科学・技術開発と研究倫理(1)

軍事研究の拡大の中、あらためて大学の姿勢が問われている


兵藤友博

   軍事における際限のない「技術的優位」をねらう「安全保障技術研究推進制度」

 最近、話題となっている社会的問題に「安全保障技術研究推進制度」(2015年度以降)がある。 これは、防衛装備庁が進捗を管理する防衛装備品の開発、すなわち軍事研究という指向性をもっ た「委託研究制度」である。装備庁は基礎研究としているが、将来にわたって基礎研究分野にと どまるものではなく、装備化を目途とした「目的基礎研究」である。実際、防衛装備庁のスタッ フ(プログラムオフィサー)が大学等に訪れて研究の進捗を管理する。明らかに軍事研究の性格 をもつものである。

 また、推進制度においては「研究の成果」は公開、今年度にあっては「研究の自由」は制限され ることはない、特定秘密にはならないとしている。これは昨年の学術会議の後述の検討委員会に おいて防衛装備庁のスタッフが参考人として招致された際に追求され、追加措置として装備庁は 研究者を安心させるために示したものである。識者は実際にどう扱われるのか、早計であると指 摘してもいる。なお、厳密に解釈すると「研究の成果」の公開として、「研究」の公開としては 表現していない。

 なお注意しなければならない点は、防衛装備庁「装備品の研究開発の方向性」によれば、「一歩 先んじた技術力の保持、『技術的優位』の確保のため、将来の研究開発の指向性を示す技術戦略 のあり方について検討を進めます」と、「技術的優位」を掲げており、これは冷戦時代の「力の 均衡」「力の抑止」を彷彿とさせる、際限のない「防衛装備品」の開発を目途したものである。

 大学・研究機関を巻き込んだ「軍産官学の研究体制」づくり

 もちろん軍事研究は、これまでにも防衛装備庁・技術研究本部を拠点とした技術交流、米軍資金 などもあった。そうした事情からすれば、なぜこの「安全保障技術研究推進制度」がことさらに 問題となるのか。

 実は、政府は2013年12月「防衛計画大綱」を閣議決定し、その「防衛力の能力発揮のための基盤」 の節に「研究開発」の項を設けて、「安全保障の観点から、技術開発関連情報等、科学技術に関 する動向を平素から把握し、産学官の力を結集させて、安全保障分野においても有効に活用し得 るよう、先端技術等の流出を防ぐための技術管理機能を強化しつつ、大学や研究機関との連携の 充実等により、防衛にも応用可能な民生技術( デュアルユース技術) の積極的な活用に努める とともに、民生分野への防衛技術の展開を図る。」と記した。

 また、「知的基盤の強化」の項では、「国民の安全保障・危機管理に対する理解を促進するため、 教育機関等における安全保障教育の推進に取り組む。また、防衛研究所を中心とする防衛省・自 衛隊の研究体制を強化するとともに、政府内の他の研究教育機関や国内外の大学、シンクタンク 等との教育・研究交流を含む各種連携を推進する。」としている。

 要するに「安全保障」の名の下に、「防衛技術」の「研究開発」ならびに「安全保障教育」を大 学・研究機関との連携で推進することを指針として盛り込んだ。

 そしてまた、2015年6月「科学技術イノベーション総合戦略2015」を閣議決定し、「総合科学技術 ・イノベーション会議は、科学技術政策とイノベーション政策の一体化に向け、他の司令塔機能 (日本経済再生本部、規制改革会議、国家安全保障会議、まち・ひと・しごと創生本部、IT総 合戦略本部、知的財産戦略本部、総合海洋政策本部、宇宙開発戦略本部、健康・医療戦略推進本 部、サイバーセキュリティ戦略本部等)との連携や我が国の科学者の代表機関である日本学術会 議との連携を強化するとともに、府省間の縦割り排除、産学官の連携強化、基礎研究から出口ま での迅速化のためのつなぎ、・・・・会議自らが、より主体的に行動していく」と書き込んだ。総合 科学技術・イノベーション会議は日本の科学・技術政策を統括する内閣府の機構のことであるが、 ここにはかつて日本の「学者の国会」とよばれた、内閣府の機構の一つ「日本学術会議」も含め、 国家安全保障会議などの府省連携を強化するとしており、学術界をも一挙に巻き込もうと策して いる。

 さらに、昨年2016年5月の閣議決定「科学技術イノベーション総合戦略2016」では、「第5期基本 計画の社会的課題の一つには『国家安全保障上の諸課題への対応』が位置付けられているため、 安全保障関係の技術開発動向を把握し、俯瞰するための体制強化とともに国及び国民の安全・安 心を確保するための技術力強化のための研究開発の充実が求められる」とし、安全保障の観点か らの「技術力強化」「研究開発の充実」を確認している。

 なお、日本経済団体連合会も2015年9月、「防衛産業政策の実行に向けた提言」の中で、「防衛 省が関係省庁と連携した研究開発プログラムも重要である。来年3月に策定される第5期科学技術 基本計画の検討においてもデュアルユース(軍事・民生両用)の重要性が指摘されており、政府 の科学技術政策において、デュアルユース技術の開発を推進すべきである。・・・・また、基礎研究 の中核となる大学との連携を強化すべきである。その際、大学には、情報管理に留意しつつ、安 全保障に貢献する研究開発に積極的に取組むことが求められる。本年度から、防衛省が大学等を 対象として実施する安全保障技術研究の拡充も必要である。」と記し、歩調を合わせている。

 このように府省連携、経済界との連携の下、安全保障技術研究推進制度を基軸に、防衛技術の研 究開発、防衛産業の拡充を図ろうとしている。これはかつての戦時体制下の国家総動員と同一と はいわないが、それに類似した仕組みの形成で、「新たな軍国主義」づくりが閣議決定の形をと って進められようとしている。

 「研究推進制度」のこれまでの採択状況と大学の対応の現局面

 さて、すでに報道されているように、「安全保障技術研究推進制度」は、2015年度総額3億円、 応募109件(うち大学58件)、採択9件(うち大学4件:神奈川工科大、東京電機大、豊橋技術科 学大、東京工業大/国立研究開発法人3件:理研、宇宙航空研究開発機構、海洋研究開発機構/ 企業2件:富士通、パナソニック)、および2016年度総額6億円、応募44件(うち大学23件)、採 択10件(うち大学5件:大阪市立大、東京理科大、東京農工大、北大、山口東京理科大/レーザ ー技術総合研究所1件、物質・材料研究機構2件/企業2件:NEC、三菱重工)であった。ちなみに 2017年度は2015年度に対して2016年度は応募件数が半減4割となったにもかかわらず、総額110億 円が概算要求として膨らんだ。より潤沢な資金を提供して、大学・研究機関の取り込みを図ろう としている。

 こうした研究の軍事化を危惧して、関西大は安全保障技術推進制度の申請禁止を、法政大は「当 分の間認めない」、近隣では滋賀県立大は「本学の研究理念等に抵触する可能性がある公募制度 への応募等における可否判断基準」を策定し、戦争や軍事を目的とする研究などを行わないよう 告知した。

 マスコミ等の調査をもとに筆者が集計した暫定的なもの(2017年5月時点)であるが、(軍事 研究を)認めない大学29校、認める3校、審査による17校、未決18校で、その実態はさまざまで あるが、今後見直すところもあり途上段階にある。

 筆者が所属する立命館大学の研究倫理指針(2007年)には「人類の未来を切り拓くために、 学問研究の自由にもとづき真理の探求と人類的諸課題の解明に邁進し、教育・研究機関として 世界と日本の平和的・民主的・持続的発展に貢献する」と記され、学外交流倫理基準も策定され ている。しかしながら、軍学共同の新しい段階に立ち至った状況において、確かに理解を深める 懇談会の実施、またマスコミ対応が研究部を中心に行われているが、大学としては今次の推進制度 問題を捉えた意思表明をするには到っていない。この軍事と学術との構造的事態を前に、「安全 保障」を名分に迎合するのか、人類の平和と福祉に寄与するのか、社会選択が問われている。

 日本学術会議の二つの決議と今次の声明の精神

 さて、この軍学共同、軍産官学連携づくりの軍事研究問題に対して、昨年来、日本学術会議がどの ような声明を発するかということが焦点であった。ご存知の方もいられると思うが、学術会議は 二次大戦後の1950年第6回総会で、次のような声明を決議した。「再び戦争の惨禍が到来せざるよ う切望するとともに、さきの声明を実現し、科学者としての節操を守るためにも、戦争を目的と する科学研究には、今後絶対従わないというわれわれの固い決意を表明する」。また、1967年49 回総会では、「軍事目的のための科学研究は行なわない声明」では、「改めて、日本学術会議発足以 来の精神を振り返って、真理の探究のために行われる科学研究の成果が又平和のために奉仕すべき ことを念頭におき、戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わないという決意を表明する」 と決議した。

 これらの決議の趣旨は、先の世界大戦において、科学者は軍事動員され、その協力は様々であっ たであろうが、その結果はおびただしい人命の殺戮を含む戦争災禍を引き起こした。その軍事( 戦争)と科学研究との構造的関係、即ち科学・技術の軍事動員を見直し、科学を平和と人類の福 祉のために貢献するべきとの歴史認識を確認したものである。

 日本学術会議は昨年、「安全保障研究」と称して大学等を軍事研究に巻き込もうとする、この推 進制度問題を検討する「安全保障と学術に関する検討委員会」を設置した。そして、関連の研究 者ならびに防衛装備庁のスタッフ等を参考人として招致して審議した。今年1月には「中間まと め」を整理し、翌2月には一種の公聴会ともいうべき「フォーラム」を開催した。小生も意見表明 の一人加わったが、これを受けて検討委員会は、「安全保障技術研究推進制度」に端を発した軍事 研究問題について、両論併記を排して、学術研究の健全な発展を阻害するものとの懸念を表明し た基本方向を確定した。ついで、翌3月には検討委員会は「声明」案をまとめ、3月24日の学術会 議幹事会でこれを決定した。4月には声明の趣旨を説明する報告書を確定し、学術会議総会で報告 するに至った。

 なお、声明の趣旨について示す。第一に「軍事的な手段による国家の安全保障にかかわる研究が、 学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にあること」から先の二つの声明を「継承」するとし、 第二に「研究の期間内及び期間後に、研究の方向性や秘密性の保持をめぐって、政府による研究 者の活動への介入が強まる懸念がある」、

 第三に、研究推進制度は「将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行 われ、・・・同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しく、問 題が多い」、

 従って、第四に「まずは研究の入り口で研究資金の出所等に関する慎重な判断が求められる。大 学等の各研究機関は、施設・情報・知的財産等の管理責任を有し、国内外に開かれた自由な研究 ・教育環境を維持する責任を負うことから、軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究 について、・・・技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである」、

第五に「研究の適切性をめぐっては、学術的な蓄積にもとづいて、科学者コミュニティにおいて  一定の共通認識が形成される必要があり、個々の科学者はもとより、各研究機関、各分野の学協 会、そして科学者コミュニティが社会と共に真摯な議論を続けて行かなければならない」として いる。

 教学理念「平和と民主主義」の歴史認識が改めて問われる時代を迎えている

 日本の科学・技術政策の転機は科学技術基本法の制定、科学技術基本計画の実施である。以来20 有年になるが、研究領域の重点化政策の下、官民を問わず競争的資金が拡大された。また、その 一方で国立大学においては運営費交付金がこの間10数%低減され、ならびに私学助成は1980年の 29.5%をピークに近年は11−12%の水準に抑制され、助成総額に占める特別補助すなわち競争的資 金枠が拡大している。

 日本の大学・研究機関は、こうした事態を受けて外部資金獲得競争に躍起になってきたともいえ ようが、はたして研究の質、教育の質は担保されてきたのか。文部科学省の科学技術・学術政策 研究所「日本の科学研究力の現状と課題ver.4」(2016年11月)によれば、日本は、論文数が伸び悩 み、被引用数の多い論文(Top10%、Top1%補正論文数)で伸び率は相対的に低下したと指摘され、 この間の科学技術基本計画を中心とした重点化政策の影響ではないか。さらに経費を無駄に使い かねない軍事研究へと傾斜せんとすれば、一層厳しい情況に追い込まれよう。

 単に研究資金を獲得すればよいのか。産学連携のあり方も検討しなければならないが、この軍学 共同を推進する研究推進制度は、大学における研究、教育の質、ひいては学問の府としての大学 の方向性に関わって、外部資金の受入れに対して根本的な問題提起している。いうならば、21世 紀の学術を、軍事と戦争ためではなく、引き続き人類の平和と福祉に寄与させるものとするのか の「歴史的分岐点」にある。

 戦後、立命館大学は、末川博氏を総長に迎え、第二次世界大戦と十五年戦争に対する深い反省に 立って、憲法と教育基本法に基づく「平和と民主主義」を教学理念として掲げた。その意味で、 この教学理念は先進的である。先頃刊行された『世界』2017年2月号に、学術会議副会長の井野 瀬久美恵氏(甲南大学)が、論稿「軍事研究と日本のアカデミズム――学術会議は何を「反省」 してきたのか」を寄稿している。その中で末川博は、先に紹介した学術会議の決議作成にあたって、 重要な役割を果たしたと記している。

 この軍学共同問題は、大学の構成員一人ひとり、また学部や研究科、研究室がどのような姿勢で 臨むのかという、立命館ならずとも広く大学人の認識・態度を問うている問題でもあるが、教学 理念「平和と民主主義」をもつ立命館大学としては、安全保障技術研究推進制度が防衛装備庁の 下で展開される事態を迎えた今日、改めてその歴史認識が問われている。

 注、以上の記事は『オールRits通信』No.20(2017年6月8日)から転載したものであるが、 学外公表に当って一部加筆修正した。

 なお、日本学術会議の「総会」「安全保障と学術に関する検討委員会」の配布資料・速記録は、 同会議の関連Webページに掲載されている、参照されたい。




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