むかーし、増間(ますま)によぉ、久兵衛っちゅう百姓がいたぁだってよ。 | 昔、増間に、久兵衛という百姓がいたそうだ。 |
ある日、大風が吹(ひ)いてよ、棚ん上へ乗せといたぁ石臼(いすす)が落ちちゃってよ、上ん方(ほう)がぶっかえちまったぁだって。 | ある日、大風が吹いて、棚の上にのせておいた石臼が落ちてしまって、上の方が欠けてしまったそうだ。 |
しょうがねゃーかん、竹ん箍(たが)ぁ掛(か)えて使ってたーけん、ゴロゴロ、ゴロゴロ回(まー)すたんびん、ガタガタ、ガタガタやるもんで、とうとう使えなーなっちまったぁだって。 | 仕方がないから、竹の箍(たが)を掛けて使っていたが、ゴロゴロ、ゴロゴロ回すたびに、ガタガタ、ガタガタするので、とうとう使えなくなってしまったそうだ。 |
だーけんどよ、石臼(いすす)ぅ買あだけん銭(ぜに)ん持ち合ーせが無ーったもんで、薪(まき)ぃ作(つう)って石臼ぅ買あことんしたぁだって。 | けれど、石臼を買うだけの銭の持ち合わせがなかったので、薪を作って石臼を買うことにしたそうだ。 |
何日かたってよぉ、やっとこせゃーたぁ薪ぃ、山んよーん馬ん背中さ積んでよ、那古(なご)さ売りぃ行ぐことんしたぁだぁ。 | 何日かたって、やっと作った薪を、山のように馬の背中に積んで、那古(なご)へ売りに行くことにした。 |
増間かん那古までは下り坂が余計(よけー)だぁかん、大(てゃー)したことは無ーっぺと出かけたーけん、途中ん登り坂へ来(く)っと,馬はフーフー息ぃきって、汗ぇいっぺゃーけゃーて、やっとんことで那古さ着(ち)いただって。 | 増間から那古までは下り坂が多いから、大したことはないだろうと出かけたが、途中の登り坂へ来ると、馬はフーフー息をきって、汗をたくさんかいて、やっとのことで那古に着いたそうだ。 |
あたりめゃーなら二回で運ぶとうろを、一回で運んだぁもんだかん、すっかりくたびれちゃったぁ馬ぁ見て、久兵衛は、 | 普通なら二回で運ぶところを、一回で運んだものだから、すっかりくたびれてしまった馬を見て、久兵衛は、 |
「ほんとん、すまねゃーことぉしたぁなあ。」 | 「本当に、すまないことをしたなあ。」 |
って、馬がかわいそうんなっちゃったぁだって。 | と、馬がかわいそうになってしまったそうだ。 |
久兵衛は、薪ぃ売ったぁ金ぇもらって、石屋(いっしゃ)で石臼(いすす)ぅ一つ買って帰(けゃー)ることんしたぁだぁ。 | 久兵衛は、薪を売った金をもらって、石屋で石臼を一つ買って帰ることにした。 |
だーけん、来ながら、あんだけ汗ぇけゃーてくたびれちゃってる馬に、石臼(いすす)ぅ乗っけんのがかわいそうんなっただっぺぇ、 | けれど、来る時に、あれだけ汗をかいてくたびれてしまっている馬に、石臼を乗せるのがかわいそうになったのだろう、 |
「今度(こんだ)ぁ、おが、石臼ぅしょってやんべえ。」 | 「今度は、おれが、石臼を背負ってやろう。」 |
って、石臼ぅ、 | と、石臼を、 |
「セーノー、ヨオッー。」 | 「セーノー、ヨオッ−。」 |
って、自分の背中んしょって、やぁび出した。 | と、自分の背中に背負って歩き出した。 |
そんで、町んはずれん土手んとうろまで来て、土手ぇ台(でゃー)んして、そおっと馬ん乗って帰(けゃー)って来(く)っとよ、町ん方へ行ぐ仲間ん者(もん)に出会っただって。 | それで、町のはずれの土手のところまで来て、土手を台にして、そうっと馬に乗って帰って来ると、町の方へ行く仲間の者に出会ったそうだ。 |
そうしたら、そん増間ん男(おとう)がよ、 | すると、その増間の男が、 |
「久兵衛どん、あーで、自分がしょって乗ってんだぁよ。」 | 「久兵衛さん、なぜ、自分が背負って乗っているのか。」 |
って訊(き)ゅうっちゅうと、久兵衛は、 | と尋ねたところ、久兵衛は、 |
「そうかよ。」 | 「そうかよ。」 |
って言(ゆ)ったぁそうだぁ。 | と言ったそうだ。 |
だーけん、そんだけん話で、増間ん男(おとう)は不思議にも思わずん、ずんずん行っちまったーっちゅうこんだぁ。 | けれど、それだけの話で、増間の男は不思議にも思わずに、ずんずん行ってしまったということだ。 |
しばらく行ぐとよー、旅ん者(もん)が通りかあってよ、 | しばらく行くと、旅の者が通りかかって、 |
「こんちは。おめえさん、あんで馬に荷物をつけねえで、自分でしょって乗ってなさんのかね。」 | 「こんにちは。お前さん、なぜ馬に荷物をつけないで、自分で背負って乗っておられるのですか。」 |
って訊(き)いたぁとうろがなぁ、 | と尋ねたところ、 |
「馬がなぁ、かわいそうでなんねゃーかんだよ。」 | 「馬が、かわいそうでならないからだよ。」 |
って、久兵衛は言(ゆ)ったぁそうだぁ。 | と、久兵衛は言ったそうだ。 |
旅ん者は、おっかしいのをがまんして、 | 旅の者は、おかしいのをがまんして、 |
「馬が、そんなんかわいそうだら、自分が下りて、荷物だけつけたらあじょうですかいよ。」 | 「馬が、そんなにかわいそうなら、自分が下りて、荷物だけつけたらどうですか。」 |
って教(おせ)えてやったぁとうろが、久兵衛はすました顔で、また、 | と教えてやったところ、久兵衛はすました顔で、また、 |
「馬が、かわいそうだかんなあ。」 | 「馬が、かわいそうだからなあ。」 |
って言(ゆ)ったぁもんで、旅ん者はびっくりしたぁ顔で、 | と言ったので、旅の者はびっくりした顔で、 |
「おめえさんは耳が遠きいんですかい。それとも、わたしの言(ゆ)ったことがわからねえんですかい。」 | 「お前さんは耳が遠いのですか。それとも、わたしの言ったことがわからないのですか。」 |
って訊(きゅ)い返(けゃー)したんだって。 | と、訊き返したそうだ。 |
そうすっと久兵衛は、 | そうすると久兵衛は、 |
「聞こえてっよ。」 | 「聞こえているよ。」 |
って、小(ちい)せゃー声で言(ゆ)ったぁそうだぁ。 | と、小さい声で言ったそうだ。 |
だーもんで、旅ん者はすっかり腹ぁ立てて、ぷんぷんしながら、 | だから、旅の者はすっかり腹をたてて、ぷんぷんしながら、 |
「おめえさんと話してっと、日が暮れちゃうよ。おめえさんは、増間ん者(もん)だっぺぇ。」 | 「お前さんと話していると、日が暮れてしまうよ。お前さんは、増間の者だろう。」 |
っちゅって、ずんずん、ずんずん行っちまったぁっちゅう話だぁ。 | と言って、ずんずん、ずんずん行ってしまったという話だ。 |