コラム

Column

その人らしく「生きる」ことを支えるために、ボランティアができること  ~ホスピスの現場から~

財団法人 薬師山病院 ボランティアコーディネーター・音楽療法士 岡下 晶子
あなたは、“ホスピス”ということばを聞いたことがありますか?ホスピスという場所を知っていますか?もしかしたら、ご家族や友達など大切な人をホスピスで亡くした方がおられるかもしれません。ことばを聞いたことはあるけれど、どんなところかよく知らない、という方も多いと思います。今日は、衣笠キャンパスから車で約15分と程近く、独立型ホスピスの薬師山病院について、またそこでのボランティア活動についてご紹介したいと思います。そして、少しだけ“いのち”について考えてみてほしいと思っています。

ホスピス(緩和ケア病棟)は、がん(およびエイズ)の末期の方のための病院です。がんは高齢になるほど増える病気ですが、高齢化社会を迎えた日本では、がんにかかる人は2人に1人、がんで亡くなる人は3人に1人となり、決して珍しい病気ではなくなりました。高齢者だけでなく、若い人のがんも増えつつあります。

ホスピスの起源は古く、およそ2000年前から当時のローマ帝国のなかに存在していたといわれています。「疲れた巡礼者のための憩いの家」として、とくに病気の人は手当てをしてもらい、治らない時は死ぬまでやさしく看取られました。ホスピスhospiceはラテン語のhospesに由来し、ホスピタルやホスピタリティー、ホストなどの言葉が派生して生まれました。どれも「温かくもてなす」という意味を含んでいます。

近現代の医療の目覚しい発展のおかげで、それまで不治の病といわれていた病気にも治るものが増えました。しかしその一方で、がんなどの治らない病気の人は、痛みなどのつらい症状に苦しみながら、忙しい病院の片隅で生を終えることが多くなっていきます。そのような状況に心を痛めたイギリスのS.ソンダーズ女史は、がん終末期の苦痛を和らげるために現代医療の専門的知識・技術を使うとともに、温かいもてなしの心をもって最期まで手厚く看るという、ホスピスのマインドと施設を創りました。1967年に世界最初のホスピスが誕生して以来、その理念は瞬く間に世界中に広まり、現在では日本でも270ヶ所ほどが開設されています。薬師山病院もその1つですが、大病院の中の一病棟ではなく、ホスピスだけがある病院です。独立型ホスピスは全国で6ヶ所のみです。

がんなどの大きな病気に罹るということは、本当につらく大変なことです。それまで当たり前にしていたことができなくなり、住みなれた家を離れ、慣れない病院で生活しながら病気や自分のいのちと向き合うこととなります。また家族にとっても、大切な父が、妻が、子どもが病気になるということはどんなに悲しみの大きいことでしょう。ホスピスに入院するということは、自分の、あるいは家族の死が遠くない将来に迫り来ることも意味します。受け入れがたい苦しい選択をして来られているのです。

がん末期の人の痛みは身体だけではなく、不安など心の痛み、生活の心配などの社会的な痛み、死の恐怖や人生の意味への問いなどスピリチュアル(霊的)な痛みが、複雑に絡み合うといわれています。それらの痛みを理解し、和らげ、その人が「その人らしく」残された時間を十分に生きられるようケアするのが、ホスピス、そして薬師山病院の大切にしていることです。

ホスピスでは、医師、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、管理栄養士、心理職などがそれぞれの専門的な視点を持ち寄り、チームを組んでケアにあたります。そして、ここではボランティアも、大切なチームの一員です。ボランティアの役割は身近な「普通の人」。社会から閉鎖的になりがちな病院、孤独感を感じる患者さんや家族へ、やさしい「社会の風」を届けることです。

平日の午後、比叡山が一望できる広々としたサロンにはコーヒーの香りが漂い、柔らかな笑顔でボランティアが飲み物とお菓子をサーブします。「病気になってからゆっくりとコーヒーを飲むことなどできませんでした」「こんなにホッとした時間は何ヶ月ぶりでしょう」。患者さんやご家族からはこのような言葉をお聴きします。好きなコーヒーを飲み、心安らぐひと時を過ごす・・・そのような時間は、病気以外の自分、私らしい私を取り戻し、生きている実感をもつことができるのではないでしょうか。病院の中にそのような時間や空間を生み出せるのは、医療者ではない、ボランティアだからこそ、なのです。

また、お酒も飲めるバーを開きます。懐かしい映画の上映やコンサートも行います。病室に小さな花を届けたり、看護師からの相談でハンドメイドチームが患者さんのパジャマを作り替えたりもします。ホスピスで過ごされる患者さんや家族に、少しでも心が潤い安らぐ時間を過ごしてもらいたい、寂しさを感じないように人の温もりを届けたい・・・ボランティアは、そんな思いで活動しています。患者さんや家族が必要としていることは何か、その中でボランティアができることは何か、そのような視点を大切にしています。

ボランティアコーディネーターである私の役割は、患者さんや家族の望んでいることを知り、スタッフの要望を聞き、ボランティアの力をつなぐこと。ボランティアが持つ力を最大限に活かせるように、それぞれにコミュニケーションをよくとることがとても大事です。そして、患者さんや家族の言葉の後ろにある「気持ち」に耳を傾けるように心がけています。

ホスピスは「死ぬ場所」でしょうか。たしかに、ホスピスに入院された方のほとんどはここで死を迎えられます。しかし、私はホスピスを「死ぬ場所」とは思っていません。最期の時まで、いのちを大切に「生きる場所」だと思っています。私たちがこの世に生まれたということは、実はみんな死に向かって生きているのです。いつか訪れるであろうその時を思って生きることは、「今を大切に生きること」。人生の最後の瞬間まで生きようとされているホスピスの患者さんの姿から、いつも教えられていることです。

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