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ゲームアーカイブの意義と展望

 アメリカに来てから特に感じることなのですが、子供たちの間でテレビゲーム(こちらではvideo gameといいますが)が大人気なのはもちろん、テレビの子供用チャンネルをつけると、ゴールデンタイムには日本製のアニメーションが盛んに放映されています。それらの子供たちへの影響力の大きさは、おそらく多くの日本人の想像をはるかに超えたものだと思います。私たちは、まずこの点を考えていく必要があります。私たちが、世界の若者たちに送り出しているものはなんなのか、ということです。

 マルチメディア社会を経済的な側面から考えると、コンピュータのCPUやOS、あるいはインフラとしてのインターネットばかりに目がいきますから、アメリカ企業の存在感ばかりが強調されますが、社会的、文化的な側面から考えるとむしろコンテンツが重要です。そのコンテンツとしては、やはり、日本のゲームやアニメーション、コミックが非常に大きな存在感を有しています。しかし、その反面、それを送り出している日本人には一種のサブカルチャーくらいのイメージしかない。とんでもない話です。それらは世界の次世代を担う若者たちのメインカルチャーなのです。

 このように考えると、私たちが取り組むべき問題がはっきり見えてきます。テレビゲームをとってみれば、良くも悪くも新しいメディアとしてのテレビゲームとその影響をきちんと、まじめに、様々な専門分野から研究していくアカデミックな場が必要です。そして、ゲームを製作するサイドの方たちもまきこんで、「前作よりもおもしろく、刺激的なものさえつくればよい」というスタンスではなく、そのソフトに埋め込まれた明示的、非明示的な文化やメッセージをきちんとユーザーに説明できるような製品作りをしていく必要があるのではないでしょうか。もっとアカウンタビリティのある商品になっていかなければならないということですね。

 そうでないと、現在私のいるコロラド州で起きた不幸な事件(高校における銃乱射事件)のようなケースにおいて、事件を引き起こした2人の内1人がテレビゲームのマニアだったことがことさら強調され、大統領命によって事件との相関関係が調査されるというような、スケープゴート的な扱われ方をされる危うさがあります。おそらく、事件の本質は簡単にテレビゲームに還元できるようなものではないでしょう。

 また同時に、これだけ文化の異なる国々の若者になぜ共通してテレビゲームが人気なのかという点についても、もっと積極的に考えていくべきだと思います。おそらく、言葉や文化が異なっていても、世界的な共通言語になり得るなにかがあるからだと考えられます。その「なにか」をきちんと考えていくことは、テレビゲームをただの「遊び」という枠を超える応用領域をもつものに発展させていくことになるでしょう。今回のイベントgame++では、教育や福祉、文化芸術という観点から、このような問題意識をお持ちの研究者にお話をいただきました。

 このような意味において、ゲームのアーカイブ、すなわちソフト現物の収集と参照の仕組み自体になにか重要な意義があるわけではありません。ゲームアーカイブはインフラであり、必要な道具立てです。それだけがあってもだめです。それを活用するヒトが集まる「場」ができるかどうか、そしてそこで上のような問題領域がきちんと設定され、ヒトが考え、議論し、知識や知恵を共有していくことができるかどうかが大きなポイントだと考えています。

 現在ゲームアーカイブプロジェクトの中心になっている若い学生たちは、テレビゲームのユーザー第1世代というべきポジションですが、もう少し上の世代はテレビゲームを最初に送り出して確立させた世代であり、もう少し下の世代は物心付いたときからテレビゲームのあったエンドユーザー世代だと思います。ユーザー第1世代としての学生たちは、彼らの世代的な問題領域として「ゲームはなぜおもしろいのか」、「ゲーム図書館は可能か」などの課題を設定して取り組んでいますが、その上下の世代にはまた違った角度の問題意識があるように感じています。これからのプロジェクトの大きな課題は、それらの幅広い世代を巻き込んで、どのようなゲーム的問題領域を発見していくか。そして、その解決のためにどのような研究と実践が必要かを考えていくことにあります。

 最近は、ホームページの効果で、いろいろな地方のいろいろな方からプロジェクトに関する賛同や意見をいただくようになりました。中には京都に住まいを移して参加したいという意欲的な方もおられます。現在プロジェクトは、京都府さんとKRPさん、ゲーム関連企業さんと立命館大学の産官学体制で進められており、お預かりしているゲームソフトの著作権など、社会的に充分な合意とルールが確立していない問題もありますから、なかなかオープンな動き方が難しいという状態です。ゲームについてそのような熱い思いをお持ちの方々をはじめ、幅広い方々ににどのような形で参加していただくか、GAPが目指す公共性、公開性ということをどのような形で実現していくか、ということがこれからの大きな課題だと思っています。




立命館大学助教授 細井浩一
1958年金沢市生まれ
経営情報学、情報ネットワーク論
ゲームアーカイブ・プロジェクト代表
米国コロラド大学客員研究員
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掲載紙:『週刊京都経済』第429号、1999年11月29日