福祉機器業界への就職を希望する方へ

 学生から福祉機器業界へ就職したいという相談をよくされます.そういう希望をもっている学生へのアドバイスです.ちょっと個人的な偏見や誤解が含まれているかもしれません.大部分は当たっていると思いますが,一部企業には当たっていないかもしれません.それを理解した上で参考にしてもらえれば幸いです.


 福祉機器産業が成長産業だと言われているからか,福祉機器企業への就職を希望する学生さんから相談をよくされます.そのような分野の企業からの求人を探してもなかなか無いことも一因でしょう.そういう理系学生に(1)福祉機器業界の現状を知ってもらい,(2)就職活動へのアドバイスをしたいと思います.


 福祉機器製造業の会社の一覧は,例えばインターネット上では全国福祉用具製造事業者協議会HP社団法人 日本福祉用具供給協会,日本最大の展示会である国際福祉機器展の出展企業リストなどから探すこともできます.また出版物としては,同じく国際福祉機器展で販売される福祉機器企業要覧(国際福祉機器展HPから注文可能)などがあります.特に福祉機器企業要覧は資本金や従業員数が見やすいリストになっているのでお勧めです.
これらのリストを見ていただくとわかるのですが,福祉機器関連企業の中には数種類の異なるタイプの企業があります.

(A)義肢装具屋・工房

 名称が「〜義肢」という企業は,ほとんどが義肢装具屋さんです.「〜製作所」の場合もあります.今も義肢装具だけを作っているところと,それ以外の福祉機器まで含めて作っているところとがあります.義肢装具は福祉機器の一部ですが,補装具ということが多く,法律によって義肢装具適合士の資格をもっている人でなければユーザーに作ることができません.その資格は3年制の専門学校を卒業しなければ受験資格がありません.ですから,義肢装具しか作っていないところへは大学卒業後にすぐ就職するのは無理です.それ以外の機器も作っている企業ならば就職できる可能性もありますが,やはり義肢装具適合士の資格のない人はできる作業が限られるため,ほとんど採用されていないようです.一部の義肢装具屋を除いて企業規模が小さく,理系大学卒を研究開発要員として採用することはありません.

 工房の多くはもともと家具製作から来ています.作業は木工や布の縫製などが主体で,障害児者のいすやテーブルを作ったりしています.一部の企業を除いて家具職人の世界で,理系大学卒を研究開発要員として採用することはほとんどありません.

(B)町工場の発明家

 小さな家内制手工業の企業が,福祉機器分野でアイデアを思いついて製品化したタイプの企業です.従業員数は数名から十数名の場合が多く,資本金も少なく,理系大学卒を研究開発要員として採用することは考えられない.おもいついたアイデアがうまくなければ福祉機器分野から撤退する可能性も高い.

(C)専業福祉機器メーカー

 福祉機器を主な製品として出している企業.企業規模もいろいろあるが,従業員数十人から百数十人までが多いだろう.大きな会社では数百名から千名を越えるところもある.営業や総務部門なども入れての数であるから,百名規模の企業での理系大学卒を研究開発要員の募集は毎年一名あるかないか.数百から千名規模の企業ならば数名から十名程度の募集はあるかもしれないが,企業数は少ない.

(D)他業種メーカーの福祉機器への参入

 国際福祉機器展でも自動車メーカー各社とも福祉車両の展示をしている.電機メーカーなどでも同じである.ユニバーサルデザインの考え方も多くの人に知られるようになり,民生品のメーカーも高齢者対応製品のひとつやふたつ,出していないところの方が少ないのではないだろうか?そのため,福祉分野に参入している他業種メーカーに入る方が募集人員は多いので易しい.しかし,ほとんどの企業は本業ではない福祉機器部門に所属している従業員は少なく,開発部門で数名から多くて十名程度であろう.希望の企業に入っても福祉機器部門に配属される可能性は極端に低くゼロに近い.

(E)商社・販売会社

 この他に福祉機器を取り扱う商社や販売会社があり,中には理系大学卒を採用するところもあるが,開発をしているわけではないのでほとんどが保守部門などに配属されるようである.


 以上のような福祉機器業界の分類をした上で,次にどのような就職活動をすればよいかをアドバイスします.ただし,最終的には手嶋がなんて言おうと親がなんて言おうと自分で決めてください.他の人の意見に流されるようではあとで後悔するでしょう.アドバイスをよく考えた上で,最終的にあなたの考える生き方を選択してください.あなたの人生なのですから.

 まず,(A)(B)(E)はあまり勧めません.職人の世界に近く,理系の大学で学んだことをあまり生かせない可能性がありますし,採用枠もほとんどありません.なにより,そのような企業に入ると,そこでの経験を生かしてのスキルアップができない可能性があります.今は転職は当たり前ですが,技術者なら絶えず勉強し,技術を磨いていけば,万が一企業が倒産してもその技術を持ってよい職場に転職することが可能です.しかし,あまり小さな企業や特殊な業務に入ってしまうと,日々の作業だけに追われて新しい技術や能力を身に付けられない危険性があります.もちろん本人次第でがんばればスキルアップできますが,その努力を怠るとひどい目にあう危険性もあります.覚悟をしていくのであれば,(A)(B)(E)でもいいでしょう.

 (C)で職が見つかれば希望どおりでしょう.しかし,枠は少ないですから,希望に合う企業をみつけることができるかわかりませんし,就職活動がうまくいくかもわかりません.がんばるしかないでしょう.ただし,(C)の企業では多くの大企業に比べて採用時期が遅い場合があります.そのためこれの就職にあまりにこだわりすぎると,気がついたときには応募できる企業がほとんどなくなっていたということになるかもしれません.

 私はいつも(D)を勧めています.なぜなら,入社後にすぐに福祉機器開発に携われる可能性はゼロに近いですが,会社の中で成果を挙げ,能力をアピールして,その上で「福祉機器がやりたい」と言い続ければできる可能性が十分に高いからです.または,上で言ったように会社の中での経験からスキルを上げていき,他の会社に移って福祉機器を始めたり,場合によってはベンチャーを立ち上げることもできるからです.大学を出てから40年間も働くのですから,現在やりたいことをやれなくても,5年後や10年後,ないし40年後の大きな目標に向かっていくために,少し遠回りと思えることが実は近道だということもあるからです.もちろん,企業に入ってからの努力が前提となることは言うまでもありません.

 就職活動で重要な点は,すべての希望を満足できる就職先などまずないので,一体自分の希望の優先順位は何かをよく考えることでしょう.もしも福祉機器関連にどうしても行きたいから給料や待遇などかまわない,という人は,そのような活動をすればよいでしょうし,違う希望順位を持った人は違う活動になるでしょう.よく福祉機器企業を分析した上で希望の企業に入れるよう就職活動してください.

手嶋教之


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Last modified: Wed March 5 2003