All or Nothing

    どこの学科でもそうであるように、数学科にも色々恐ろしい部分があり ます。学生にとって恐ろしい部分は、「堕落すればとことん堕落してしまう」 という事だと思います。確かにきちんと勉強すれば、論理的思考という他では なかなか得られない強力な武器が身につき、さらにうまくすれば数学という一 生の友を得ることができるでしょう。しかしサボってしまうと、もうどうしょ うもなくなります。

      情報学科と比べてみましょう。どこの大学でも同じでしょうが、我らが情報学 科でも「何も学んでいない学生」は少なからずおります。情報学科を出ても、 プログラムが書けるわけでもなし、計算機の仕組みや原理を理解しているわけ でもなし、英語が読めるわけでもなし、数学ができるわけでもなし、何かを粘 り強く考えられるわけでもなし、ただ要領良く試験情報を集めて直前のマル暗 記で講義の単位を取り、出席点とマル写しレポートだけで実験の単位を取り、 その辺の本を適当にTeXで打ち込んで数日で卒研および卒論をクリアする。そ して自分では何もやっていないし、理解もしていない事を卒論発表会で得々と 発表し, うまうまと卒業していく。このように、一体この学生の大学生活は何だっ たのだろうという「情報学科トホホ物語」そのものの学生は確かにおります。 こういう学生が何割ぐらい存在するかは、当然企業秘密ですが、情報学科の教 員一同はこういう学生を一人でも少なくするよう日夜努力を重ねているのです。

      しかし情報学科のトホホ学生諸君が、全く何も学んでいないかというとそうで はありません。私はこれを「工学部における形式主義の偉大なる勝利」と呼ん でおります。つまり、工学部ではマル写しレポートを出しても出席点とレポー トを出したという事実だけで、多くの場合とにかく単位を出します。卒研など 1日もやってなくても、何かしら卒論の如きTeXで書かれた綺麗なレポートが 提出されていれば、何だかんだと言っても結局卒研の単位は出ます。そして先 生達は、こういう形式的な事を整える事に関してはずいぶん口うるさいもので す。つまり、学生に形式を学ばせる事が大変重視されていて、そういった教育 を実現するシステムも確立されています。半面、実質的な内容については、学 生諸君の自覚、あるいは教員個々の指導に任されます。すると、サボり学生で も必然的に中身はゼロでも見栄えのするレポートを書いたり、とにかく決めら れた時間に決められた場所に来るという、要領の良さだけは身につけるように なります。その副産物として、TeXやUnixのコピーコマンドや電子メイルの使 い方などのコンピュータリテラシーが身につきます。

      つまり、情報学科を卒業するということは、最低でもこのような「上っ面の要 領の良さ」が身についていることを意味します。これは馬鹿になりません。 何も身についていないよりも、上面だけの要領の良さが身についている方 がうんとマシなのです。 何 故かというと、工学は個人プレイではなく、チームプレイの世界だからです。 チームプレイでまず大切な事は、その参加者が「同じ言語で話し同じスタイ ルのコミュニケーションができること」です。これは全く表面的で形式的な事 ですが、これがうまくできないと、チームに参加することすらできません。中 身が伴っているに越したことはありませんが、中身が無くてもチームに参加し ていれば何らかの形で貢献できる。工学ではよく「兵隊」という言葉を使いま すが、兵隊として活躍できるのです。工学部の教育における形式主義は、「誰 でも最低限兵隊にはなれるように」するための、偉大なる(学生の)品質管理手 法だと思います。

      さて、数学科はどうでしょうか。私もそうですが、数学の先生というのは「中 身ゼロで形式だけ整えるぐらいなら、始めから何もやらない方がマシだ」と考 える人種だと思います。そういう世界で教育された人たちだからです。すると 当然サボり学生諸君としては、「形式だけでも整えよう」という努力を怠り、 結局本当に正真正銘何もせずにただ単位が降って来るのを待つという風になる でしょう。つまり形式も中身も何も身につかないのです。かくして、プログラ ムが書けるわけでもなし、計算機や関連する学問を理解しているわけでもなし、 英語が読めるわけでもなし、数学ができるわけでもなし、何かを粘り強く考え られるわけでもなし、さらにはとりあえず読みやすそうなレポートが書けるわ けでもないし、何かをもっともらしく人前で説明できるわけでもないし、決め られた時間に決められた場所に出て来る習慣が身についているわけでもないし、 コンピュータリテラシーが身についているわけでもなし、etc. etc. etc. と いうことになる。つまり、数学科には「形式をまなぶ」というセフティーネッ トすら存在しないので、サボれば徹底的に堕落していくことになります。そし て、サボる事が当たり前、皆で単位が降ってくるのをじっと待ちましょう、と いう雰囲気がある数学教室ならば、学生達は自覚症状すら無しにただただ堕ち ていくのです。ああ、恐ろしや。。。