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2018/07/22

久兵衛どんの愛馬心


 むかーし、増間(ますま)によぉ、久兵衛っちゅう百姓がいたぁだってよ。  昔、増間に、久兵衛という百姓がいたそうだ。

 ある日、大風が吹(ひ)いてよ、棚ん上へ乗せといたぁ石臼(いすす)が落ちちゃってよ、上ん方(ほう)がぶっかえちまったぁだって。  ある日、大風が吹いて、棚の上にのせておいた石臼が落ちてしまって、上の方が欠けてしまったそうだ。

 しょうがねゃーかん、竹ん箍(たが)ぁ掛(か)えて使ってたーけん、ゴロゴロ、ゴロゴロ回(まー)すたんびん、ガタガタ、ガタガタやるもんで、とうとう使えなーなっちまったぁだって。  仕方がないから、竹の箍(たが)を掛けて使っていたが、ゴロゴロ、ゴロゴロ回すたびに、ガタガタ、ガタガタするので、とうとう使えなくなってしまったそうだ。

 だーけんどよ、石臼(いすす)ぅ買あだけん銭(ぜに)ん持ち合ーせが無ーったもんで、薪(まき)ぃ作(つう)って石臼ぅ買あことんしたぁだって。  けれど、石臼を買うだけの銭の持ち合わせがなかったので、薪を作って石臼を買うことにしたそうだ。

 何日かたってよぉ、やっとこせゃーたぁ薪ぃ、山んよーん馬ん背中さ積んでよ、那古(なご)さ売りぃ行ぐことんしたぁだぁ。  何日かたって、やっと作った薪を、山のように馬の背中に積んで、那古(なご)へ売りに行くことにした。

 増間かん那古までは下り坂が余計(よけー)だぁかん、大(てゃー)したことは無ーっぺと出かけたーけん、途中ん登り坂へ来(く)っと,馬はフーフー息ぃきって、汗ぇいっぺゃーけゃーて、やっとんことで那古さ着(ち)いただって。  増間から那古までは下り坂が多いから、大したことはないだろうと出かけたが、途中の登り坂へ来ると、馬はフーフー息をきって、汗をたくさんかいて、やっとのことで那古に着いたそうだ。

 あたりめゃーなら二回で運ぶとうろを、一回で運んだぁもんだかん、すっかりくたびれちゃったぁ馬ぁ見て、久兵衛は、  普通なら二回で運ぶところを、一回で運んだものだから、すっかりくたびれてしまった馬を見て、久兵衛は、

「ほんとん、すまねゃーことぉしたぁなあ。」 「本当に、すまないことをしたなあ。」

って、馬がかわいそうんなっちゃったぁだって。 と、馬がかわいそうになってしまったそうだ。

 久兵衛は、薪ぃ売ったぁ金ぇもらって、石屋(いっしゃ)で石臼(いすす)ぅ一つ買って帰(けゃー)ることんしたぁだぁ。  久兵衛は、薪を売った金をもらって、石屋で石臼を一つ買って帰ることにした。

 だーけん、来ながら、あんだけ汗ぇけゃーてくたびれちゃってる馬に、石臼(いすす)ぅ乗っけんのがかわいそうんなっただっぺぇ、  けれど、来る時に、あれだけ汗をかいてくたびれてしまっている馬に、石臼を乗せるのがかわいそうになったのだろう、

「今度(こんだ)ぁ、おが、石臼ぅしょってやんべえ。」 「今度は、おれが、石臼を背負ってやろう。」

って、石臼ぅ、 と、石臼を、

「セーノー、ヨオッー。」 「セーノー、ヨオッ−。」

って、自分の背中んしょって、やぁび出した。 と、自分の背中に背負って歩き出した。

 そんで、町んはずれん土手んとうろまで来て、土手ぇ台(でゃー)んして、そおっと馬ん乗って帰(けゃー)って来(く)っとよ、町ん方へ行ぐ仲間ん者(もん)に出会っただって。  それで、町のはずれの土手のところまで来て、土手を台にして、そうっと馬に乗って帰って来ると、町の方へ行く仲間の者に出会ったそうだ。

 そうしたら、そん増間ん男(おとう)がよ、  すると、その増間の男が、

「久兵衛どん、あーで、自分がしょって乗ってんだぁよ。」 「久兵衛さん、なぜ、自分が背負って乗っているのか。」

って訊(き)ゅうっちゅうと、久兵衛は、 と尋ねたところ、久兵衛は、

「そうかよ。」 「そうかよ。」

って言(ゆ)ったぁそうだぁ。 と言ったそうだ。

 だーけん、そんだけん話で、増間ん男(おとう)は不思議にも思わずん、ずんずん行っちまったーっちゅうこんだぁ。 けれど、それだけの話で、増間の男は不思議にも思わずに、ずんずん行ってしまったということだ。

 しばらく行ぐとよー、旅ん者(もん)が通りかあってよ、  しばらく行くと、旅の者が通りかかって、

「こんちは。おめえさん、あんで馬に荷物をつけねえで、自分でしょって乗ってなさんのかね。」 「こんにちは。お前さん、なぜ馬に荷物をつけないで、自分で背負って乗っておられるのですか。」

って訊(き)いたぁとうろがなぁ、 と尋ねたところ、

「馬がなぁ、かわいそうでなんねゃーかんだよ。」 「馬が、かわいそうでならないからだよ。」

って、久兵衛は言(ゆ)ったぁそうだぁ。 と、久兵衛は言ったそうだ。

 旅ん者は、おっかしいのをがまんして、  旅の者は、おかしいのをがまんして、

「馬が、そんなんかわいそうだら、自分が下りて、荷物だけつけたらあじょうですかいよ。」 「馬が、そんなにかわいそうなら、自分が下りて、荷物だけつけたらどうですか。」

って教(おせ)えてやったぁとうろが、久兵衛はすました顔で、また、 と教えてやったところ、久兵衛はすました顔で、また、

「馬が、かわいそうだかんなあ。」 「馬が、かわいそうだからなあ。」

って言(ゆ)ったぁもんで、旅ん者はびっくりしたぁ顔で、 と言ったので、旅の者はびっくりした顔で、

「おめえさんは耳が遠きいんですかい。それとも、わたしの言(ゆ)ったことがわからねえんですかい。」 「お前さんは耳が遠いのですか。それとも、わたしの言ったことがわからないのですか。」

って訊(きゅ)い返(けゃー)したんだって。 と、訊き返したそうだ。

 そうすっと久兵衛は、  そうすると久兵衛は、

「聞こえてっよ。」 「聞こえているよ。」

って、小(ちい)せゃー声で言(ゆ)ったぁそうだぁ。 と、小さい声で言ったそうだ。

 だーもんで、旅ん者はすっかり腹ぁ立てて、ぷんぷんしながら、 だから、旅の者はすっかり腹をたてて、ぷんぷんしながら、

「おめえさんと話してっと、日が暮れちゃうよ。おめえさんは、増間ん者(もん)だっぺぇ。」 「お前さんと話していると、日が暮れてしまうよ。お前さんは、増間の者だろう。」

っちゅって、ずんずん、ずんずん行っちまったぁっちゅう話だぁ。 と言って、ずんずん、ずんずん行ってしまったという話だ。


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