コラム

Column

活動地域の特性を活かしたサービスラーニングとは―南アジアと岩手県半島部での取り組みから考える―

立命館大学共通教育推進機構 准教授 秋吉 恵

International Service learningがもたらすもの


途上国の農村開発にフィールドワーカーとして関わってきた経験をもとに、大学教員として南アジアと日本の地域に学生と共に関わらせていただいてから、もうすぐ8年になる。農村開発が専門ゆえ、ほとんどの活動地域は、日本でも南アジアでも農漁村や中山間地。都会の大学生にとってはあまり馴染みのない場所だ。日常を過ごす自宅やキャンパスから離れた地域でのボランティア活動から得られる学生の学びと成長。その特徴をふんわりと把握していたに過ぎなかった私は、2/4のボランティア・サービスラーニング(VSL)公開研究会でロバート・ブリングル先生が整理されたInternational Service learningの特徴に深い賛同を覚えた。

 

ブリングル先生が挙げられたのは以下の4点だ。


    1)  広範で多様な成果をもたらす
    2)  広い範囲の社会状況や学生に適用される
    3)  深く、長期間に渡る変化をもたらす(生き方に関わる影響をもたらす)
    4
)  独創性のある変化をもたらす(他の教育方法とは異なる)

(出展:2/4立命館大学ボランティア・サービスラーニング研究会「大学におけるサービスラーニングと地域貢献—米国・日本の事例をもとに」ブリングル先生講演資料を筆者訳)

 

南アジアにおける海外体験学習科目


担当してきた南アジアにおける海外体験学習科目では、インド西部のミルク生産地の農村から、バングラデシュの船でしか行き来できない中州地域や、それぞれの都市部にあるスラムまで、多様な地域がサービスラーニングの現場となった。そこで十数の学部の、あらゆる学年の、出身も家族の状況もバラバラな学生たちが、南アジアでの実習とその後の学びに大きく影響を受けて自らを問い直し、生き方を紡いでいく姿を見てきた。そしてその変化の程度や方向性は、学生によって異なり、それは実習に行くまでにそれぞれの学生が持っている経験に反映していることに気がつかされた(『』に事例。秋吉・河井, 2016参照)。これらはまさにブリングル先生による上記4点にあてはまる。

 

『弟のために進学を諦めたインドの農村女性の「子どもには教育を受けさせたい」という言葉に涙を流したAさんは、自分のおばあちゃんが同じ思いをしていたから東京の大学への進学を応援してくれたことに気づき、主体的に考え動くことの価値を見出し自らも行動に移した。近代酪農技術を導入せず伝統的技術を選択し続けるインド農民の行動に戸惑いを感じたBくんは、技術教育を人文系の教育分野より高く評価する父親に対して進路選択の際に感じた反発が、逆に自分の教育に関する考え方を狭くしていたことに気がつき、技術や技術教育を再評価することで教育と技術の関係性について考察を深めていった。』   


これらが促されたのは、圧倒的な経済格差、社会階層やジェンダーによる差別、仕事と生活がともにある家庭や集落のあり方、など学生が日常を過ごしている社会との大きな違いが、学生に大きなインパクトを与えたためと想像できるだろう。だが、学生たちにとっての非日常だけでなく、こうした非常に厳しい生活環境の中で生きていくために、家族や近隣住民と深く関わり、干渉しあい、支え合い、住民は子どもであっても地域社会の一員として他者と関わらざるを得ない状況を経験したことも、学生たちに変化をもたらす要因と考えられる。学生の多くが、南アジアの人々が持つ地域社会や家族との関わりを自らのそれと比べて考察を深め、南アジアで感じた社会問題を自分ごととして捉えて、社会の中での生き方を模索し始めるからだ。

 

被災地でのボランティア活動と学生の学び


お気づきのように、これら、学生が日常を過ごしている社会との大きな違い、住民が地域社会の一員として他者と関わらざるを得ない状況は、南アジアの農村に限ったものではない。国内であっても、南アジアほどの違いではなくても、非日常性と住民が地域社会に関わる状況を体感できるボランティア活動の現場は存在する。つまり、国内の現場でもInternational Service learningの特徴をもたらすことができるのではないだろうか。私の8年間という短い経験の中でさえ、国内を対象としたボランティア教育においても、ブリングル先生が挙げられた4点を実感してきたからだ。

 

例えば、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県釜石市箱崎半島で6年にわたり活動してきた学生ボランティア団体で見られる学生の学びと成長には、南アジアでの実習科目で指摘した4つの特徴が見出される。複数の学部の様々な学年から集まった多様な背景を持つ学生たちが、箱崎でのボランティア活動に取り組み続ける中で、それぞれの経験に応じた影響を受け、生き方を紡いでいる。


『箱崎に通い続ける中で箱崎が抱えている問題は日本の多くの地方が抱えている問題だと気がついた地方出身のCくんは、上京した時に感じた都会の格差「チャンスの不平等」を思い出し、IT技術を使って「地方を元気にできるような仕事」を選んだ。箱崎の漁師に「俺らに知恵を貸してくれ」と言われた理系のDさんは、大学生では住民に還元できるほどの知恵はないと長いスパンで還元するために大学院に進み、先進の科学技術を技術者以外の一般の人々にわかりやすく伝える手助けができる仕事を目指している。(早稲田大学学生ボランティアRINC, 2016参照)』


活動地域の特性に合わせたプログラム構築

これらの学びを得るためのサービスラーニングプログラムとしての仕掛けは、岩手県釜石市半島部と南アジア農村とで異なる。例えば、関わりの深さとして、前者は1年から数年に渡って関わり続けることで得られた学びであり、後者は10日間の実習で得られた学びであった。また活動に対する責任として、前者は団体理念や活動目標を自ら設定し活動対象の社会への貢献を責任として感じながら試行錯誤を重ねた上での学びであり、後者は活動対象への理解を目的とした調査や受け入れ先が設定した目標に答える一過性の活動を実施した上での学びである。

 

こうしたサービスラーニングプログラムとしての仕掛けを、活動現場の特性に合わせて構築することで、ここに挙げた東日本大震災で被害にあった地域以外にも、多様な層の学生に深く、長期的な変化をもたらす国内の現場はたくさんあるだろう。それは学生が日常を過ごす地域との距離で決まるものではない。南アジアにあった学生が日常を過ごしている社会との違いや、住民が地域社会の一員として他者と関わらざるを得ない状況は、キャンパス近くの地域を活動現場にも存在する。それを学生が感じるためには、教職員が活動現場の社会の背景や地域社会を見る視点の支援が必要なのではないだろうか。

 

2017年度のボランティア・サービスラーニング・研究会


2017年度のボランティア・サービスラーニング・研究会では、ボランティア教育やサービスラーニングにおける評価について1年かけて考える。初回の413日(木)には、キャンパス近郊を活動現場としたシチズンシップ・スタディーズⅠのプロジェクトを事例に、評価に関わる問いを設定したい。例えば、ボランティア教育やサービスラーニングを評価するためには、実践目標と学習目標をどのように設定するのか、目標達成に向けてどのようなプログラムおよび仕掛けを構築するのか、評価につながるふりかえりにはどのような方法があるのか。International Service learningで得られる学びと成長を、学生が日常を過ごす地域との距離に関わりなく実現できるのか、この1年間、教育実践と研究会で探っていく。ご興味をお持ちの方は、ぜひご参加いただきたい。

 

参考文献

・秋吉恵、河井亨(2016)「大学生のリフレクション・プロセスの探究-サービス・ラーニング科目を事例に-」,名古屋教育研究』、名古屋大学高等教育研究センター, 16p87-109

・早稲田大学学生ボランティアRINC編、秋吉恵 監修(2016)『箱崎半島から見えた未来』早稲田大学出版, p1-142,



サービス・ラーニング|VSL研究会|地域コミュニティ|グローバル|秋吉 恵
  1. 地域と出会う
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