6月21(水)
どこで目をつけられたのか知らないが、某出版者から計算機科学の学生のため の「離散数学」の教科書の執筆依頼のメイルが届いた。で、丁重にお断りした。 色々理由はあるのだけど、第一にドイツ留学でバタバタしている時だから、タ イミングがちと悪過ぎて、原稿の期限を守れずに出版社側に迷惑を掛けてしま いそうだからである。第二に、粋数学至上主義者の私が「コンピュータサイエ ンスのための」離散数学の教科書を書いても、絶対に「純粋数学のための」離 散数学の教科書になってしまうからである。香川大の非常勤を紹介してくれる のなら、考えないでもない(嘘です!)。

午後の外書購読はつつがなく終る。夕方の教室会議で、愛知県の高校に学 生募集の営業に回る役をおおせつかる。94年に情報学科ができる前の年にも、 京都市内と宇治市内の高校を営業して回ったことがあるから、7年振りの営業 活動である。讃岐うどんの欲求不満をきしめんで解消するとするか。広島あた りだと、泊り込みでお好み焼き食べまくり豪遊ツアーにしてしまうんだけどな あ。

夕方、明日のコロキウムで話す事を考える。30ページのレジュメを説明 するつもりはないし、不可能である。だから、講演内容は別途考えないと いけない。(だったら、何のためのレジュメなんだろう?) 研究は進まず。

6月22(木)
午前中より大学へ。本日午後一番で2回生微積分。眠り天才君は起きたり眠っ たり。講義の前後は元気一杯で、講義が始まるとガーッと眠るところが特徴で ある。眠り姫は見当たらず。3回生A君の突っ込み無し(やれやれ)。3回生質 問君の質問はネタ切れ?夕方は情報学科4回生の暗号理論。気合いの入らない 講義だが、元祖天才君のきれいなノートを思い頑張る。されど「ネタ切れ時計」 は刻々と終末の時刻に近付く。そろそろ新ネタの「ゼロ知識証明」の話でも仕 込まねば。講義の合間は来週営業に回る高校の近辺の地図をYahoo mapでせっ せとプリントアウトし、シコシコと切り張りをして簡易出張地図を作り、ドイ ツへの航空券の見積り作ってもらいに生協に行き、S先生が不在だったので彼 の院生の就職の書類を書いてやり、図書館に本の貸し出し延長手続きに行く。 目の回るような忙しさというのは、この事を言うべし。

夜は数学コロキウム。会場に着いた時は完全に疲れ果て死んでいた。だが しかし、講演で話し出すと途端に元気になり、しゃべりまくった(皆さん理解 できたのでしょうかね)。満員御礼静聴多謝。私には、「疲れた時ほどよくしゃ べる習性」と、「しゃべっていると元気になる習性」があるらしい。その意味 では大学教師というのは天職なのであろう。で、講演が終ったら、またどっと 疲れが出て来て死んでしまった。本日も研究は進まず。

6月23(金)
早朝より大学へ。朝一番で初等組合せ論の講義。昼前「留学生バザール」の供 出品を国際課に運び込み、昼食のパンを買って部屋に戻ったところで、某企業 人事担当者と会う時間となる。ぜひ先生のところの学生さんをうちに応募させ てください、と言われても、学生は某シンクタンクに内定済みの5回生M君1 名しか居ない。まあまあ堅実で良い会社みたいなのだが、人事担当者氏の話に よれば、新しい会社で人集めが大変らしい。まあ、大学も似たようなもので、 来週私が名古屋の高校に営業に回るのも、ぜひ御校の生徒さんにうちの入試を 受けさせてください、と頭を下げに行くわけだ。お互い大変ですなあ。私はそ の人事担当者氏のようにうまくできないと思うが、彼の話し方や立ち振舞いな どを参考にさせてもらおうと思う。

早速その会社のパンフレットと入社試験案内一部を、学生の多そうなA先生 に振り、S研の学生にもアナウンスする。I研も学生が多いので、I先生にメイル する。他は就職担当のYo先生に任せることにする。

院生室に行ったら「世界戦略第3号」(6月17日版参照)が居る。「あれ!? 君何でこんな所に居るの?高校は休みなの?」「何ですか?それ、先生。」 「『何ですか?』って君、高校の先生になったんじゃないの?」結局去年教員 採用試験を最終で落ちて、S研の院生になっていた事が判明。よって「現在3 号と4号が発射準備中」と訂正しておこう。

午後の中等組合せ論の講義で、話しの勢いで(例によってほとんどアドリブ でしゃべっている)レジュメに書いてない証明を思い付きでやろうと思ったら、 ケアレスミスをして、そのケアレスミスに気付かずにどんどん証明を進めてい くうちにレジュメの間違いが見付かる。不幸中の幸いである。で、レジュメの 訂正、学生のブーイング、平謝りと続く。当のケアレスミスは講義の後の学生 からの質問で発覚。結果は正しいのだが、証明が若干簡略化される。願わくば、 そういう質問は講義中に行ってくれれば皆んなが助かる。眠り天才君は2列目 から3列目に後退。ノートをじっと見てうなっていたから、今日は何かの問題 を考えていたのだろう。もう一度言おう。眠り天才くん、寝てばかりいないで 君も何か言え!

本日も研究は進ます。いや、情報学科5回生M君とのゼミが消去理論のとこ ろに突入したから、研究を少しやったとも言える。消去理論は一度真面目に勉 強しようと思ってた理論だ。M君の発表を聞いていて、昔読んだ論文で使われ ていたテクニックは、実は消去理論のパクリだっただなと気付く。その他、私 も使った事がある別の論文の結果も、やはり消去理論を元にしたアイディアだっ たことがわかる。さらにさらに、S先生がグレブナー基底の話で最近騒いでい るのは、要するに消去理論の話なのだな、ともわかる。色々収穫がありました な。

ゼミの後3回生A君より「近況報告」のようなメイルが届く。数学教室って、 何か色々あって面白いなあ。

6月24(土)
数学コロキウムのページにK先生が撮った私の写真が載っていた。数学者の写 真というと、数式を書き殴った黒板を前に説明している図というのが定番であ る。私はミーハーだから、一度そういう写真を撮ってもらいたいものだと思っ ていたが、まさにそういう写真だったので満足である。惜しむらくは、もう少 し数式を書き殴っておけば良かったという気も少しあるが。私の葬式にはぜひ あの写真を飾ってもらいたいものだ。

ところでコロキウムでKaz先生とのやりとりが何回かあったが、内心20年 前のマゾ学生時代にタイムスリップした気分になって、けっこう冷汗ものであっ たのだ。Kaz先生の学生時代がどうであったかは知らないが、サド組学生のチャ ンピオンにしてバリバリの秀才学生であったと確信している。しかもKaz先生 の風貌は、私が学生時代に代数学と幾何学の演習で壮絶なサド・マゾ攻防戦を 繰りひろげた、現在O大学で代数的位相幾何学をやっているY君(この人はサド 役でした)とちょっと似ているので、思わず軽い京大数学教室心的外傷後スト レス障害(Kyoto Math. PTSD)状態に陥っていたのである。しかし、サド・マゾ 状態があまりエスカレートしなかったのは、お互い年の功というものでありましょう。 (やれやれ。)

昼前に大学へ。腹ぺこキッズの襲撃前に昼食を済ませる。そろそろ前期試 験問題を5科目分(これは私が大学教師になって以来もっとも多い!)作らねば ならないのだが、「今日は研究以外の事はやらんぞ」と決心し、サーベイと瞑 想を再開。最近ようやく無限/有限極小自由分解の世界の全体図が見えて来た。 7月と8月はさらに問題を絞り込んでドイツ留学に突入し、当地でじっくり問 題を解こうという「取らぬ狸のポンポコリン」を想定している。誰かが言って いたが、普通の数学者がある(その人にとって)新しいテーマで何か研究しよう と思ったとき、1つの論文を読むのに1週間程度、そのテーマについて包括的 に勉強して実際に研究をスタートするまで約1年というのが標準だそうだが、 今のところほぼそういう感じで推移している。

6月25(日)
日曜日は何故か多忙である。朝はゆっくり寝たいし、スーパーや近鉄Platzに 買物に行きたいし、床屋も行きたい。選挙も行きたいし、録画したショムニも 見たい、夜は夜でテレビの選挙特集も見たい。結局これらの9割方を実行する。

近鉄Platzの旭屋書店書店で藤原正彦(お茶大)「古風堂々数学者」を少し立 ち読みする。20年ほど前「若き数学者のアメリカ」なる若々しいタイトルの エッセイ集を出した人が、「古風堂々」とうう頑固親父みたいなタイトルの本 を出すに至ったことは感慨深い。

まあ、数学者ってのは大なり小なり古風堂々路線なのであろう。数年前数 学教室の飲み会に参加させてもらったとき、当時の主任の先生が「ここに集まっ た人達は、時流に流されず、より普遍的なもの、より高いものを求める、とい う点で一致していると思う。これからも、この立場を守っていきたい」という ような意味の極めて格調高い挨拶をされた。当時情報学科の中で知らず知らず のうちに心が汚れ切っていた私は思わず目から鱗が落ち、感動の嵐に襲われた のである。私も情報学科の中で数学好きな学生を「今どき珍しいムカシ気質の 学生さん」と呼んで大事にしている。しかし「古風堂々」と本のタイトルにま でして打って出る勇気は無い。

6月26(月)
ゆうべは深夜まで選挙特集のテレビを見ていて、さらに、さあ寝ようという時 に捜し物を始めてバタバタし、結局夜更ししてしまった。眠い。で、昼頃大学 へ。昼食後、明日の名古屋での営業活動の資料等を取りに事務へ。その後、資 料を予習して、別件の事務手続きをしてローム記念館まで行って帰って来たら 15時前になっていた。ローム記念館は遠い!BKCってのは、広すぎてかえっ て不便だ。キャンパス内で自転車を使うのは禁止らしいが、スケボー、ローラー スケート、キックボード等も禁止されているのであろうか。何だか知らないが、 学生諸君もよくこのだだっ広いキャンパスをでれでれ歩いていられるものだな あ。

その後サーベイと瞑想を再開。しかし色々飛び入り雑用があって、 あまり進まず。

6月27日(火)
名古屋の2つの高校を訪問する。スーツを着て新幹線に乗るのは何年振りだろ うか。ネクタイなどをしていると、首から胸にかけて体温が2度以上上昇する のがわかる。さらに今日は雨なのでけっこう蒸し暑い。それに加えて、高校へ の「お土産パンフレット集」ってのが膨大な量でかなり重い。まあ、今日一日 だけのことだし、良しとする。毎日スーツを着て商品カタログを詰め込んだ重 いカバンを持って新幹線で西へ東へ、なんて職業につかなくて本当に良かった と思う。

日帰りのあわただしい日程だったので、「名古屋天国!きしめん・味噌カ ツ三昧の旅」とはならず、帰りの新幹線のホームで”冷やしきしめん”なるも のを食べたのみ。

行きの新幹線の中でサーベイノートを見なおして、ドイツ留学中に考える 問題でもひねり出そうとしたけれど、京都・名古屋間はたった40分なのでほ とんど進まず。帰りの新幹線では疲れて眠ってしまい、やはり進まず。

数学者の仕事は第一に問題を作る事、そして第二に問題を解くことである。 問題を作って数分〜数10分以内で解ければ、定期試験や入試の問題にする。 問題を作って1週間ぐらいで解ければ、「なーんだ、そういう事だったのか」 と、時に自己嫌悪を伴いながら納得する。実はこのレベルの問題を沢山経験す ることが、底力をつける上で大事だと思われる。問題を作って2〜3ヶ月で解 けるだろうと思えば、大学院生に解かせて修士論文を書かせる。院生が居なけ れば、自分で解いてささやかな論文を書く。問題を作って、これは半年以上頑 張ってでも取り組む意味がありそうだと思えば、誰にも内緒で(?)自分の研 究テーマとする。まあこんなところであろうか。

3回生A君からまたも「近況報告メイル」が届き、返事を出す。何だか文通 状態になってきた。

6月28日(水)
午前中に大学へ。高校訪問の報告書書きやその他の雑用をして、昼食、雑用の 残り、そして外書購読へ突入。その後も色々あってそのまま夜になる。月・火 の研究日がほとんど潰れてしまったし、今日も一日潰れてしまったので、 結局今週一杯はあまり研究が進みそうに ない。

3回生某君が訪れ、将来代数関係をやりたいのだが、代数で今後メジャー になりそうな分野は無いか?と聞いてきた。現在メジャーな分野ならある程度 わかるが、未来の事となると難問である。

既成の分野から少し離れた新しい分野は、注目はされるだろうが、将来メ ジャーになるかマイナーになるかは、今後面白い定理や理論がどれだけ発見さ れるかによるだろう。既成の分野の枠組の中でメジャーになる分野のは、大体 代数、幾何、解析が交錯している所であると思われる。こういう分野は、色々 な分野の人がそれぞれの立場から興味を持って参入し、それぞれの立場から研 究できるので、結局優秀な人が色々集まって盛り上がりやすく、その結果メジャー になるというカラクリがあるようだ。代数、幾何、解析、それぞれの手法だけ で研究する分野というのは、当然その分野の人しか興味を持たないから、マイ ナーにはならないかも知れないが、メジャーにはなりにくいように思う。

いずれにせよ、凡人がゴチャゴチャ集まっているだけではダメで、とてつ もなく偉い人が、物凄く深い定理や理論を発見して、後から凡人たちがわっと 集まってにぎわう、という形になろうかと思う。後から来た凡人達にとって手 頃な問題がたくさん残っていれば良いが、巨人が通った後は実はペンペン草も 生えておらず、大山鳴動して鼠一匹なんて事もある。その場合は、後追い凡人 達の屍累々なんてことになるわけだ。だから、巨人が新しい研究領域を作り上 げて、それがメジャーになりそうだと思っても、しばらく様子を見る事も大事。 しかし様子を見ているうちに、メジャーで、かつ、とてつもなく難しい分野になってしまい、参 入のチャンスを逃してしまうこともありうる。また、現在花盛りの分野であっ ても、後から考えればそれは落日の残光であった、なんて事もある。その意味 では、将来のメジャー分野を予測するのは至難の技であると思う。

よほどの自信が無い限り、学生諸君にとっては、メジャーかマイナーかと いう問題よりも、どの分野により多くのチャンスがありそうか、という問題は 気になるところであろう。修士論文の良い問題が見付けやすくて、なおかつ大 学教員のポストが得やすそうな分野を選ぶ事は、現実問題としては大切であろ う。しかし、どれがそのような分野なのかを私の口から言うのは危険だし、個 人的意見は多少持っているが(特にこの分野は、よほどその分野と心中しても 良いぐらい好きでも無い限り、やめた方がいい、と私には思える分野はある)、 断定的な事を言える自信も無い。国立大学(特に旧制帝大)理学部数学教室の教 授達の専門分野を調べて、どういう分野の人が多いか自分で探ってみるのも一 つの手である。もちろん数が多ければ、それを目指す優秀な院生も多いわけで、 単純に数が多いところにチャンスが多いとも言い切れない。また、教授、助教 授、助手の出身大学等、できれば誰先生門下であるかも調べる事をお勧めする。 こういう事は案外標準的な数学者の第一歩である、助手の採用に大なり小なり 関係するように思えるからだ。また、こういう事を調べる事によって、より良いチャ ンスを得るために、大学院はどこを狙えば良いかがある程度わかるであろう。

でもまあ、個人的意見としては、ごく少数の「危険分野」を除いては、結 局は自分の実力次第だと思う。自分の肌に合う分野ならば、自分の力を最大限 に発揮できるだろうし、そうすれば道は開ける可能性は十分あると思う。とい うか、それ以外に道は開けようが無いと思う。

6月29日(木)
昨夜数学研究会のH君から、何だかよくわからないメイルが届く。で、何だ かよくわからない返事を出しておいた。

午前中より大学へ。午後一番で2回生の解析学序論、夕方情報学科4回生の暗 号の講義。今週はバタバタしていて、講義の予習もままならず、講義ノートの ストックも底をつきかけている。冷や冷やしながら授業を行う。解析学序論で は、いくら注意しても負けない「ど根性おしゃべり3人娘」が出現した。しん と静まり返って、ときおり眠り天才くんの安らかな寝息だけが聞こえる平和で 良い雰囲気をぶち壊す輩はまさに重罪である。来週も同じ調子なら断固として 追い出す所存である。質問君復活。もう一人質問に来た学生が居た。

暗号の講義の後、Ar研の4回生H君が現れ、簡単な微積分の質問に来る。そこ で昨年度の解析学序論でラグランジュの未定係数法はやらなかったとい う重要情報を得る。あと2回の講義で陰関数定理とラグランジュをやって、 逆関数定理は残してしまう予定であったが、ラグランジュを飛ばして逆関数定 理を少しでもやろうという方針が固まった。しかし、結局陰関数定理だけやっ て終るという悲惨な結果になるかも知れない。

夜は前期試験の問題作りを少々。微積分の講義ノートの続きも作らにゃな らん。研究どころではありまへん。

英国留学中のH先生より、昨日の日記について強い抗議メイルが届く。専攻 分野を決めるのに大学教授達のマーケット・リサーチをやるのは不純であって、 けしからん!との事。こういう「路線問題」の熱い議論は学生時代を思い出し て楽しい。嬉しくなって早速色々返事を書いてH先生に送る。昨日の日記の記 述は、いずれ補足あるいは修正が必要になると思われるが、「この件は現在係 争中であり、現時点でのコメントは控えさせていただきたい。」H先生の応答 を待って、改めてコメントすることにしよう。

6月30日(金)
6月も終りである。数理科学科に移って3ヵ月になるが、もうずいぶん昔から 居るような気分でデカイ顔をしている。私はそういうのは得意なのだ。会社員 時代は、新入社員の頃から「誰だ、あの態度のデカイ奴は?」と言われていた ものである。

早朝より大学へ。朝一番で初等組合せ論の講義。午後の中等組合せ論では 眠り天才くんも前から2列目に復帰して目を覚ましており、前の方で嬉しそう に講義に茶茶をいれる元気組も復活し、それやこれやでつつがなく終る。夕方 は情報学科5回生M君と消去理論のゼミ。夜は試験問題作成の続き。外書購読 を一緒に担当しているAr先生とも打合せ。研究はストップしたまま。

英国留学中のH先生より応答あり。「愛こそ全て!余計な事を考えずに一直 線に愛に生きるべきだ!」「いやいや、愛するがゆえに別れるって事もあるん だ!」といった調子の、一体貴方達は何の話をしてるんですか?言われそうな やりとりがあった、とだけ言っておこう。

で、6月28日の日誌の内容について追加コメントを少々。ポイントは最 後の段落である。「マーケットリサーチ」はある程度必要だと思うが、要は自 分の肌に会う分野をやるべし、ということだ。日々数学と取り組む中で自分の 心の中に育ってきた興味や指向性を大切にすることが一番重要であると思う。 そうでなければ数学をやっている意味が無いのではなかろうか。あまり下世話 な事に左右されるとロクなことはない。「貴方は数学が好きなのではない、何 か他のものが好きなのです」状態では結局ハッピーな事にはならないのではな いかと思う。

しかし下世話な事を知っておく事も悪くはない。自分の選ぼうとする分野 が、日本にどれぐらい仲間(競争相手)がいるか、新しい研究テーマが沢山あっ て若い人がどんどん参入しているか否か、インスピレーションを与えてくれそ うな有力な研究者がどれだけいるか、等々を知る事は、自分の今後の研究生活 のプランや心構えや覚悟を考える上で何かしらの役に立とう。

ところで、私は「マーケットリサーチ」が大好きで、一時期の愛読書は日 本数学会の会員名簿であった。当時は一人でも多くの数学者の顔と名前を覚える事に 喜びを見出してしまっていたのである。初対面の数学者に、相手が自己紹介す る前に「あなたは○○大学大学院卒業後××大学へ留学され、△△大学の助教 授を経て現在に至っており、○○大学の××先生と△△のテーマで一連の共同 研究をされてましたね」なんてスラスラ喋って気持悪がられた事もある。でも、 これはほとんど趣味の世界である。私が可換代数を選んだのは、色々下世話な 事も考えはしたが、大きく見れば自然の成り行きで、何となく心引かれたから それをやることになったという感じである。