sharp "Local Cohomology" (Cambridge Univ. Press) も読まずじまい。

私はコホモロジ-が大好きである。昔、計算機科学にコホモロジ-を持ち込 もうと数年間頑張ったことがあったのだが、「加群なんてムズカシイ概念を使 うなんてけしからん!」などと言ってヒステリックに抵抗する連中が沢山居て ほとほと閉口したものである。加群なしでどうやってコホモロジ-を語れっちゅ うんじゃ!?日頃トポス(圏論的数理論理学の理論)だのフォーシング(集合 論の超絶技巧のひとつ)だのと騒いでる癖に、加群が”ムズカシイ”というの は、逆立ちして一輪車漕いで綱渡りができるくせに、三輪車の運転は難しくで 出来ないと言ってるようなもので、全くわけがわからない。そこで、「こうい う、冗談を素(す)で生きているような人達がうようよしている世界には用は無い!」と、 コホモロジ-のある生活をするために計算機屋をやめてしまったのである。

そこで、「コホモロジ-のうた」というのを作ってみた。各自好きな 節をつけて歌われたし。

♪使って便利気持ちよしー、だけど不思議に満ち溢れてえーいるうーう♪♪
♪なんでそうなの?なんでなの?♪♪
♪なんでそうなの?なんでなの?♪♪

数学のあちこちで、それぞれ全く異なる方法でコホモロジ-が構成 され、それぞれ異なる意味合いと異なる目的で使われている。でも、みんな コホモロジ-であることは同じ。さらに、それら全く異なる方法で作られた コホモロジ-が何故かぴったり一致してしまうこともある。その事実の証明 を読んでも「そりゃあ、理屈はそうかも知れないけどさ。何か騙されたよう な気がしてしっくりこないなー」というのが正直なところ。

異なるのに同じ、同じなのに異なる。一にして多、多にして一。おお、こ れは梵我一如ではないか。これを不思議と言わずにおりゃりょうか。コホモロ ジ-を毎日のように使うようになった今でも、コホモロジ-の不思議は一向に解 消しない。しかし、不思議を抱いたままでも実用上とくに不便は無い。コホモ ロジ-は便利に使うものであって、不思議がるものではないのかも知れないな。

明日こそは、コホモロジーのある生活を送るぞ。

2003年5月10日(土)
<<スター不在>>
久々のゲーテの日。何故か今日は調子がいま一つ。良かった事といえば、 私のお気に入りの松下巨漢社員が何週間ぶりかに現れた事。

それ以外の出席者は、 清少納言、硝子職人、輝くフリータ、ドイツ秘書、ロートレック嬢、塾屋、 数学者になりたかった技術者、謎のニコニコ主婦、謎の音大主婦、殴り込み通訳 の合計12名。ずいぶん減ったものだ。こういう状態を見越して大量に受講生 を受け入れていたとすれば、経験的に割り出した「歩留まり率」を元に定員の 数倍の合格者を出す私立大学の入試みたいな事をやっているわけだ。

印哲、ドラえもん、お美人、ハンサム、哲学女史、ベルリン主婦といった 「スター」達は軒並み休んでいた。哲学女史その2は1回出席しただけで 全然出て来ない。やめてしまったのだろうか。

夜は昨日コピーしてきた論文を眺めたりしてすごす。 

2003年5月9日(金)
<<愚かな思い上がり>>
午前中は山科駅前SBUXにて。午後は出勤。2日続けて下品な事に手を染めると 頭が益々悪くなりそうで恐いので、今日はPC環境改善プロジェクトは休み。 MathSciNetで論文を検索して図書館でいくつかコピーを取る。残念ながら一番 読みたい論文が図書館に無く(こういう事はよくある)、窓口で学外複写の手続 きをした。

最近、可換環論の大御所G大先生のグループのHPが出来たようだ。ちょっと 覗いてみたのだが、一言で言って熱い!異様に熱い!!これは実に感動も のである。特に、数学研究者の世界について「数学ができなけばやはり困りま すが、数学が出来れば全て許されるというのは、我が国特有の愚かな思い上が りである」と言い切っている所では、思わずPCの画面に向かって「そうだ!そ うだ!!」と独りわめき散らしてしまった。

2003年5月8日(木)
<<紆余曲折>>
本日午前中は山科駅前SBUXで過ごし、午後から出勤してPC環境改善プロジェク ト。今日はネットからWindows用のgzipとMacaulay2とプリンター用のデバイス・ ドライバーをダウンロードしてインストールした。と、一言で言えば簡単だけ ど、色々紆余曲折があって終了したのは夕方頃。

かくしてMacaulay2で例の計算をしたり、MathSciNetの検査結果をその場で プリンターから打ち出すという事がで出来るようになった。多少もたもたした けれど、そろそろこういう作業にも慣れてきたな。しかし、無節操なバーショ ン・アップを繰り返して、マニア以外のユーザにOSとアプリケーションのバー ションのずれを常態化させているFreeBSDだったら、もっと大変だろうと思う。 その意味で「いい加減FreeBSDとは手を切る」という方針はやはり正しいと思 う。

作業終了後、気分転換にK川先生の所に立ち寄ったところ、思わず長話しし てしまう。

それにしても、学内ネットワークの障害何とかならないのかしら。ftpが全 然継らないので日誌の更新ができない。技術スタッフが原因等を鋭意調査中ら しいけど、解決するのは何時になることやら。

2003年5月7日(水)
<<犬猿の仲>>
本日午後一番で工学部の線形代数の講義。正則行列、逆行列の掃き出し法によ る計算を終え、行列式に突入。その後、夕方の院試面接と会議の時間まで MathSciNetで色々論文を検索。会議は夜8時までおよび、疲れ果てる。私はこの 日誌で数学科を天国のように書き立てているけれど、天国を守り続けるのもな かなか大変で、色々頭の痛い問題が会議で議論されるのである。

ところで、「数学者のA氏と数学者B氏は犬猿の仲である」というタイプの 噂話がこの業界ではちょくちょく聞かれる。ある学会で衆人環視の中で大喧嘩 したという伝説が広まってたりして、そういう下世話な話題が大好きな私とし ては、思わず身を乗り出して何時どの学会でどういう風な大喧嘩をしたのかな どと聞いてみるのだが、皆一様に「よく知らない」と口をつぐんでしまう。本 当に知らないのかどうかわからないけど、面白い現象である。

いくつかの噂を比べてみると、概して「犬猿の仲のA氏とB氏」は自 他ともに偉いと認める数学者であることが多い。また、偉さの格があまりに 違い過ぎると「犬猿の仲」は成立しないものと考えられる。 だから、あまり偉くないと思ってた数学者A氏と物凄く偉いと思ってた数学者B 氏が「犬猿の仲だというのは有名は話ですよ」なんて噂話を聞くと、 へえー、じゃあ数学者A氏は私が思ってた以上に偉いのかも知れない という気がしてくる。 少なくとも、"数学者A氏は、B氏と犬猿の仲になれるぐらいに自分の事を偉いと 思っている"事は確かだと思われる。 自分と専門が同じでもない限り、偉いか偉くないかの判断はかように いい加減なものである。

噂の詳細について人々が口をつぐむ以上、犬猿の仲に至った理由はさっぱ りわからない。しかし私の推察では、一方の研究業績に対して他方が ケチをつけたため喧嘩になったというのが大半であろうと思う。何せ数学とは 「生命の燃焼」なので、それに冷や水をあびせられたら燃やした命が浮かばれ ないのである。従って自分の存在を賭けた大喧嘩に発展するのであろう。 順調にやってきた数学者ほど当然ながらプライドが高いから、これはおおいに 有り得ることだと思う。

(例えば私のような)全然偉くない数学者の場合、(恐らく学生時代から)自 分の能力にケチをつけられるのに慣れっこになってるので、こういう事は起こ りにくいかも知れない。せいぜい、口さがの無い偉い数学者にケチをつけられ て悔しさにうち震えながらもぐっと堪えて、しばらくしたら忘れてしまう。あ るいは、悔しさを忘れ切れず夜中に藁人形に釘でも打ってという事になるのか もしれない。いずれにせよ、こういうのは犬猿の仲とは言わない。それに、 偉くない数学者同士が犬猿の仲になったとしても、噂話として面白味が無いの で広まらない。そのせいか、偉くない数学者の犬猿の仲の噂話は 聞いたことがない。

2003年5月6日(火)
<<カツ・カレー>>
連休開け講義2連チャンの日。

昼食時、生協レストランでカツ・カレーを食べていたら、向こうの方の席で 経営学部のT先生もカツ・カレーを食べていた。ふーん、彼はゲーテでも 私より3つぐらい上級クラスにいるけど、元気にやっているのかな。

ところで、カツ・カレーを食べるのは久しぶりである。オジサンになって 基礎代謝量が減った(要するに燃費が良くなった)ので、昼は鰊蕎麦とか それと似たような軽いものばかり食べているのだが、何だか今日は高カロリー で脂ギトギトなものが食べたくなったのだ。

昼食後、2回生離散数学の講義。あれ!?あそこでノート取ってるの はカツ・カレーのT先生じゃないかしら。統計の先生らしいけど、 私の講義なんか聞いてもしょうがないのに、時々そういう閑人の先生っているんだよなあ。 全力疾走する数学者O坂先生も、昔私の離散数学の講義を 聞きに来てて、 「こんなチンタラチンタラした講義聞いて人生を浪費している暇があれば、 全力疾走してたらどうなんですか」 てな事を申し上げたのだが、これもまた彼にしてみれば全力疾走の一貫らしく、 まことに恐縮の至りである。でも、T先生は学生みたいな 顔をしているから、学生の空似かしら。うっぷ、カツ・カレーのゲップがする。

ひきつづき1回生情報処理の講義。 去年の1回生は眠り魔が多くて、目は開いているけど眠っている学生と本当に 眠っている学生で合計7割近くを占めていた。寝てるのは静かで 良いけれど、どいつもこいつも眠っているとなると流石に頭に来て、 「起きろ!馬鹿者どもめが!」とドイツ流三種の神器である黒板消し バケツの水でもぶっかけてやりたくなったものである。 ただし、情報処理の授業は「下品過ぎて三種の神器が穢れる」という理由で、 普通の黒板消しを使っているのだが。

それに対して、今年の1回生は眠り魔と喋り魔がそれぞれ3割ぐらいずつ 居る。眠り魔は時々ノートを取ってはストンと眠りこけ、またしばらくしてむ くっと起きてすこしノートを取って、またストンと眠っている。これは眠り魔 としては普通のタイプで、去年の1回生の中には、一番前の席を陣取って、そ れまでは元気に騒いでいて講義が始まった途端にノートも教科書も仕舞い込ん で「さてとっ」という感じで眠り始めるのが居た。流石に頭に来て「眠るのが 目的なら二度と俺の講義に姿を現すな!」と追い出してやった。これは変種の 眠り魔。

いっぽう、喋り魔は元気の良い証拠なのでおおいに結構!と言いたいとこ ろだが、講義の邪魔になるから閉口する。これがこちらもいい気分で話してい る数学の講義ならば断固として許さないのだが、どうせ取りとめも無い情報処 理の授業である。気楽にお喋りでもしながら聞き流してくださいって調子でやっ ていた。しかし、前回社会人受講生が「静かに講義を聞きたい!」と強く申し 入れてきたので、今回から数学の講義と同様に「五月蝿い学生は則レッドカー ド」の原則を適用することにした。

それで、この原則導入の意味がすぐに理解できない呑気学生どもにがんが んレッドカードを飛ばした結果、教室は凍り付くような静寂に見舞われてしまっ た。エディターがどうの、ディレクトリーがどうの、UNIXのコマンドはこう使っ てetc. ああ、こんなつまらない講義、静かに聞くもんじゃないんだけどなあ。

それにしても、学生にレッドカードをがんがん飛ばすのは、結構疲れるも のである。レッドカードはあくまで抑止力たるべきで、それを実際に使用する のは極力避けたいものだ。カツ・カレーでしっかり鋭気を養ってから臨んだ講 義といえども、やはりくたびれたなあ、などと思いながら部屋に帰り一息入れ る。

すると突然怪しい学生K君が現れ、思わずひっくり返る。そして1時間あま り怪しい質問と怪しい世間話を行い、怪しい別れの言葉を残して彼は去って行っ た。彼も色々大変らしいけど、持ち前の超楽天家気質 と決してめげないず太さでもって、どんな時も自分に対する希 望を捨てることなく、元気でやっているようである。

2003年5月5日(月)
<<閑人たち>>
夏だ!猫だ!太陽だ!一体何で毎日こんなに暑いのだろう。悪太郎サングラス と麦藁帽子が手放せない。土曜日から髭剃ってないし丸坊主だし、外見上かなり異様 な感じがしないでもないけど。ま、いいか。

本日、大学の研究室に行く用事があったので、幸せを運ぶ大丸百貨店ラクト 山科店食料品売り場にて水と食料を調達し、午前中から出勤。昼過ぎに用事は 終わり、山科に戻ってそのままラクト山科スポーツ・クラブへ。GWだというの に何処へも行かず、こんな所で進まない自転車漕いだりベルトコンベア-の上で走った りしている閑人がこんなにも居るものかと驚く。スポーツ・クラブの後は、山 科駅前SBUXにて水分補給。GWだというのに何処へも行かず、こんな所で油売っ てる閑人がこんなに居るものかと驚く。見ると、さっきまでスポーツ・クラブ でうんうんとうなりながら錘を持ち上げていた、私よりも少し若そうなオッサ ン二人組も来ていた。

それやこれやの合間は、ドイツ語を少し、Bruns and Herzog "Cohen-Macaulay rings"を少し。

2003年5月4日(日)
<<退屈しのぎ>>
今日も山科にて野暮用とドイツ語と数学の心静かな一日。夜はラクト山科の山 科書店で衝動買いした「哲学者かく笑えり」(土屋賢ニ)の一気読みに費す。

ところで、小学生の頃は夏休みの後半は退屈でしょうがなかった。 虫取りは嫌いだし(例えば、当時の男子小学生には、 モンシロチョウが飛んでいると発作のように学帽を捕虫網の代わりにして追いかけ回すという、 意味不明の行動が広く確認されたが、私にはそのような習性は無かった)、 プールだ海だと言っても泳げないし(その後、中学生になってから旧藤堂藩に伝わる 古式泳法「観海流」というのをマスターしたが)、 本は読まないし(教科書と学習参考書と読書感想文の課題図書以外の本を 年3冊以上読むようになったのは、「仕事から帰った夜や休日に何もする事 がなくなった」会社員になってからである)、 性格がゆがんでるので一緒に遊んでくれる友達は居ないし(友人を作る能力 を獲得始めたのは高校3年生の後半以降である)、 暑くて外に出る気がしないし(暑い夏が好きになったのは40代になって血の気が 引いてからである)、 宿題は大嫌いな工作と読書感想文を除いて7月中に片付いているので、 8月30、31日に大慌てするスリルも味わえないし(この習性は基本的に変わって いない)、 とにかく「することが何も無い」状態に陥るのである。

「退屈や!何か面白い事無いんか?退屈や!」と親に訴えても、親は「タ イクツか。そうか。鯛が靴はいて、やーれどんどん!」てな調子の訳の分から ない事を言っててんで取り合ってくれないし。まあ、退屈はすこぶる個人的な 問題だから、親に訴えてもしょうがないのだけど。だから、新学期が始まるの が大いに楽しみであった。学校というのは凡庸な精神の持ち主の ために設計された環境であるため、特別な才能に恵まれた子供 でもない限り、とにかく退屈だけはしなくて済むようにできている。

今なら人類史上最強の人生浪費マシーンであるパソコンがあるけれど、当 時としては退屈しのぎの決定版は勉強ぐらいしか無かったと思う。(友人作り を含めて)遊びの才能に恵まれない子供、あるいは、遊びの極みを尽くす中で、ふと 「遊び呆けるのも飽きたな」と虚しさを感じてしまった子供達は、勉強こ そが当時最高の退屈しのぎ装置である事を遅かれ早かれ発見したのである。私がその事に 気付いたのは小学校の5年生ぐらいになってから。その後、同じ勉強でも 数学が一番暇潰しに効果的と分かった。お陰で現在私は、たった2つの具体例 で半年以上暇潰しをするなど、退屈知らずの生活を送っ ているというわけだ。

しかし、退屈する存在としての小学生の私というのも、ちょっと懐かしい な。何時だったか、電車の中で50代後半ぐらいのかなりショボくれた(私は 脂切ったオジサンよりショボくれたオジサンになりたいと思って日々奮闘努力 している)、 しかしとりあえずの健康を維持していると見うけられる労働者風のオジサンが、 同僚とおぼしき人と「わし、一人者やし。仕事終わって家に帰ってもすること 無いし、酒でも飲んでないと退屈でしゃーない」と淡々と語ってたのが妙に頭 に残っている。そういう感じで、唯生きているだけの何者でもない私と向き合っ て退屈のあまり酒に手を出す、という暮らしもちょっと良いかなと思う。ただ し、2ヶ月以上はやりたくないけどね。  

2003年5月3日(土)
<<ザワザワ>>
暑い、まるで初夏のようだ。

一昨日および昨日と、複数のOSのインストールを都合数回試みる という、悪魔に魂を売り飛ばしたS藤先生も顔負けの超下品生活を送った。 流石にそういう事は私の体質に合わないらしく、昨夜はひどく寝付きが 悪かった上に、今朝も何となく気分がザワザワしていた。 下品プロジェクトはもう少し続くのだけど、こんな事で大丈夫だろうか。

気分転換にはゲーテ!と言いたいところだが、本日ゲーテは休み。 山科で心静かに野暮用とドイツ語と数学の一日を過ごすことにする。 ちょうど後期に大学院の講義をすることになっているので、一寸早いけれど この機会を利用してHilbert関数と極小自由分解のところをまとめ始めたり、 山科駅前SBUXにてBruns and Herzogを読んだり、ドイツ語の宿題や予習 に励んだりの一日。

2003年5月2日(金)
<<巨大感謝の日>>
午前中は山科駅前SBUXにてBruns and Herzog "Cohen-Macaulay rings"を読んで 心を清め、午後からの作業に備える。午後は大学にて、PC環境改善運動を 再開。

まず、バグだらけのWindows98 Second EditionをWindows XPにアップグレー ドすることを試みる。学生の部屋に転がっていたXPのパッケージの説明書を読 んでから、念のためPCのベンダーのHPを参照して、私が持っている機種のOSアッ プグレード情報を見る。と、がびーん!Windows ME か Windows2000 の事しか 書いてない。これではうまくインストールできないかも知れない。では Windows2000にしようかと思ったが、パッケージの空箱だけしか見付からない。 WindowsMEは見付からず。

生協に買いに行こうにも、技術的な事がもうひとつはっきりしない。 間違ったソフトを買って動かないんじゃつまらない。それに、物品購入 伝票を保管している事務のFさんはGWで10連休を取っているので、 買いたくても買えない状態である。

よし、こうなったら次はVine Linuxだ!と思い立ち、学生の部屋からマニュア ルだのCD-ROMだのを持ち出してインストールを敢行。しかし4、5回同じ事を 試してもどうもうまくいかず、パーティションの設定の所でインストール が失敗してしまう。Linuxもだめか...

どうしたものかと思案に暮れていると、背中に天使の羽をつけた 座敷童S太郎君が登場!Vine Linuxの状況を見てもらい、結局今回は あきらめるしか無さそうと判断される。そこで実はS太郎君が保管していた Windows2000を直接インストールしようということになる。昨日Windows98のイ ンストールを2回ぐらいやってみたこともあって、Windows2000のインストー ル自体は比較的スムーズに進んだが、Windows Updateで結構時間が取られ、数 時間の後にやっと作業が終了した。すばらしい!

Windows Updateなるもの存在は、FreeBSDの原始的で野蛮な世界しか知らな い私が知るよしもない。昨年度まで専属システム管理者をやっていたFreeBSD 派のS藤先生などは、「FreeBSDの再インストールが必要だ。その方法は(3ヵ 月毎の気まぐれバージョンアップをきちんとフォローしている閑人でも無い限 り)簡単ではない」と「ハードウエアのスペックが古い。新しいのを買え」の どちらかしか言わない人だから、コマンド一発でOSのバーションアップなんて 思いもよらなかったのだ。座敷童S太郎の助けがあればこそである。

あと、S藤先生から「市販のWindowsのパッケージを買ってきてインストー ルしようと思っても、デバイスドライバーを(全部)自分で探して来ないといけ ないので(FreeBSDよりも)大変である」という嘘を吹き込まれていたのだが、 その呪縛から開放されたのもS太郎君のお蔭である。

それと、AMSの論文データベースMathSciNetにアクセスできない問題で、長 い間誰に相談しても解決できずに悩んでいて、唯一の手がかりが「ドメインを 乗り換えれば解決できるだろう」という事であった。それがドメイン乗り換え プロジェクトを急ぐ動機の一つになっていたのだが、プロキシーをうまく設定 すれば簡単に解決してしまった!解決した瞬間は流石に「今までの苦労は何だっ たのだろう」と力が抜けてしまったが、これも座敷童S太郎君のお蔭である。

と、いうことで今日は思いっきり下品な日であると同時に、 巨大感謝の日であった。

2003年5月1日(木)
<<身を清める>>
午前中は山科駅前SBUXにてBruns and Herzog "Cohen-Macaulay rings" を読み、午後から大学へ。今日は研究室のPCの環境改善作業に取り組む。

古いFreeBSDがインストールされているノートPCのHDDを初期化して Windows98を新たにインストール。それから、PCカードとそのドライバーをイ ンストールしてネットワークに繋げて、さらにプリンタとプリンター・ドライ バーをインストールし、それが成功すれば、現在ぶら下がっているドメインか ら大学共通のドメインに移行し、そうすれば晴れて念願のMathSciNetがアクセ スできるようになるという目論見。

今日はWindows98とPCカードをインストールしネットワークに繋げる所まで やってみた。しかし、Windows98 Second Edition は噂通り滅茶苦茶なOSで、 何かする度に画面がぐちゃぐちゃになる事が判明。この環境でこれ以上の整備 をする気は失せてしまった。さて、この先どうしようか。Windows XP とか 2000 にしようか、それともVine Linuxにするか、Windows上のWMware + Linux にするか。 座敷童S太郎に相談しようにも、彼はすやすやと眠っていて、待てど暮らせど 起き上がる気配なし。

という事で、本日これにて閉店。ああ!何て下品な午後を過ごしてしまった ことでしょう!全身に下品な粘液がべっとりとへ ばりついてしまったような感じがして気持ちわるい。 帰ってドイツ語か数学の勉強でもして、身を清めないと。