2017.09.04

スマホで大活躍!超小型マイクロマシンが壊れないのは、なんで?

おはようからおやすみまで、毎日毎日スマホ三昧!電話やメール、インターネットに道案内と、なんでもできるスマホはもはや友達も同然。握られ、振られ、落とされ、暑くても寒くても付き合ってくれるスマホ。こんなに働き者なのに、手のひらに収まるコンパクトなスマホの中身は、一体どうなってるんだろう?その秘密を探りに、理工学部機械工学科の安藤妙子准教授と研究室の中村真也さんを訪ねました。

― さっそくですが安藤先生、最近のスマホってすごいですよね。地図アプリを見れば自分の場所もすぐわかるし、ランニングで走った道なんかも勝手に記録してくれたりします。片手にすっぽり収まるサイズなのに、いったいどうしてそんなことができるんでしょう?

それを可能にしているのが、スマホの中の「マイクロマシン」と呼ばれる、超小型の機械です。マイクロマシンの大きさは、ミリメートル単位から、マイクロメートル単位のものまであります。

― マイクロメートルって、一体どのくらいの大きさなんでしょう? あまりピンとこないです。

1μm(マイクロメートル)は、1mm(ミリメートル)の1000分の1。1nm(ナノメートル)はさらにその1000分の1のサイズになります。1mを地球の直径に例えると、1μmは一般的な気球の大きさ、1nmは一円玉のサイズになりますね。

― 地球から見た一円玉の大きさ! そんなに小さなサイズのマシンが、スマホの中で動いているんですね。

最新のスマホの中には、スマホの動いた距離を測る加速度センサー、傾きを検知するジャイロ、自分のいる高さを知ることができる圧力センサーなどが組み込まれています。カメラのシャッターや電波を受ける部品などもマイクロマシンの一種です。音を検知するマイクロフォンなんて、今では一つのスマホに5つも入っているんですよ。

▲理工学部でマイクロ・ナノスケールの材料を研究する安藤先生

― なるほど、スマホって「小さなコンピュータ」と思ってましたけど、それだけじゃなくて、いろんな機械が入ってるんですね!

はい。マイクロマシンはものすごく小さいですが、機械ですので、内部には動きを捉える「重り」や、変形するバネなどが組み込まれています。だからずっと使っているうちに、壊れる可能性があるんです。

― だとすると……、スマホを設計するときから、ちょっとぐらい乱暴に扱っても、簡単には壊れないようにきちんと考えておく必要がありますね。

その通りです。私の研究テーマである「マイクロマシンに使われる材料の機械的特性評価」は、そうした機器の設計に必要な基礎データを得るための研究になります。マイクロマシンの素材にいちばん使われている「単結晶シリコン」でチップを作り、どれぐらい力を加えると壊れるか、どんな風に壊れるか、繰り返し検証することで、データを集めています。では、実際の検証をお見せしましょう。

▲実験用のシリコンチップ。中央部分に、強度を検証するための、超微細な構造が作られている。

▲チップを実験装置に取り付けているところ。

▲ピントを合わせて、モニターで確認しながら負荷をかける。実験を行ってくれたのは、先生のゼミに所属する大学院生の中村真也さん。

― 細かい作業だなあ……。中村さんは、元々こういうの、得意なんですか?

いや、全然得意じゃないです! 「慣れ」ですよ(笑)

▲モニターで見た拡大映像。左中央のわずかにつながった部分が壊れる様子を観察する。

― ものすごく小さな世界で検証をされているのが良くわかりました! 「シリコン」っていうと、コンピュータのICチップの材料に使われる「半導体」ですよね。

はい。シリコンは大量に地球上にあるためコストが安く、また半導体ですので、一つのチップで電気的な機能とマイクロマシンの機能を持たせることができます。そして面白いことに、通常の目に見える大きさの単結晶シリコンは、ちょっと傷をつけたらパリンと割れるぐらいもろいのですが、マイクロスケールになると、非常に高い強度を持つという特性を持っています。

― 同じシリコンなのに、大きさが変わると、壊れにくくなるんですか?

大きなスケールでは、シリコンの原子間の結合がところどころ抜けていたり、不純物が混じっていたりすることから、結合が弱くなるのですが、小さくなればなるほど、そうした「欠陥」の存在確率が少なくなります。そのため、強度が強くなると考えられています。

― 他にも、シリコンが小さくなることで、なにか変わることはあるのでしょうか?

温度に対する変化も変わってきますね。物体に力を加えると、変形しますが、力を抜くと前と同じ形に戻る変形を「弾性変形」、粘土のようにいったん変形したら元に戻らない変形を「塑性変形」と呼びます。通常、シリコンは700℃ぐらいの高温にならなければ塑性変形が見られないのですが、マイクロスケールでは500℃ぐらいでそれが起こるのです。

― 200℃もの差が生まれるんですね!

マイクロマシンは自動車のエンジンの近くや、産業用機械など、高温の環境下でも使われることが多いので、温度による特性の変化も重要な研究テーマなんですよ。

― うーん、不思議ですね。

マイクロスケールの世界では、本当に不思議なことが起こります。たとえばこれを見てください。シリコンに超微細な「U」の字と、「V」の字の形の、二種類のき裂を入れます。これを引っ張った時、どちらが壊れやすいと思いますか?

― 「V」の形のほうが、切れ込みが鋭いので壊れやすそうですが……。

100人に聞くと、100人の方がVを選びますね。ナノスケールでは面白いことに、試験片の厚さが150nm(ナノメートル・1ナノメートルは10億分の1メートル)のときは「V」が壊れるのですが、100nmになると、なぜか「U」のほうが先に壊れるんです。

▲「V」と「U」の形のき裂を入れたシリコンの拡大図。試験片の厚さが一定以下になると、壊れ方が変化する。

― へー! いったいどうしてですか?

まだ詳しいメカニズムはわかっていません。恐らく、シリコンの結晶の中にある、原子の並びがちょっとズレた部分(「転位」と呼ばれる)の影響だと考えています。「転位」は、物体を(ぐにゃっと)伸びるようにすることもあれば、逆に強度を高めることもあり、そのメカニズムが解明できれば、より強い素材を作ることにつながると考えています。

― このマイクロマシンの研究の応用先としては、スマホのほかにどんなことが考えられるのでしょうか?

まずいちばんに期待されるのが、医療への応用ですね。カテーテル手術に使われる機材の材料開発などが期待されるほかに、新しい薬を作るための実験機材もマイクロマシンで作れば、使う薬剤の量を圧倒的に少なくすることができます。薬剤が少ないということは、反応時間も少なくなりますから、沢山の実験が短期間で可能になるはずです。

― それは是非とも実現してほしいですね。

その他にも面白い研究では、マイクロマシンでジェットエンジンを作る研究なども海外の大学では行われています。それから変わったところでは「紐状になったDNAが一本だけ通れる穴を、シリコンで作って欲しい」という依頼が、生命科学の研究者から寄せられています。マイクロマシンの技術は、あらゆる産業にこれから応用されていくはずです。

― なるほど、ジェットエンジンみたいな大きなものから、DNAレベルの小さなものまで、可能性は幅広いですね!
最後に、安藤先生、中村さん、それぞれが感じているこの研究の面白さを教えてください。

学部時代から、スマホをはじめ日常生活にマイクロマシンはすでに溶け込んでおり、関心がもともとありました。研究室を選ぶときに、安藤先生が「実験が多いので、とにかく動ける人が必要」と聞いて、考えるより先に体が動くタイプの自分は向いているかなと思いました。卒業後は、工作機械の設計の仕事に就きますが、この研究室で学んだことで、見識が大きく広がったと感じています。

中村くんの話にあったように、私の研究は実験が何よりのベースなので、体を動かすことにいとわない人が向いています。実験の繰り返しは一見地道ですが、想像もつかなかった結果が出てきたときは、驚くと同時に非常に大きな嬉しさとやりがいを感じます。マイクロスケールの物質の特性は、まだわからないことが沢山あるので、ぜひ興味をもった学生さんに、研究室を訪ねていただけたらうれしいですね。
立命館大学 理工学部

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