リレーコラム

2013年12月01日

東北学院大学 経済学部 共生社会経済学科 教授
同大学 災害ボランティアステーション 所長
郭基煥

「脆弱さ」が発するメッセージ

東日本大震災は私たちに、私たちの身体や、その身体を守っている様々な「文明」、つまり家や堤防や、舗装された道、さらには諸々の「ライフライン」がいかに脆弱であるか、ということをたった一日の間に示しました。あるいは私たちが根本的に脆弱であるにかかわらず、それを忘れて生きていること、忘れているに過ぎないことを示しました。

特に震災直後にボランティアに出かけた人たちは、誰もがあまりにも不条理な脆弱さを目の当たりにすることになったと思います。しかし、全面的に破壊された町の様子は逆説的にも、はじめて私たちに、それが単なる場ではなく、つまり様々なモノを収容し、人を往来させるための場であると同時に、一つの命であるという感覚を与えたのではないでしょうか。いつでも消滅してしまいかねないものとしての命。そういうものとして町や社会を捉えるような感覚を震災は生み出したのではないしょうか。壊れることのないものと思っていたものが、実は、壊れやすく、脆く、弱い。しかし、脆く、弱いものにこそ私たちがむしろ命を感じるのだとすれば、震災の現場で様々な形で人間の無力さを感じる中で、私たちは見守り、手をかけねばならない命を発見していたのかもしれません。

近代化のプロセスは、脆く、弱いものを「強靭なもの」に作り替えようとしてきたプロセスでした。そして自分たちの社会を脆く弱いものにする未知なるものや、制御不可能なものを他者として除去/追放してきたプロセスでした。しかし、今述べたように、脆く弱いものこそが私たちに命を感じさせ、手をかける必要を覚えさせるとしたらどうでしょうか。
ここで「脆く弱い」とはどういうことか立ち止まって、考える必要があるように思います。脆い家屋とは、たとえば風雨といった外部の影響を受けてしまうということに他ならないでしょう。また思いがけない一言に傷つかないではいられない「人間の脆さ」とは、他者の言葉に耳を閉ざすことができず、自分の意に反して、他者に開かれてしまっている、ということに他なりません。「脆弱さ」とは、自らの存在の外部に対して開かれてしまっている、ということとして考えられます。

私たちは個人としても、社会全体としても、通常、この「脆弱さ」の克服に努めています。しかし、私たちは、むしろこの脆弱なものにこそ命を感じ、そして無関心ではいられない。ほんのわずかな力でさえ、その力に対して自らを閉ざすことのできない赤ん坊に私たちは、それ以外には見せないような特別な感情や態度を持たないではいられません。

ここで、ボランティに出かけ、不条理な現場で自分にできることを考え、行う、そうした社会的なケアの瞬間、まさに、この瞬間に、多くの人が、自分の存在の意味を感じ取られることを想起すべきでしょう。このことは私たちがしばしば命を感じ、それを大切に慈しむとき、自分自身の命を感じるということを意味するのではないでしょうか。
ボランティアに行くと、無理をする人がよくいます。それはそれで問題でしょう。しかし、無理をするとかえって、現地の人に迷惑をかける、などと説教くさいことをいう前に、なぜそういうところに行くと、無理をしてしまうのか、と考えることにも意味があります。

今年10月、東北学院大学のボランティアステーションの有志は立命館大学の仲介を得て、台風被害にあった滋賀県で復興支援のためのボランティア活動をしました。作業が終わるころ、仕上げとして、側溝の汚泥の除去をすることとなりました。大人数で一気に泥を救い、端から端まで水が通るようにしようというプランです。各地からやってきたボランティア作業員はそれまで現地スタッフの指示に従い散り散りになって作業をしていましたが、このときは、作業員のほとんどが側溝に集まりました。私たちが少し遅れていくと、向こう側から、数十人の作業員が、膝下ほどの深さの側溝にたまった土砂と石ころをスコップですくっては、道路にかきあげつつ、断固とした勢いでこちらに迫ってくる。スコップが石に触れるときに出るガシャガシャという音が幾重にも重なって、辺りに響いています。ふと見ると、東北学院大学の有志たちは、この光景の何かに感応したように、目の色が変わっていました。次の瞬間には、スコップを握り、泥と石ころを外に掻き出す作業に没頭し始めていたのです。私たちは、前日の夜に深夜バスに乗ってきたわけで、少なくとも参加者のうち教職員は既に腰に相当な痛みをもっていたのですが。

現場で、目の色が変わる。そういうシーンをいくつも見てきました。そのシーンは、厳しい環境であるほどに、厳しい状況を目の当たりにするほどに、よく現れるようにも思われます。一瞬のうちに何かに突き動かされ、それまでの自分を放り捨ててしまう。破壊され、脆弱さを露呈した何かを前にそんな変化が起きるのは、目撃された脆弱さのうちに「助けてくれ」というメッセージを私たちが受け取ってしまうからではないか。そんな気がします。傷ついている人はもちろん、破壊された物品や、土砂をかぶった道路にさえ、そうしたメッセージを受け取ってしまう。この「人間の感性」が、現場で「無理」をしてしまう元にあるのではないでしょうか。論証をする準備は今、ありませんが、脆弱なるもののうちにこうしたメッセージを受け取ってしまう感性に人間の条件を見出してもいいようにも思います。
助けてくれというメッセージは、私たちの文明化された普段の生活の中では慎重に遠ざけられているものの一つであるように思われます。しかしこれに応答することにおいて、その人の命もまた輝きだすとしたら、破壊の痕跡としての被災の場は、逆説的にも、命の交錯する場であると言えるのかもしれません。