非線形力学理論に基づく振動工学
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研究概要
あるシステムに数値X_1およびX_2を入力したとき,その
出力値がそれぞれY_1, Y_2になるとします.
では,この二つの入力値を定数倍したものを足し合わせて,
a X_1 + b X_2 をシステムに入力したとき,出力は
何になるでしょう.
「線形」の世界では,入力と出力の間に重ね合わせの関係
が成り立つので,出力は既知の出力値を使って,
a Y_1 + b Y_2 と表せます.
スペクトル分析を代表とするこれまでの信号処理は,
このようなシステムの線形性に立脚して発展して
きたといっても過言ではないでしょう.
ところが,生物や人間活動,経済,地震,天気予報など,
我々をとりまく実世界のほとんどは,そのような線形性
の成り立たない非線形なシステムなのです.
このような非線形の複雑な現象を解明することは,
理学工学のみならず,経済学なども含めた広範な分野で
の急務となっています.
我々の研究室は,このような非線形なシステムに対して
幅広く応用が可能な時系列解析の手法を開発する研究
を行っています.
時系列解析とは,未知のシステムがあったときに,
その運動方程式や物理モデルが不明で,時系列信号のみ
が計測されてた場合に,信号の情報のみから,
背後にあるシステムの性質を逆推定する問題です.
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非線形結合振動子の同期現象
一瞬の瞬きを繰り返すホタルの集団発光,
コンサートホールの拍手,脳神経系の神経細砲(ニューロン)
の発火活動,人間生活の24時間サイクル,インフルエンザの
流行と大都市間の患者数変位など,ある一定のパターンを
繰り返す要素が多く集まって,集団をなして我々の世界
は形成されています.
これらの要素がお互いに相互作用を及ぼし合い,引き込み
が起こって,それぞれのパターン生成のタイミングが一致
するとき,それを同期現象と呼びます.
同期現象は,地球の自転周期に適応した人間のサイクル
(概日時計,サーカディアンリズム)や,脳神経系の情報処理
など,生命活動の様々のレベルの基本となっています.
また,声帯振動や,オーケストラにおける楽器同士の共鳴,
音声生成とその知覚の相互作用など,
人間の音声システムでも重要な役割を果たしています.
重要な問題としては,「システムが同期しているかどうか
を時系列信号から判定する」という基礎的な問題から始まって,
「振動子同士はどの程度の強さで結合しているかを逆推定する」,
「システムが同期する条件は何かを類推する」等の
チャレンジングな問題にまで,幅広くおよんでいます.
いずれも,脳神経系や概日時計(サーカディアンリズム)
などの様々の重要な問題への応用が可能です.
(電気回路で見られる同期現象を表わした図:
結合を強めると(左->右)16個の素子の出力波形が重なる)
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声帯振動の同期解析
喉頭には声帯と呼ばれる弾力性をもった筋肉の帯が,
左右に1対あります.声門間を呼気流が通過するときに,
空気圧に駆動される形で,声帯は上下左右にほぼ
周期的に振動します.
人間が有声音を発声する際には,この声帯振動が音源
として重要な役割を担います.
(高速カメラで声帯振動をストロボ撮影した図:
左右の声帯が同期して開閉運動を起こす)
正常な発声では,左右対称な声帯が同期的に振動し,
これが有声音の基本であるピッチとして知覚されます.
ところが,ポリープ等で声帯の一部を失ってしまった
患者さんでは,左右の声帯に非対称性が生じてしまい,
もはや左右釣合のとれた同期振動が不可能となって
しまいます.このような声帯の非同期振動は,異常な
音源を作りだし,患者さんは嗄声と呼ばれる病理音
(ガラガラ声)しか発声できなくなります.
声帯の非対称性は,手術による声帯除去だけでなく,
加齢によっても生じ,声質が変わる原因となります.
また,歌唱法によっては意図的に非同期的な声帯振動
を起こして,重音をつくり出すこともあります.
このように声帯の非対称性によって引き起こされる
同期・非同期振動は,発声を解析する上できわめて
重要です.
我々の研究室では,この声帯の左右非対称性を,
時系列信号から逆推定する技術
を開発し,病理音声や加齢状態
の自動診断に応用することを目指しています.
また,同期振動の起こる条件を求めて,手術で正常な発声
を回復する際の目安を与えるためのシミュレータを
検討しています.
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音楽における同期分析
同期研究は,生命システムを始として,理学,工学,
さらには音楽のような芸術分野に至るまで,幅広い
横断性を持っています.
将来的には,合唱における歌唱者同士のピッチ同期,
打楽器のリズム同期,オーケストラにおける楽器同士の
共鳴とその芸術性の間の関係など,科学と芸術の間を
つなぐ架け橋になるような,さらにチャレンジングな
問題についても扱っていきたいと考えています.
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生物音響
哺乳類や鳥類など,動物の鳴声を調査することは,
動物間のコミュニケーションを理解するための
重要な研究になります.
また,人間との類似性を調べることによって,
生物進化の過程において,なぜ,人間が現在のような
発声器官を獲得し,それを用いて高度な言語を操る
ことができるようになったのかを知る,
重要な手掛りを得ることができます.
そのような手始めの研究として,ヒト以外の霊長類
の多くに見られる
気嚢のモデル
を組み立て,物理実験を行ないました.
大音量を発するなど,気嚢は音響的に有利な特性も持ちえ
ますが,逆に,発声に不安定性を生じる要因ともなりうる
ことが分り,これが進化の過程で気嚢が失われた理由の
一つではないかと考察しました.
研究テーマ
「非線形力学理論に基づく振動工学」
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音声
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生命ネットワーク
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複雑ネットワークの構造推定
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SCNニューロンの解析:概日時計
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小脳IOニューロンの解析と学習
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食物連鎖構造の推定
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音楽の同期解析
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オーケストラの芸術性をどう評価するか?
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合唱おける歌唱者の基本周波数の同期解析
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生物音響(Bioacoustics)
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分岐構造の逆推定問題
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ニューロンの応答特性の推定
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船舶振動の応答特性の推定