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第2週 知識資源管理技術の基礎(1)
〜ナレッジマネジメント、知識表現、セマンティックWeb〜


1.ナレッジマネジメントの概要


2.知識表現技術の基礎

人工知能の分野の中で、人間の知識をモデル化する手法を、「知識表現(Knowledge Representation)」と呼ぶ。以下では、知識表現の主なものを紹介する。

2.1 フレーム表現

フレーム(Frame)は、人間がスキーマとして持っている知識のうち、主に宣言的知識(Declarative Knowledge)を表現するための手法として、ミンスキー(Minsky, 1975)によって提唱された。ミンスキーによれば、人間は記憶の中からフレームを呼び出すことで、外界の事象を認識する。

図1:フレームの概念(文献2)

図2:FRL表現の例

図1はフレームによる知識表現の例である。フレームは、一般的な事物を表す枠組みであり、事物の名称、それらが持つ属性(slot)、および属性の値によって構成される。また、ある事物の上位概念は、is-a関係、またはAKO(a kid of)関係として表現される。上位概念の属性は、具体的な事物の属性によって上書きされない限り継承される。図1では、「柴犬」が「犬」の一種であり、また「動物」の一種であることを表現している。従って、柴犬という概念には、「尾がある」や「呼吸する」といった属性が暗黙のうちに継承されている。

図2は、ロバーツ&ゴールドスタイン(Roberts & Goldstein, 1977)によって設計されたFRL (Frame Representation Language) を仮想的に日本語化したものである。FRLは、フレーム表現をコンピュータ言語 LISP を使って実現したものである。図2上の定義文は、「日本人」の概念をFRLで表現したものである。ここでは「日本人」が「人間」の一種であると同時に、誰でも「誕生日」や「性別」という属性を持ち、一般的には「標準語」を話すという知識が表現されている。「年齢」の値は「誕生日」と「今日の日付」(別フレームで定義)から動的に計算する必要があるため、$if-neededと、「年齢計算処理」というプログラム名によって表現されている。図2下の定義文は、「関西人」の概念をFRLで表現したものである。ここでは、「関西人」が一般的に話す言語は「関西弁」であるという知識が表現されている。

2.2 意味ネットワーク

意味ネットワーク(Semantic Network)は、人間が持つスキーマとして持っている知識のうち、事象の連想関係をネットワーク構造としてモデル化する手法である。意味ネットワークは、キリアン(Quilian, 1968)やノーマンら(Norman et al., 1973)によって提案された。

図3は、日本語化された意味ネットワークによって、「太郎が花子を愛する」という知識を表現している。意味ネットワークは、ノード(node)と、リンク(link)の2種類によって記述される。リンクには、「動作主」や「対象」というラベルによってなんらかの「主張」を記述するものと、「デアル」「ノ・ブブン」といったラベルによって、ノード間の構造を記述するものがある。

図3:意味ネットワークの例(文献4)

意味ネットワークは、人間が使う言葉(自然言語)の直接的な表現に適した手法である。しかし、自然言語が持つ語彙は膨大なものであり、意味的に似通ったものも多い。このため、似通った言葉を、それらの背景にある概念に基づいてまとめたものが、シャンク(Shank,1973, 1975)によって提唱された、概念依存(CD: Conceptual Dependency)理論である。意味ネットワークでは、ノードやリンクのラベルがほぼ自然言語と一対一であるのに対して、CD理論では、多種多様な単語や知識を、人間が持つと思われる少数の基本概念に集約した形で表現している。

図4は、CD理論によって「太郎が東京に出かけた」という事象を表現している。「P」は過去、「PTRANS」は物理的な移動、「O」は行為の対象、「D」は方向性を表す。

図4:「太郎が東京に出かけた」(文献4)
図5:「太郎が花子を怒らせた」(文献4)

図5は、「太郎が花子を怒らせた」というCD表現である。図中の「r」は、上の行為(太郎が過去に何かをした)ことが、下の状態変化(花子の怒りが0からー2になった)ことを表している。

CD理論によって、複雑な人間の思考を抽象化し、より単純な形で理解できる可能性が示されたと同時に、コンピュータ上で効率よく人間の思考を再現する可能性が開かれた。


3. 知識表現の応用技術としての「オブジェクト指向」

「オブジェクト指向」は、プログラミングの他、データベース設計や業務のモデリングなどに広く用いられる考え方である。

オブジェクト指向では、事物を、「クラス(Class:枠組み)」と「インスタンス(Instance:実体)」の2つのレベルで捉える。

図5:オブジェクト指向の考え方によるモデリングの例

事物の基本的な属性(変数とメソッド)は、クラスの中に定義される。クラスは階層的な関係を持ち、上位クラスの属性は下位のクラスに継承される。従って、下位のクラスから生成されたインスタンスでは、上位クラスと下位クラス双方に定義された属性を設定することができる。


4. セマンティックWebの基礎

セマンティックWebは、ウェブ空間のさまざまなリソースに対する「意味的な関係性」を扱うために考えられた、技術標準やツール群を示す。

4.1 RDF の基礎

セマンティックWebのための表現形式として最も一般的に用いられるのは、RDF (Resource Description Framework) と呼ばれる標記方法である。RDFは、XML 形式で定義されており、W3C (World Wide Web Consorsium) によって規格化されている。ブログなどの更新情報を記述する RSS (RDF Site Summary) や、友人関係を表現する FOAF (Friend of a Friend) は、RDF の一種である。

RDFでは、さまざまなリソースを、「主語(Subject)」、 「述語(Predicate)」、「目的語(Object)」の3つの組み合わせによって 表現する。述語を「プロパティ」、目的語を「値」と呼ぶこともある。

RDFでは、これらの3つの組合せを、「RDFトリプル (RDF Triple) 」、または単に「トリプル (Triple) 」と呼ぶ。 トリプルは、ノード(楕円または四角)とリンク(矢印付きの線)によって構成されるグラフ形式で表現される。

図6:RDFトリプルのグラフ表現

例えば、「inabam のホームページは http://www.unchiku.com である」という文は、以下のようなグラフとして表現される。

図7:RDFによるグラフの例1

RDFトリプルのグラフ表現は、それと等価な XML 表現に置き換えることができる。例えば、上の例は、XMLを用いて 以下のように表現できる。

 <rdf:Description rdf:about="inabam">
   <ex:hasHomepage>
     <rdf:Description rdf:about="http://www.unchiku.com"> 
     </rdf:Description>
   </ex:hasHomepage>
 </rdf:Description>

注: 厳密に言えば、RDF表現では、(以下の文字列を除く)ノードとリンクのラベル名に、インターネット上で一位に特定できる完全なURI を用いる必要があるが、ここでは簡略化した表現を用いる。

目的語のノードに「文字列」を用いる場合は、以下のような四角形を用いる。

図8:RDFによるグラフの例2

図7と図8を組み合わせて、以下のようなグラフとして表現することもできる。

図9:RDFによるグラフの例3

4.2 RDF におけるクラスとインスタンスの関係

RDF をはじめとするセマンティックWebは、オブジェクト指向から影響を受けている。例えば RDF でも、「クラスとインスタンス」を区別した形で定義できる。

3.1 の RDF表現は、特定の事物(事象)を表現しており、インスタンスについての記述であると言える。それらの表現は、RDFによるクラス定義に基づいている。RDFによるクラス定義の枠組は、「RDFスキーマ (RDF Schema: RDFS)」と呼ばれる。

以下の図は、MR^3(Meta-Model Management based on RDFs Revision Reflection)プロジェクトが開発した RDFエディタによる、クラスとインスタンスの定義例である。

図10:MR3を用いたクラスとインスタンスの定義例

ここでは、人間(mr3:People)、生物(mr:LivingThing)、その下の犬(mr3:Dog)というクラスが定義されている。また、それらの間に、いっしょに住む(mr3:LivesWith)という述語(プロパティ)が定義されている。

そして、それらのクラスから、mr3:Inabamという人間が、mr3:Pochiという犬といっしょに住んでいる、という事象が定義されている。


5. 参考事例


  1. 橋田他著、岩波講座-認知科学の基礎、岩波書店
  2. 森他、グラフィック認知心理学、サイエンス社
  3. 倉光著、認知心理学、岩波書店
  4. 戸田他著、認知科学入門―知の構造へのアプローチ、サイエンス社
  5. 神崎著、セマンティック・ウェブのためのRDF/OWL入門、森北出版
  6. 斎藤・荻野監、セマンティックWeb入門、オーム社
  7. 曽根原・岸上・赤植著、メタデータ技術とセマンティックウェブ、電機大出版局

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Mitsuyuki Inaba (inabam@sps.ritsumei.ac.jp)
Last modified: Tue Apr 19 14:20:51 JST 2011