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1998年11月に第三回世界平和博物館会議(@立命館大学国際平和ミュージアム)と同時開催された |
| 平和博物館関連のサイト 順不同 | ||
| 立命館大学 国際平和ミュージアム |
安齋育郎が館長を務めている、平和博物館。立命館大学の教学理念でもある「平和と民主主義」のための研究や教育をいっそう発展させることを目的として開設された | |
| Hiroshima
Peace Site= 広島平和記念資料館 |
Web上で、被爆資料、平和宣言、データベース等を展示している | |
| A‐Bomb WWW Museum | プロジェクトの目的: 広島に最初に落された原爆についてに正確な情報を提示することこの出来事から何を学ばなければならないか、なぜそのような全体破壊兵器が二度と使われてはならないかという建設的な議論の文脈を提示すること | |
| The Japan Peace Museum 平和博物館 | 「平和博物館を創る会」がインターネット上に開設したバーチャル平和博物館。フォトギャラリーや関連ドキュメントが充実 | |
| 1982年、「核兵器廃絶平和都市宣言」を行なった川崎市が平和事業の集大成として設立。現代の戦争と平和についての展示の他、戦争以外の平和を否む要因を「もう一つの戦争」として平和を広く解釈した視点で展示を構成 | ||
| 「県民に戦争の悲惨さ及び平和の尊さを伝えることにより、県民の平和に対する意識の高揚を図り、もって平和な社会の発展に寄与する」ことを目的に、第二次世界大戦における世界や日本の動きの中で埼玉県からの視点を重視した展示構成となっている | ||
| 高松空襲などの戦争体験などから、戦争の悲惨さと平和の尊さを訴え、平和を願う市民の心を永久に継承していくために設置された。戦前・戦中・戦後を家族の情景から見た展示となっている | ||
| 長崎原爆資料館 | 平和宣言、被爆資料等を公開。被爆資料を通じて平和を訴える。被爆の惨状、原爆投下への経過、被爆から現在までの長崎の復興の様子、核兵器開発の歴史、平和希求など、ストーリー性のある常設展示 | |
| 沖縄戦の歴史的教訓を正しく次代に伝え、恒久平和の樹立に寄与するために設立された。沖縄県民と沖縄戦を住民の視点や「沖縄のこころ」との関わりで捉えた展示 | ||
| 地球市民かながわプラザ | 次の世代を担う子どもたちの豊な感性を育むとともに、国際理解を深め、地球規模の課題や国際平和について、日々の暮らしの中で考え、身近なところから行動する地球市民としての意識を培う場として、また、国際交流や国際協力の活動を支援する立場として設置された。『こどもファンタジー展示室』、『子どもの国際理解展示室』、『国際平和展示室』を擁する | |
| 平和資料館 草の家 | 平和と教育、環境問題を考える民立民営施設。平和教材の市民への貸しだしなども行なうほか、「自然は平和の最良のモデル」として、自然に学び、自然と共生できる生活を作り出す活動を行なっている。草の根運動の一つのセンターとしての役割を果たしている | |
| 佐喜眞美術館 | 「人間を破壊するものへの怒り」を描く画家たちの作品を集めた美術館。「生と死」「苦悩と救済」「人間と戦争」をコレクションのテーマとしている | |
| 岡まさはる記念 長崎平和資料館 |
日本の過去の加害行為と戦後の無責任性の告発に生涯を捧げた故岡正治氏の遺志を継ぎ、史実に基づいて日本の加害責任を訴えようとする市民の手で設立された資料館 | |
| 鳴門市ドイツ館 | 第一次世界大戦時に俘虜となったドイツ兵(板東俘虜収容所)と地元民との交流の歴史を展示している | |
| 丹波マンガン記念館 | 丹波マンガンの生成、開発の歴史、マンガンの利用などにかかわる資料を収集・展示。また、坑内の作業を再現することによって、丹波マンガンの全体像を後世に伝えようとしている。 あわせて、マンガン鉱床に朝鮮人を強制連行した戦争責任を問う | |
| 静岡平和資料センター | 静岡空襲の体験を記録し次世代へ継承しようと、1971年以来活動を続けている市民有志による会が設立および運営に携わる。「静岡空襲」をテーマとする常設展示の他、企画展では郷土に関りのある「戦争」の実態や平和への取組みを提示している | |
| 高知市立自由民権記念館 | 「自由は土佐の山間より」高知市制100周年を記念して建設された。自由民権運動の資料を中心に土佐の近代に関する資料を広く収集・保管・展示している | |
| 大久野島毒ガス資料館 | 毒ガス製造の悲惨さを訴え、恒久平和を希求すことを目的とした資料館。第二次大戦中の毒ガス製造の拠点となった大久野島に、広島県、関係市町並びに障害者団体の協力によって建てられた | |
| 福山市人権平和資料館 | 資料展示などを通して、同和問題解決をはじめとする人権の確立と恒久平和の実現を訴える。世界人権宣言の精神をふまえ、人権と平和は表裏一体であるとの認識に立って展示を構成 | |
| ホロコースト記念館 | 日本で最初のホロコースト記念館。ホロコーストを「無関心と誤った教育」の産物と位置付け、日本の子どもたちが、ホロコーストを知り、考え、平和をつくりだす学びの場を目指している | |
| 三良坂平和美術館 | まちづくりのテーマを「平和・人権・文化」と定め、「三良坂町非核平和自治体宣言」を行なっている広島県北部の三良坂町にある。反戦・反核を訴えた作品を多く残し、自然破壊への反対運動にも取り組んだ柿手春三の作品を常設展示 | |
| 姫路市平和資料館 | 第二次大戦において2度の空襲を受けた姫路市が設置した、歴史的事実及び戦争の惨禍と平和の尊さを戦争体験の無い世代に伝え、現在そして未来へと恒久平和を維持し続けていくため、空襲に視点を置いた資料館 | |
| 堺市立平和と人権資料館 | 1980年に人権擁護都市宣言を、1983年には非核平和都市宣言を行った大阪府堺市。この二つの宣言の趣旨を生かし、戦争の悲惨さ、平和の尊さ、そして何よりもお互いの人権を守ることの大切さを訴え、次世代に伝えるために、本資料館を開設 | |
| 大阪人権博物館 | リバティおおさか。「人権に関する総合博物館」は部落問題をはじめとする人権問題を調査・研究し、関係資料を収集・保存・公開することにより、人権意識の普及につとめていくことを目的としている | |
| 吹田市平和祈念資料室 | 戦時中の国民生活や軍隊に関する実物資料や書籍・ビデオをはじめ、広く平和に関する資料等を収集・展示・保管。市民の平和意識の普及高揚を図ることを目的とする。 | |
| 創価学会戸田平和記念館 | 戸田城聖が、「原水爆禁止宣言」を発表した横浜に、その平和思想をとどめるため設立。民衆の生存の権利を守るという立場から、仏法の平和主義に基づき核兵器の存在自体を「絶対悪」と捉え、その完全否定を宣言した。「無差別爆撃の歴史」「核兵器の脅威」「核兵器と世界」「平和への主張」の四部構成による展示 | |
| ホロコースト教育資料 センター |
ホロコーストの悲劇を伝え、差別や暴力の愚かさ、平和の大切さ、生命の尊さについて考える機会を提供することを目的として設立。全国的な巡回展示を目標としている | |
| 原爆の図 丸木美術館 | 丸木夫妻が被爆直後の広島を描いた共同制作『原爆の図』15連作、『南京大虐殺の図』『アウシュビッツの図』『水俣の図 』等、人間の手によって引き起こされた戦争をはじめとする数々の諸悪を告発し、それらの絵画を常設展示するために設立。平和へのメッセージを発信する美術館 | |
| 平和祈念館 | 北海道長万部町が設置。反戦と平和を願う心が生んださまざまな美術工芸作品を展示する記念館。丸木以里(いり)・俊(とし)夫妻「原爆の図・母子像」や本郷新氏の作品等を収蔵 | |
| ノーモア被爆者会館 | 「北海道にも核兵器の恐しさを伝える資料館が欲しい」との希望から、募金があつめられ、92年に開設。札幌市にある | |
| 青森空襲資料常設展示室 | 市中央市民センターにある。青森空襲(1945/07/28)の惨状を映した写真パネル等が展示されている 東奥日報の社説 | |
| 仙台市戦災復興記念館 | 仙台市の戦災と復興の記録を伝え、二度とこのような悲劇を繰り返すことのないよう平和を祈念する場として市が設置した資料展示室 | |
| 翁抗日反戦美術館 | 在日中国人の翁秀岳氏が設立。日中戦争における日本軍の加害責任を問い、日本人による侵略の歴史を明らかにするために設立された。 | |
| せたがや平和資料室 | 世田谷区立玉川小学校にある。戦争中の区民の暮らしに関する資料を展示するだけでなく、世田谷区の平和への取り組みを展示 | |
| 東京大空襲・戦災資料センター | 政治経済研究所が市民の募金により設立した資料センター。東京大空襲の戦禍を語りつぐ事を目的としている | |
| 平和文化史料館ゆきのした | ゆきのした文化協会(福井県)による史料館。中野鈴子・中野重治・宇野重吉の手紙ほか郷土の故人の実物資料のほか、戦争・空襲関連の実物資料、戦後の社会運動・平和運動・文化運動史料を展示 | |
| 岐阜市平和資料室 岐阜市平和館をつくる会 |
平和館をつくる会による運動により、岐阜市が設置。岐阜空襲コーナーと特別展コーナーがある。特別展コーナーには市民から寄贈品が展示されている | |
| 浜松復興記念館 | 激しい砲撃と空襲を受けた浜松市が戦禍と復興を語りつぐことを目的として設立した記念館。戦時中の暮らしについても展示されている | |
| 神戸市戦災記念資料室 | 市民グループ、神戸空襲を記録する会が寄託した資料を展示するために神戸市が設置した。神戸空襲にかかわる多数の資料がある | |
| 石垣記念館 | 1920年代から40年代にわたってアメリカの画壇で活躍した石垣栄太郎氏の故郷である、鯨の町・和歌山県太地町に誕生した記念館。妻、綾子氏がアメリカで行なった日本の中国侵略反対の運動も紹介 | |
| ヌチドゥタカラの家 | 『命は宝』を意味するヌチドゥタカラを冠し、戦争中の生活品や遺品、米軍の銃弾など、戦争を記録する資料館。伊江島土地接収に非暴力で立ち向かった阿波根昌鴻氏が設立した。伊江島反戦平和資料館。 | |
| 無言館 | 信濃デッサン館館主、窪島誠一郎氏が野見山暁治氏らの協力を得て収集した戦没画学生の遺作・遺品を展示。立命館大学国際平和ミュージアムにも一部が常設展示されている。 | |
| 佐伯市平和祈念館 やわらぎ | 佐伯海軍航空隊兵舎跡地に、「ほんとうの平和とは何か?」を考えるために佐伯市が設置した館。現代において平和を脅かす問題も取り上げられている | |
| ひめゆり平和祈念館 | 沖縄県下の女子中等学校生徒等の戦争体験や実相を語り継ぐことで二度とこのような惨禍を招かぬようにとの思いが開館に結びついた。 | |
| 兵士庶民の戦争資料館 | 武富登巳男氏が収集した戦争の惨状を生々しく伝える資料を展示。兵士が感じた怒りや悲しみを伝えることで、平和を願う | |
| 大阪国際平和センター | 大阪府と大阪市が共同で設立。大阪空襲と15年戦争での日本の加害・被害を重点的に展示している。大阪国際平和研究所を付設している | |
| 平和人権子どもセンター | 過去の侵略、植民地支配、加害の史実を認識した上でアジアに平和と友好を築くために、吉岡数子氏が設立。教科書を中心とした資料を所蔵。パネルの貸し出しも行なっている | |
| 少国民の部屋資料館 | 戦争中の学童(少国民)の生活環境・学校環境を通して、平和への思いを伝える資料館。高波藤夫氏が自らの体験に基づいて即物的に展示している | |
| 都立第五福竜丸展示館 | ビキニ環礁の水爆実験で被爆した第五福竜丸の関連資料を保存・展示している。第五福竜丸平和協会が都から委託を受け、運営している | |
| 国立長崎原爆死没者 追悼平和祈念館 |
原爆で亡くなった方々の尊い犠牲を深く心に刻みつけ、いたみ悲しみ、そのことを決して忘れないようにし、永遠に平和な世界であることを祈念するために設立された祈念館 | |
| 国立広島原爆死没者 追悼平和祈念館 |
国として、原子爆弾死没者の尊い犠牲を銘記し、追悼の意を表すとともに、永遠の平和を祈念するため、被爆地である広島に設けられた施設 | |
| 碓井平和祈念資料館 | 産炭地にあるので、炭鉱と戦争とのかかわりも重視する資料館。戦場体験だけでなくいわゆる銃後の体験も紹介しながら、戦争を検証する。人権資料室も併設 | |
| 太平洋戦史館 | 最激戦地の一つ、ニューギニアに焦点を当て、戦争関連資料や国際交流活動を展示している。岩淵宣輝氏が設立し、現在はNPOとなっている | |
その他参考資料:AREAMooK 『平和学がわかる』朝日新聞社 P.152-153 主な平和記念館・資料館 |
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