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可能性としてのテレビゲーム

 私は今米国コロラド州の静かな学園都市ボウルダーに住んでいる。近所に住む小柄な少女がもっていた傘には漢字で「寿」と書いてあった。私がその読み方を教えてあげると、その子は公園の方に駆けていってこんどは何人かの友達を連れてきた。ポケモンカードをしっかりと握りしめながら。「あなたは日本人?これなんて読むの?」。少し急いでいたので適当に切り上げようとすると「月にかわってお仕置きよ」*1とやられてしまった。「かめはめ波」*2をくらったことも一度や二度ではない。

 おそらく多くの日本人は、今私たちが世界に送り出している新しい遊びの文化が、どれほど大きな影響を世界の子供たちに与えているか気づいていないだろう。フジヤマ/ゲイシャ、ホンダ/ソニーに続く第3の日本の顔は、ゲーム/アニメなのだ。そして前の2つとの根本的な相違は、それが日本人の日常生活や歴史観や価値観をストレートに表現している文化的な商品、それもソフトウェアあるいはコンテンツであるという点だ。「日本人ってどんなヒトたち?」ということそのものが、エキゾチックな興味本位でなく、クルマや家電デザインの背景としてでもなく、始めて世界の関心の対象となっている。

 子供たちがそれほどおもしろいと言うのならば、テレビゲームは子供たちの挑戦心や好奇心の発現をアフォード(相互作用によって創出)する何かをもっているに違いない。私は、五感に直接に訴求するメディア特性、双方向で瞬時的な反応、イマジネーションの喚起、絶え間ない緊張と緩和、参加可能で変化する物語性、などがそうではないかと考えている。もちろん、これらの要素はテレビゲームに限るものではなく、現在のコンピュータのハードウェアとソフトウェアが持つ潜在的な可能性を最も素直に引き出したところに生まれる総合的なデジタルの力だ。

 しかし、残念なことに、きちんとしたアカデミズムはテレビゲームの可能性や問題点について議論する構えをいまだ持ちきれていない。今年4月の「ジャーナル・オブ・パーソナリティ・アンド・ソーシャル・サイコロジー」誌に掲載された「ビデオゲームと攻撃的振る舞いの因果関係」についての調査研究*3のように数少ない例外もあるのだが、その取り上げられ方には違和感を感じざるを得ない。もちろん私は心理学の専門家ではないし、この論文のしっかりした科学的構成や内容をけなすわけではないが、「バイオレンスゲームが攻撃的振る舞いを助長させている」という結論部分だけが、デンバー郊外のコロンバイン高校で1年前に起きた乱射事件などに言及しながら広くマスコミに紹介されているのだ。まるで事件の真犯人を捜し当てたとでも言うように。

 今どきのゲームクリエイターが、コンピュータのもつ大きなパワーを最も際立つように作り込もうとする時に、派手な暴力をテーマとする傾向があることは否めない。より刺激的な新作を求めるユーザーのニーズがあるのも事実であろう。このような、作り手、売り手、あるいは買い手の姿勢に対する批判はあってもよいし、そのための手堅い根拠として上記のような学術論文が注目されるのもしかるべきであると思う。しかし、テレビゲームという総合的なマルチメディアソフトのもつ可能性は、ゲームの内容や主題とは別だと思うのだ。少なくとも、そのようなテーマを議論したり研究したりするアカデミックな場所があるべきではないかと考えている。2年前に京都で立ち上げた産官学協同のGAP(ゲームアーカイブ・プロジェクト)*4はこのような思いで進めている。もちろん主役はファミコン第1世代を自認する学生たちだ。

 若い世代が「おもしろい遊び」以外にテレビゲームに対して感じている可能性は、まず教育分野への応用のようだ。確かに、学級崩壊に代表される初中期教育システムの制度疲労への応用は考えてみる価値があるし、高等教育の分野でも、ベンチャービジネスや国際的な政策立案などの実践的なテーマは書籍だけでの勉強に大きな限界がある。ゲーミングやシミュレーションを応用したトライ・アンド・エラーの学習効果は大きそうだ。いずれにしても、子供たちが未来からの留学生である以上、彼らに浸透したアフォーダンス(環境に埋め込まれた情報)はいやでも近い将来のデジタルライフの中で大きな意味を持ち始めるに違いない。特に大きなポイントになるのは機械やコンピュータとのインタフェースだろう。ややこしいボタン操作やマニュアルなしでは使えないような機能は相手にされない。十字キーには反応するかもしれないが、ウィンドウやマウスはだめかもしれない。彼らは声に出してこんなふうに言いたいのだ。「やあソニック*5、ちょっとあれをやってくれないかなー、できれば6時頃までに。」

*1 人気アニメ「美少女戦士セーラームーン」の決めセリフ。

*2 人気アニメ「ドラゴンボール」の主人公、孫悟空の使う決め技。

*3 C. A. Anderson and K. E. Dill, "Video Games and Aggressive Thoughts, Feelings, and Behavior in the Laboratory and in Life", JOURNAL OF PERSONALITY AND SOCIAL PSYCHOLOGY, Vol. 78, No. 4, April 2000.

*4 http://www.gamearchive.jp/gap/

*5 セガの人気ゲームソフトのキャラクター。




立命館大学助教授 細井浩一
1958年金沢市生まれ
経営情報学、情報ネットワーク論
ゲームアーカイブ・プロジェクト代表
米国コロラド大学客員研究員
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掲載紙:『読売新聞』 2000年7月12日夕刊