2016.08.23

書を携えて・・・。その3処暑編

暦の上では「処暑」となり、朝夕はすこしづつ涼しい空気が感じられるようになってきております。
とはいえ、昼間はまだまだ猛暑が続いておりますので体調管理には気を付けたいものです。

ここ数週間世界が夢中になったオリンピックが閉幕し、来月のパラリンピック開幕までの間隙、
やっとスクリーンから身を離すことができるようになり、滞っていた読書を再開しております。
さて、本日紹介したい本は、オリンピック開幕に合わせて手に取った、
「古代オリンピック」桜井万里子・橋場弦編、岩波新書です。



今回のリオ・デ・ジャネイロ大会で第31回を数える「近代オリンピック」は、1894年のパリ国際スポーツ会議にて、クーベルタン男爵の提唱により誕生したものです。クーベルタン男爵は、この近代オリンピックの復興により、「古代オリンピック」の精神を近代によみがえらそうとしたこともよく知られています。

本書は、その「古代オリンピック」は、どういった成立の経過があったと考えられているかや、実際にはどのようなことが行われていたかが、宗教的意味、競技会の実際、政治的変遷、優勝者の利益など最新の考古学や歴史学の視点から述べられています。また、これらが平易な文体で簡潔に書かれているため非常に読み易く、古代オリンピックについてある程度詳しく知ることができます。たとえば、古代オリンピックは紀元前8世紀ごろより、実に1,200年近く続けられていた(近代オリンピックは、まだ120年の歴史しかない)が、その間、古代オリンピック開催期間内は、国家間の争いの絶えなかったギリシアでは「休戦協定」が結ばれていたなどのよく知られた例や、また、ギリシアのポリス間で行われていた頃の優勝者には金銭的な授与はなかった(豊かな収穫を示すオリーブの冠のみであったとされる)という例が紹介され、近代オリンピックにおいても重視されている「フェアプレイやアマチュアリズム」はこうした史実に根ざしていることがわかります。

こうした本書のなかで特に興味深く読んだのは、通説では、古代ローマ帝政のもとでフェアプレーやアマチュアリズムが失われ、オリンピックは頽廃したとされるが、本書の著者は、ローマ帝国のもとでもその後600年も続いたこと、周辺諸国も巻き込み巨大化したことなどから、こうした通説に疑問をなげかけ、ギリシア時代にも増して人々の熱狂を得ていたと主張しているところです。こうした現状は、近代のオリンピックにも共通しているといえるのではないでしょうか?プロフェッショナルの選手へのオリンピック競技への参加は大きく開かれ、勝利者への直接的・間接的利益は増大、これに関連するように国を挙げてのドーピングについての問題が生じるなど負の側面が生じオリンピックへの批判が高まる一方で、オリンピックへの人々の傾注・熱狂はますます高まるばかりです。これはまるで古代ローマ帝国のもとでの古代オリンピックと同じ状況にあるのではないでしょうか?

古代オリンピックは、392年のテオドシウス帝による異郷祭祀(古代オリンピックはギリシャ神話のゼウス神を祀る祭典)の全面禁止、つまり宗教的対立によって中止に追い込まれ、大地震による神殿の破壊により残念ながら滅んでしまいました。我々の近代オリンピックをさらに大きく発展させるため、古代オリンピックの歴史を改めて知ることは、2020年の東京オリンピックで何をレガシーとして後世に伝えるのかを考えることに役立つかもしれません。



※追記
BKCの正門すぐに建築中のスポーツ健康コモンズが、完成間近となってきました。
真っ白の建屋の前面には、これまた真っ白の柱がならび、さながらアクロポリスに立つパルテノン神殿のようです。毎日前を通りながら、まさに首を長くして、中を覗き込んでいます。


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