2019.01.28

歌がもっと上手くなりたい!声をあやつる秘訣はどこにある?

歌手が高音域の旋律を魅力的に聴かせる「ファルセット(裏声)」や、モンゴルの人々が歌う空気を震わせるような「ホーミー」など、人の声は驚くほどのバリエーションを持っています。いったいそれらの声が発声されているとき、声の源である「声帯」ではどのような現象が起こっているのでしょうか? 立命館大学理工学部で「振動と同期」を研究する徳田研究室に所属し、ともに音楽好きの本田さんと大塚さんが、その秘密に迫ります。

上手にファルセット(裏声)を出したい!

ある日のびわこキャンパス、理工学部の学生ラウンジ。アコースティックギターの美しい響きに合わせて、流行りのJ-POPのバラードを練習しているのは、理工学部4年で音楽サークルに所属する本田拓人さんです。練習中の本田さんのところへ、サークルと研究室の先輩である大塚泰介さんがやってきました。

あーあーあー♫ うーんちょっと、ここのファルセット(裏声)が上手く出ないな。
やあ、今日もがんばって練習してるな。

▲理工学研究科修士2回生の大塚泰介さん(右)と理工学部4回生本田拓人さん(左)は音楽サークルの先輩後輩という間柄

あ、大塚先輩。教えてもらったこの曲、来週の駅前のストリートライブで演奏したいんですけど、なかなか原曲通りの高さで声が出ないんですよね。
それはもしかすると、「声帯」がまだうまく使えていないのかもしれないね。
声帯…ですか?
人の声は、肺から流れる空気が声帯を震わせることで音声になることは知ってるでしょ。バイオリンやギターの弦は、ぴんと引っ張られたテンションが高いほど高い音が鳴るけれど、人の声も声帯の筋肉が伸び縮みすることで、高くなったり低くなったりするんだ。そうだ、実験室で僕が作った人工声帯のモデルを見せてあげるよ。

声帯から音が出るメカニズムを解明!

▲何やらたくさんのチューブがつながれた、アクリル製の物体。これで声帯の動きを再現するらしい

これがいま実験中の声帯のモデルだよ。ボンベから空気が送られると、声帯の筋肉を模したこの透明の柔らかいシリコン素材がブルブル震えて、音が出るんだ。ちょっとやってみよう。

▲パイプから空気が送られると声帯のモデル素材が細かく振動して、「ボアーッ」という大きな音が出る

人間の声帯もこんなふうに震えて発声しているんですね! それにしてもこんなブザーみたいな音が、人のきれいな歌声になるんだから不思議だなあ。
面白いよね。まず声を出さずに呼吸しているとき、人の声帯は開いているんだ。意識して声を出してみると、喉の筋肉が動いて声帯が閉まるのががわかるはずだよ。ふつうの「地声」を出すとき、左右の声帯は筋肉の動きでぴたっと閉じて、下からの空気の圧力を受けて振動する。そうして作られた基本の音は、口腔内や鼻腔、それに喉のなかの空間で共鳴することで、さまざまな音に変化するんだ。アコースティックギターに穴が開いているのも中の空間で弦の音を共鳴させるためだけれど、それと同じ仕組みだね。

ファルセット(裏声)の仕組みはどうなっているの?

ファルセット(裏声)を出すときは、声帯はどんなふうに動いているんですか?
さっき地声を出しているときの声帯はぴたっと閉じていると説明したけれど、それに対して「ファルセット(裏声)」は、左右の声帯が少し接触するぐらいで、表面だけが振動するんだ。

▲地声と裏声の声帯の違い

▲地声と裏声の声門面積の変化

地声のときの振動は「高調波」という波形なのに対して、裏声は「正弦波」という波形に近くなる。僕の研究の目的は、声帯の形によって変わる、空気の圧力分布の変化を測定することで、実際の人の声が出るときのメカニズムをより詳細に解き明かすことなんだ。
へぇ。この研究が進んでいけば、歌以外にも色々なことに役立ちそうですね。
そうだね。たとえば人の正常な声は、声帯が左右対称に同期して振動することで発声される。ところが喉にポリープなどができたり、老化が進むと、声帯の左右対称の動きが崩れて、その結果、しわがれ声になってしまうんだ。
声帯から音が出るメカニズムが詳細にわかれば、喉頭ガンなどの手術の際に「どれぐらい切除すれば、発声が可能になるか」事前に予測ができるようになるし、病気で声を失ってしまった人に役立つ人工声帯などの開発にもつながるはずだ。

声帯は鍛えられるの?

あーあーあー♫ うーん、なかなか難しいですね 笑。声帯の動きを鍛えることはできるんでしょうか?

もちろん。プロの歌い手は天性の喉の性質に加えて、ボイストレーニングでさまざまな声帯の振動法をマスターしているから、多種多様な歌声を響かせることができる。さらに声帯の上には「仮声帯」と呼ばれる組織があるんだけれど、モンゴルのホーミーや「喉歌」と呼ばれる特殊な歌唱法では、その「仮声帯」を声帯とともに振動させることで、「倍音」を出していると言われているんだ。
へえ! 歌手のなかでも天才的な人は、一人で歌っているのに二人が同時に歌っているように聞こえるときがあります。それももしかしたら、声帯の使い方を訓練することで、倍音を上手に出しているのかもしれませんね。
声帯も筋肉だからね。トレーニングすることで上手にコントロールできるようになるってわけ

自然界にある「リズム」

声帯が震えて声が出るということはなんとなく知られているけど、奥深いなぁ。
そう、その「なんとなく」を実験によって明らかにするのが研究の醍醐味。予測通りの計測結果が出るとめっちゃ嬉しいよ 笑。

▲2人を指導している徳田教授

私たちの研究テーマは大きく言うと「振動と同期」です。人間などの生命や、自然界の現象の多くには、安定して規則的にくりかえされる「リズム」が幅広く見られます。声帯が震えることで起こる「発声」もその一つですね。
他にはどんなリズムがあるんですか?
振動現象には、脳神経系ニューロンの発火活動や、ホタルの発光、体内時計、心臓の拍動などがありますね。そうしたさまざまな「リズム」が音楽のオーケストラのように集まり、共鳴することで複雑で豊かな自然現象が私たちの身の回りで起こっているのです。
機械工学でも安定したリズムを打つ振動子や、正確な時を刻む時計の開発は、基盤技術となっていますね。
そう。この研究室では、そうした自然界で見られるリズム現象を、非線形力学などの数理モデルを駆使して理解を深め、新たな工学システムへとつなげていくことを目指しています。

研究室は多数の海外の研究機関ともネットワークを持っています。大塚くんも昨年、約2ヶ月間にわたってフランスのグルノーブルにある大学に留学して、向こうの第一線の研究者と共同研究を行いましたね。地球の反対側にいる研究者と同じテーマに取り組み、協力しながら未知の事象を解き明かしていく面白さを、みんなには味わってほしいですね。
立命館大学 理工学部 立命館大学研究活動報 RADIANT

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