7月1(土)
とうとう7月になっちまったよ。どうしてくれるんだ!?花の7月は前期試験 問題作成のための「休日出勤」で幕が明ける。

午前中より大学へ。情報学科4回生の「数理モデル論」、数理科学科2回 生の「離散数学」、情報学科2回生の「プログラム理論入門」、数理科学科3 回生「外書購読I」の試験問題を作ったところで力尽きて倒れる。ほとんど放 心状態で、ゆうべ採点した徳島大学での集中講義のレポートの郵送手続きをす る。あと数理科学科2回生の微積分学の問題を作らねばならないが、その前に 講義ノートを作るのが先決だ。

S先生が無事ロシアより帰る。何でも昨日〆切の仕事があるそうで、珍しく 土曜日に大学に出て来て何やらやっていた。ある種の人々は〆切が過ぎてから 仕事を始める習性があり、S先生はその典型である。昔同じ習性を持つ別の人 がいたが、彼は「〆切が過ぎなければ馬力が出ないんです」と言っていた。

まあ、小学生時代のクラスメイトも"夏休みの終わりにあわてて宿題をやる タイプ"と"7月に宿題を全部済ませ8月は心おきなく遊び呆けるタイプ"に分 かれていたものである。(他にも"断固として宿題をやらないツワモノタイプ" も少なからず居たが。) S先生は当然前者だったのであろう。私は後者のタイプで、今もそうで ある。情報学科時代は、なかなか卒論を書こうとしない学生に、ずいぶんやき もきさせられたものである。その意味で卒論の無い数学教室は、精神衛生上 大変よろしい。 大体自分の興味のある事だけボーっと考えていられる状態が理想なのであって、 「あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ」なんて気にしていなければなら ない状態は苦痛である。だから、面倒な事はさっさと片付けたいのだ。

7月2日(日)
とてつもなく忙しい日曜日である。ここんところ大学の仕事でも何だかんだと 忙しいが、家でも同様だ。あまりにやる事が多いので、一覧表にして冷蔵庫の 扉にマグネットで張りつけておき、一つ終わる毎にチェックするという方式で コマネズミよろしく休みなく働く。途中物凄い夕立でびしょ濡れになったり、 カンカン照りの夏空の下、スーパーの大袋を3つぐらい積みこんでキーコキー コと自転車をこいだり、ゴミの集積所と化した書斎の机の引き出しから、計算 機科学者時代の未発表の論文の草稿や研究ノートがザクザク出てきて腹が立っ て来たり。(私には計算機屋時代の事を思い出すと機嫌が悪くなる習性がある。)

夕食後ようやく落ち付き、録画しておいた「ショムニ」最終回を見る。うー む。ショムニ的ハチャメチャぶりが炸裂した、手に汗握るスーパーOL活劇の傑 作だと言えよう。本日数学は無し。

7月3日(月)
午前中より大学へ。1月末に買ったばかりの年差±10秒を誇る腕時計が、最 近突然30分ぐらい止まったり、時々「気を失っ」たりして週差−2秒になっ たりしため、昨日「どないしてくれるねん!?」と怒り狂って修理に出した。 そのため、しばらくの間、景品でもらったオモチャの目覚し時計を持ち歩いて過ご すこととなる。これはまた阿呆みたいな時計で、 大体の時間はわかるが、何分なのか全然わからない。

現在T大学教授のK.K君は会社員時代、ペルー旅行から帰ってきてからしば らくの間、時計を持たなくなった時期があった。最近のペルーは色々大変だが、 当時はまだ落ち着いた平和な国で、「高地で暮らしているインディオは誰も時 計を持ってない。ペルーに居たら時計に追われて生活するのが馬鹿らしくなる ぞ!俺はペルーに行って人生観が変わった。高山、お前も時計なんか持つのや めろ。」と言って、日本に帰ってきてからもしばらくペルー惚けしていたのだ。 電車が何本でも来る東京で、会社の研究所の平社員をやっている分には、時計 を持たなくても案外何とかなるものである。

本来は数学者もインディオよろしく悠久の時を生きており、時計なんぞは要らない はずである。しかし、一本電車を逃すと20分近く待ちぼうけを食らい、電車 を間違えると何処へ連れて行かれるかわかったものではない田舎で、15分ぐ らい講義が遅れたぐらいでブースカブースカ言う(?)真面目な学生さん相手に 大学の教員をしていると、時計が無いとすこぶる不便である。それに、どうも パンツをはかずに町を歩いているようで、何となく落ち着かない。

本日は微積分の講義ノート作りと試験問題作りで終る。どうやら2回生の 微積分の講 義は陰関数定理の証明までで終り、ラグランジュの未定係数法と逆写像定理は 後期のAr先生にバトンタッチすることになりそうだ。微積分のようなスタンダー ドな内容について、数学の学生がどれぐらい出来るのかよくわからない。一応 「それほど難しくなく、かといってそれほどツマラナクもない問題」を作った つもりであるが、どうなることやら心配である。

夕方、外書購読受講生の3回生M君(A君ではない!)からメイル。以前代数 学の洋書テキストを紹介した返事であった。まあ、しっかり勉強して立派な 人になっておくれ。

7月4日(火)
午前中から大学へ。昨晩、オモチャの目覚し時計よりコンパクトで時間が見や すい旅行用携帯型目覚し時計を発見し、今日からそれを使うことにする。昨日 作った微積分の試験問題をチェックして切り貼りし、事務室へ届ける。

試験問題の作成と採点は確かに面倒な仕事ではるが、同時に楽しみでもあ る。大体学生諸君の理解度を予想して、最優秀の学生でも簡単に解けそうで解 けず、中以下の学生でもどうにかこうにか手が付けられ、しかしながら最底辺 の学生には全く手も足も出ないという線を狙って知恵を絞るのである。で、そ の予想が当たったり外れたりするスリルとサスペンスを楽しむのである。

教員の中には、自分の理想とするレベルを死守した問題を出し、学生が全 滅する様を見て嘆き、怒り、ストレスをため込んでいる人もいるようである。 学生諸君に目指すべきレベルを厳然と示す事は立派な教育態度であろう。かつ ては私もそういう風に試験をやっていたが、一度100点満点で平均点が10 点前後という結果になってしまった。300名近い受験生のうち、40点以上 が20名程度、80点以上が数名。0点が100数十名、他は全て1点〜20 点といった惨状であった。こうなるとストレス云々を飛び越えて、単にひと握 りの飛びきり優秀な学生だけを判別する試験になってしまう。まるで勉強して ない学生と、そこそこ勉強してきた学生がともに0点なんて事になってしまう し、5点と15点の差なんて誤差以上の意味を持たない。これはさすがにまず かろうし、やってる私としてもつまんない。で、理想を追うよりも、現実を楽 しむという「安易な」方向に流れたのである。でも、今の方法は自分の理想 通り問題を作るよりも結構大変で、それほど「安易」でもない。手の込んだ 仕掛けを作った方が、結果が楽しみというわけ。

最近研究から離れていたので、どうも調子が悪い。ゆうべは一所懸命何か 研究している夢を見た。ある問題を考えて、関連する論文のうろ覚えの結果と 自分の予想を見比べてうんうんうなっている。ある専門書を見ると「このテー マについては、過去120年間のあいだ数多くの数学者がさまざまな問題や予 想を提起し取り組んできた。しかし、これまで得られた結果は極めて少ない。」 などと書いてある。そうか、このテーマは結構難しいのだ。そういえば前に関 連テーマで論文を書いた時、そういう感触を持ったような気がする。いや、待 てよ。私の知っている何人かの数学者達は、次々と結構良い結果を沢山出して いるではないか。「これまで得られた結果は極めて少ない」なんて嘘じゃない か?よし、もうちょっと頑張ってみよう。などと考えているうちに目が覚めた。 昼間は何だかんだと色々な仕事に追われていても、寝ている間に研究がで きるんだったら、こんな効率的でウマイ話はない。

しかし今日は久しぶりにサーベイと瞑想を復活し、夕方から殺人会議改め 「1時間15分の正しい会議」に突入。その後もサーベイと瞑想を継続。

7月5日(水)
昨日の帰り際に情報学科の就職担当の教員から、今春卒業した元卒研生に ついての問合せ電話が入る。「さーあ。そんな学生居ましたっけ?」「担当教 員がそう言うんじゃあ、よほど印象の薄い学生だったんですね。」「(...その 学生の印象が薄かったんじゃなくて、情報学科全体が今や忘却の彼方に消え失 せ、記憶の深海に沈んでチョウチン鮟の餌になっているのです。去年の卒研生 なんて、数学勉強してたY君以外は誰も覚えてません。でも、私だって若年性 痴呆症ではないですから)卒論を見直せばわかると思いますので、追って連 絡します。」想いは深く、言葉は短く。

ゆうべの夢の中の私は、Kaz先生に新しいダンスのステップを習ったり、エア ロビクスを習いに近畿大学の体育の授業にもぐり込もうとして、迷子になった り、それやこれやで数学そっちのけで大忙しであった。睡眠学習法ならぬ睡眠 研究法への期待は一日で消え失せ、やはり起きている間に研究時間を確保しなければいけな いのだと悟る。ところでKaz先生がダンスの達人なのか、あるいは、近畿大学 でエアロビクスの体育の授業があるのか、私は知らない。

昼前に大学へ。本日午後は外書購読、教室会議で潰れる。H先生の「英国だ より6月号」は待てどくらせど掲載されず。便りの無いのは良い便り。さては 世紀の大発見をして、その興奮のあまりにD大先生よろしくおめき騒ぎ、"英国だ よりなんてチンタラ書いておれまへんがな!"状態なのかも。

教室会議、その続きで小規模の作業会議のような事を数10分。何だかん だと部屋に戻ったのは18時30分頃となる。その後少しサーベイをする。 本格的な研究再開は週末にずれ込むことであろう。

7月6日(木)
午前中より大学へ。今朝の朝日新聞滋賀版で報道されていたそうだが(私のと ころは京都版なので出てなかった)、昨夕の飛び降り自殺(?) or 転落事故(?) で亡くなった20才前後の男性の身元はまだわかってない(?)そうだ。色々な情報 がちらほら飛び交っているが、正確な事は少なくとも私にはわからない。とり あえず知っている学生に会うたびに「君じゃなかったのか」と安心している状 態。

本日午後一番より2回生微積分の講義。最終講義が迫ってきたので、少し ペースアップする。来週はもっとペースアップするかも。試験情報を探りに今 日初めて講義に出て来たような学生がうろうろしていて、いつもよりも受講生 が多い。前回の懲りないおしゃべり娘は見当たらず。眠り姫が復活していたよ うだが、髪型が変わっていたようなので、本人とは確認できず。質問君は果敢 に食い下がる。私は質問君がウエストウイングの玄関前でダンスの振付けの練 習をしているのをたびたび目撃している。今日も目撃した。以来、ダンス と数学の関係について答の出ない考察を続けているのだが、それが原因で先日 Kaz先生に振付けを教わる夢を見たのだと思う。眠り天才君大アクビ。こら! 気の抜けるようなアクビすな!とりあえず、今日講義に出ていた人は飛び降り 自殺(?)の当事者では無かったわけだ。

数学の学生は概して真面目である。昨日の帰り、情報学科教員の中で唯一私とま ともな会話が成立するF先生と一緒になり、その事について話していた。情報 学科の学生は、試験勉強はせいぜい2日前から、夏休みはしっかり遊び、講義 の合間はレポートのマル写し作業に精を出す、いうのが標準的な姿である。し かし、数学の学生は試験の2週間ぐらい前から臨戦体制にはいっているし、夏 休みにまとまった勉強をしようと計画している人も多いようだ。講義の合間に 図書館で勉強する習慣を持っている学生も少なくない。企業の人事部の中には、 中身をほとんど見ないで、大学名と学科名、そして受け応えがしっかりしてい るかどうかという「人物評価」だけで学生を採用しているような所も案外多い ようだ。数学の学生は、そういう所では就職活動で多少不利になる事はあろう が、実際の仕事の現場や、本人の中身をしっかり見て採用する企業では、高く 評価されているに違いないと思う。

夕方より情報4回生暗号理論の講義。その後メディアセンターで論文を 2つコピーし、生協でお握りを一個買い、それを食べながら部屋に戻る。

本日、講義の合間に1975年の有名な論文を読み直し、ほんの少し研究 した気分に浸る。

7月7日(金)
七夕である。今日は年に一度、数学の女神と情報の悪魔が天の河で出会い、血 みどろのバトルを繰りひろげるめでたい日である。

七夕とは関係無く早朝から大学へ。朝一番で情報2回生の初等組合せ論の 講義。あと1回で終りだが、情報学科の講義とは思えないぐらい静かだ。今日 は、試験情報収集のためやってきた、この講座の流儀を知らないイチゲンさん が、たまにボソボソ私語をしていた程度。去年と同じ事を話して、去年と同じ 情報の学生なのに、何でこんなに静かなのだろう?

午後は2回生の中等組合せ論の講義。眠り天才君は、私が講義中常に監視 していて、既に実名まで把握している事を知らないらしく、天真爛漫に寝たり 起きたりしている。いちど講義の真最中に突然「○○××(彼のフルネーム)君! 気の抜けるようなあくびはやめてくれたまえ!」と注意して驚かせてやろうと 思い、今日は彼の名前を暗記して講義に臨んだのだが、やっこさん尻尾を出さ ず。まだ来週の講義(微積分と中等組合せ論)がある。こんな面白い作戦、私は あきらめないぞ。

夕方は情報学科5回生M君と消去理論のゼミ。消去理論というのは、正則写 像や有理写像の像を含む代数的集合を具体的に求める話だった事を知る。うー ん、いい勉強になりましたねえ。

講義の合間に昨日の論文の続きを読了。そろそろ代数幾何学モードに戻ら ねばならない!

7月8・9日(土・日)
若干の睡眠不足で週末は疲れていたので、土日の朝はゆっくり起きる。土曜は 昼頃大学へ。英国留学中のH先生よりメイルあり。彼のHPの英国だより6月号 の掲載が遅れている理由として、「数学上の発見の喜びのあまりそれどころで はない」のだろうと推測していたが、メイルの文面からして、当たらずしも遠 からずといったところのようだ。その後サーベイと瞑想を再開。

日曜は例によって、家の仕事を片付けたり、買物に出たり。修理に出して いた時計が戻ってくる。またほとんど絶版ではないかと思われていた石井志保 子「特異点入門」(シュプリンガーフェアラーク東京)を入手。この本はシリー ズ本の一貫で、まだシリーズが完結していないのにもかかわらず、絶版騒ぎで ある。最近は、これは!と思った本はすぐに買わないと、たちまち入手が困難 になってしまう。

日曜夜にメイルをチェックすると、世界戦略の秘密兵器第1号として滋賀 県内某高校の数学教師をしているTK君から、前線報告が届いていた。縁無き衆 生の海の中に、ひとりの菩薩の姿を見出し、合掌礼拝しつつ現在弟子として数 学の特訓中だとか。経験的に見て、本学情報学科のような類稀なる数学の極北 の地でも約0.5%の確率で菩薩は存在する。ひとりでも多くの数学愛好者を 見出し、地道に育てていく事が、我々の長い闘いには必要な事でありましょう。 数学教室の学生諸君の中の何人かも、数学教員としてこういった縁無き衆生た ちの海に飛び込んで行くのだろうけど、覚悟はできているのであろうか。

こちらはドイツ留学が2ヵ月後に迫り、「カチカチ山の狸さん」モードに なってきているので、前期試験だのその採点だのにうつつを抜かしていてはい けない状態なのである。すなわち、サーベイと瞑想に精進し、現地でのあらゆ る数学的議論に即応できる体制の確立が急務なのである。それ以上に、三国一 の面倒臭がり屋(ここはS先生と同じである!)にして、身の程知らずにも几帳 面をシミュレートしたがる性向を持つ(ここがS先生とは大違いである!)私と しては、「抜かり無く出発の準備をしなくっちゃ!」と意味も無く右往左往し たがるため(その割には何もやってない)、「カチカチ山の狸さん」度は益々高 まる。

しかしながら、この前期試験によって、眠り天才君が「眠る天才」なのか、 はてまたタダの「眠りの天才」なのかがある程度判定できるかと思うと、試験 とその採点はおおいに楽しみである。勿論判定結果は企業秘密である。それを胸に 秘めてドイツに旅立つ予定である。

7月10日(月)
昼前に大学へ。本日サーベイと瞑想。途中留学先の先生に、現地でのアパート はもう確保されたかどうかメイルで確認。数時間後に返事が届き「既に確保さ れている」とのこと。バス、トイレ、キッチン付きの3部屋で一月1000マ ルク。大変よろしい!「必要なものは全て揃っているので、何も持って来なく てよろしい」というが、テレビや電話はあるのかしら。(まさか、数学者にテ レビなんぞ要らん、なんて思ってんじゃないだろうな。) まあ、行ってからが 楽しみだ。クソ遅いYahoo Deutcshlandでアパートの大体の場所を確認しよう と色々試みたけど、Yahoo mapなる便利なモノはYahoo Deutchlandでは存在し ない事を知る。

その後、S先生の実験室のプリンターが壊れているので、RAINBOWの学生実 験室にいくつかのファイルをプリントアウトしに行く。大抵のプリンターが何 らかの障害でまともに動作しない事を知る。学生諸君もよくこんな環境でやっ てますなあ。RAINBOWスタッフに助けてもらって、1時間ぐらいかかってよう やく印刷終了。やれやれ。

S先生は数理科学科の重要任務で忙しそうである。「能力のある人間に仕事 が集まる」というが、彼はいつも忙しい。私はどうでも良い事で、気分だけは 忙しい。何だ間だと、あまりサーベイが進まぬうちに夜になる。