リレーコラム

2014年06月01日

サービスラーニングセンター 准教授
桑名 恵

学生の学びを超えた地域の学びとしてのサービスラーニングへの転換

 国際協力の現場で、NGOの実務者として団体運営や海外での活動に身を置いてきた私にとって、サービスラーニングは最近までなじみのない言葉だった。NGO運営を取り巻く環境が非常に脆弱な状況で、目の前の膨大なタスクに終われ、体験を整理し実践に役立つ系統的な教育プログラムを経験することがなかったように思う。目の前の課題に対して関係する書籍をあさり、先駆者や他団体から技を盗み、仲間や現地の住民とコミュニケーションで作り上げていく方法を模索することで活動をなんとか前に進めてきた。経験を通じた学びとは、日々の営みであり、自分自身でもがき、勝ち取るものだと思ってきた感がある。ただ、ひょんなきかっけで2010年から大学教育に携わることになり、教育と現場をつなぐプログラムを担当してから、実践の学びのプロセスはデザインしうるものであり、経験学習の手法であるサービスラーニングが、学生のみならず地域の学びにとっても有用であると実感するようになった。

●ふりかえり(省察)の実感的効果
 きっかけは、前職(お茶の水女子大学)担当していた、正課外で行われていた全学部生対象の東ティモール研修であった。学内に「共に生きるスタディーグループ」が存在しており、担当教員として学生と活動を話し合う中、何名か学生の希望で海外の現場をみてみたいと東ティモールスタディツアーが計画されたことから始まった。初年度の実施は、事前研修を国内で数度を行い、平和構築、教育、保健分野など最大限学生の関心に配慮しつつ関連組織の訪問、交流を中心に実施した。国連PKOミッションとともに新しい国の枠組みを作るマクロの動き、グローバル化にさらされたコーヒー農民の素朴な日常の営みとしてのミクロの産業づくりに触れ、参加学生が多いに刺激を受けたことは、学生との会話やレポートを通して十分にわかった。しかし、全学的な課外プログラムで、ゼミのように継続的な関わりを組み込めない状況で行った研修は、イベント性が強くなってしまい、学生が現地で受けた体感的な学びをその後の体系的な学びにつなげていくことが困難であるという大きな課題も認識した。
 そこで、2回目のプログラムでは、当時立命館大学で開催された国際ボランティア学会の発表で印象深かったサービスラーニングの手法を取り入れてみることにした。主体性や学びの継続性を高めるため、自らがプログラムを企画していく学び過程と、現地学生とのフィールドワークを通じた学び合い、そして振り返り(リフレクション)を導入した。また、学内のメンバーにとどまらず、東ティモールに関心を持つ都内の8大学の学生との連携イベント、他大学の学識者、NGOとの関係づくりを組み込んだ。事後学習については、3月の現地の活動の後、担当教員の私が立命館大学に移ることになったため、十分なフォローアップができる状況ではなかったが、実感として、初年度に実施したプログラムとサービスラーニング手法を取り入れた次年度のプログラムでは、終了後の学生の学習効果に大きな違いが見られた。
 2年目のプログラムでは、学生が自らが関心を持つ分野を基軸に、異なる立場の数多くの人々と出会いながら、その体験をグループで振り返ることで、より多様な観点を学習し、飛躍的に社会や自分の関心事への深い疑問の投げかけを行うようになっていた。プログラム終了後現在2年を経て、このプログラムは存在していないが、担当教員が関わらなくても、学祭やゼミ発表大会で東ティモールに関する発表が自主的な学習として継続しており、東ティモール産品の販売企画、他団体や大学のメンバーとのコミュニケーションが続いている。研究面においても、学部の卒論のテーマや、大学院に進学した後に東ティモールを研究テーマに選ぶ学生も複数いる。東ティモールのみならず、紛争後の平和構築分野でグローバルな社会の研究を続ける学生もいる。長期の留学に出かけた学生も多い。本プログラムが及ぼした直接的なインパクトを明確に計れるわけではないし、間接的な成果もたくさんあるだろう。しかし、全般的に学習意欲が高まり、学習効果がより持続的になったのは、サービスラーニング手法としてとりいれた振り返り(リフレクションョン)が、多様な視点から自分の経験を意味づけする機会となり、経験のオーナーシップ(当事者意識)を獲得させるプロセスになったことによるものではないかと思うようになった。
●学生の学びを超えた地域の学びの促し
 学生の集団での振り返りの様子を見ていると、実務家の時に自分自身が体験を個人の中で閉じ込め、言語化しないことで、獲得できなかった学びがあったのではないかということに気づかされた。ただ経験を繰り返すだけでは、「経験しているがわかっていないこと」、「身に付いていないこと」がたくさんあったのではないだろうか。サービスラーニングでは、省察することでより深く学べるという経験学習理論が取り入れることが多い。例えばコルトハーヘン(2010)のALACTモデルでは、Action(行為)⇒Looking back on the action(行為の振り返り)⇒Awareness of essential aspects(本質的な諸相への気づき)⇒ Creating alternative methods of action(行為の選択肢の拡大)⇒ Trial(試み)の学びのサイクルが提唱されている。振り返るからこそ得られる、「本質的な諸相への気づき」、「行為の選択肢の拡大の獲得」があってこそ、より深い社会的なアクションにつなげられる。東京大学の中原淳先生の言葉を借りると、省察とは「プロセスと出来事間の意味形成をおこないつつ、アクションを構想すること」であり、学びのプロセスとして振り返ることで、現場で起こっていることを関係者と整理し、その意味を考え、プロセスに潜む問題をあぶり出し、次のアクションにより深い次元で応用させていくことが可能となる。体験学習理論による振り返りは、学生等の学習者にとどまらず、組織、地域を成長させる潜在性を持っているのである。
 したがって、自分自身の実践者としての学びの欠陥を振り返ると、サービスラーニングによる学びのプロセスは、学生に閉じるべきものではなく、学生の学びに伴って地域の学びのプロセスを展開することで、双方に対する学びの価値がより高まるように思う。何よりも地域をよくするために、地域への貢献、地域の学びの視点を組み込むことは不可欠であろう。地域への取組を行っている実践者には、私が過去経験したような忙しさを伴い、経験からの学びのプロセスの検討の余裕がない傾向があるからこそ、サービスラーニングを通じた教育的効果が高まる。確かに、国際協力の理論的体系(開発学)においても、ロバート・チェンバ—ス等が提唱している「参加型開発論」のように、主体性、自立性、当事者意識(オーナーシップ)の追求は最重要視され、多様な手法が編み出されてきた。それらを学生の教育プログラムに応用したことも多い。ただ、開発学のアプローチでフォーカスがおかれるのは、プログラムの対象である「住民」の参加ではなく、「外部者」である研究者・開発プランナーたちの現地住民に対する態度であった。外部者の介入という要素が強い国際協力分野でならではの力点であろう。その点、経験学習理論や、サービスラーニング手法は、個人から集団まで、多様な学び手にフォーカスを当て、より地域の学びに適用できるのではないかと考える。
●立命館大学のプログラムの今後の展望
 立命館大学サービスラーニングセンターのプログラムは、サービスラーニングの諸理論をふまえたプログラムが多数取り入れられ、うまくプログラムがデザインされて日々学ぶことだらけである。しかし、学びの範疇は、大学の視点が中心となっており、地域の学びへのデザインはまだ十分ではないことは大きな課題である。特に、正課においては、2014年4月1日のリレーコラムで川中さんが指摘するように、サンドイッチ型のプログラム設計(事前学習・実践体験・事後学習)の限界にも打ち当たっている。学生の視点からのみみても、「省察を通じた気づきや学びは、現場にフィードバックされにくい」し、異なるタイミング、関心事に本質的な気づきをしている学生の多様性に応えられず、事後学習の成果をなかなか実感してもらいにくい。そこで、地域の学びのデザインにも重点を置くならば、学習者、地域、双方で抱えている課題に対して効果的であり、相乗的な成果をもたらす可能性も高まる。地域の学びに視点により視点を当てることで、川中さんの指摘する「配置型サービスラーニング」から、大学と現場の連携を促す「連携型サービスラーニング」に進化させる術を探っていかねばならないと思う。

(参考文献)
ロバート・チェンバース(2000)『参加型開発と国際協力』明石書店.
F・コルトハーヘン編著、武田信子監訳(2010)『教師教育学』学文社.