数学の研究方法

      ここで数学研究法を説くつもりは毛頭無い。 実際数学研究法なんて、私が教えてもらいたいぐらいなのである。何せ計算機科学の研究者としても 数学の研究者としても、私はまともな教育を受けていないからである。計算機 科学の場合、当初企業の研究所に勤めていたのだが、そこで行われている事は、 必ずしも研究と呼べるものではない。やはり大学の工学部の博士課程で研究の スタンダードな形を学んでいないと、どこまでが研究でどこからが研究以外の ものなのか区別がつかない。次に勤めた所が某国立研究所で、そこは純粋に研 究を行う所であった。幸い私の周りには、博士号やPh. D を持っている人が何 人か居たし、海外の研究者も短期共同研究者として数多く滞在していたので、 直接指導を受けたり、彼らの研究スタイルを盗んだりして、何とか自分なりの 研究方法を身につけることができた。

      数学に転向してからはちょっと苦労している。研究方法や研究スタイルを身に つけるのに一番良い方法は、優秀な研究者達と机を並べて一緒に仕事をする事 だと思う。大学の正規の数学教育では大学院博士課程がその機会を提供する わけだが、院生の数が少ない大学だとなかなかうまくいかない場合もある。し かしながら、数学業界では、大学の助手クラスの研究者に海外の数学研究セン ター的な機関に1年程留学させる制度があるようである。つまり、正規コース で数学者になる人は、海外留学によって自分の研究スタイルを確立させるよう である。これはちょうど私が某国立研究所に何年か勤務した経験と同じような 事であろう。残念ならがら、私の場合数学でこのような経験を積む機会は逃し てしまったわけである。

     仕方がないので、できるだけ多くの数学者に接して、彼らの研究スタイルを盗 もうと鋭意努力中である。幸い私の勤務校では、最近正規コースで育った優秀 な若手数学者を何人か迎えることができたし、他大学の数学者の何人かとも知 合いになれたので、彼らからできるだけ学び取ろうと思っている。

      一方、計算機科学をやっていた時の研究方法も、数学研究に使えるようである。 私はプログラムの構造を数学的に解明する理論を研究していたのだが、 理論をただいじり回しているだけではなく、 まず適当な例題プログラムを徹底的に調べるということをやっていた。うまく 例題を選べば、オモチャのようなプログラムでも新しい理論のアイディアや糸 口を発見できるものである。現在おそるおそるやっている数学研究でも、この 方法を踏襲している。つまり何かを研究するときは、良い例を探すことから始 めるのである。良さそうな例が見付かれば、それについて色々な計算をやって みる。結局この段階では、数学科の2回生3回生レベルの演習問題みたいな議 論ばかりやることになる。学生時代には、一般理論ばかり勉強して、どんどん 先の話に進む事に腐心していて、演習問題を解くことや、自分で例を構成する 事を軽視していたけれど、今になってようやく具体例の計算の大切さを痛感し ている。この方法は、多くの数学者が正統的なものと認めているようだから、 案外良い方法なのだろうと思っている。

     また、例題の計算にも計算機を結構使 う。最近は市販の数式処理ソフトウエアが充実しているが、それで間に合わな い場合は、自分でプログラムを組んでいる。計算機プロパーの 世界では、最近マルチメディアや通信などの低レベルのビットデータの処理ばかり に注目が集まって、記号処理はさっぱり流行らない。従って、PROLOGやLISP でプログラムが書けない人が多くなっているし、 よほどレベルの高い大学でないと「時代遅れ」だの何だのというもっともらしく はあるが下らない理由で教えていないようである。しかし数学の実験用にはC言語よりも PROLOGやLISPなどの記号処理言語の方が断然向いている。 こういう事が自然にできるのだか ら、計算機をやっていた事も無駄ではなかったと思う。