むかーし、増間ん若(わけ)ー衆(し)が六人、十夜(じゅうや)ん夜に、「柿ぃ盗みぃ行ぐべえや。」って話が決まってな、おぼろ月夜ん中を出かけることんしたぁだ。 | 昔、増間の若い衆が六人、十夜の夜に、「柿を盗みに行こう。」と話が決まって、おぼろ月夜の中を出かけることにした。 |
こんころは、柿ぃ盗むっちゅうことは、自分が食う分(ぶん)だけ取んなら、悪(わり)いことでぇなぁっただって。 | このころは、柿を盗むことは、自分が食べる分だけ取るなら、悪いことではなかったそうだ。 |
柿ぃ盗む時んなって、見(め)っかっとおいねゃーっちゅうわけで、一人を見張りにすっことん決めたぁだ。見張りはくじ引きで決めべえって、竹ん枝ぁ折って、いちばん長(なげ)ゃーのを引いたぁ者(もん)が見張りんなんべえっちゅうことん決めたぁわけだ。 | 柿を盗む時になって、見つかるといけないというので、一人を見張りにすることに決めた。見張りはくじ引きで決めようと、竹の枝を折って、一番長いのを引いた者が見張りになろうということに決めたのだ。 |
くじぃ引いてみっと、今年若(わけ)ゃー衆(し)ん仲間入りしたぁ一番若(わけ)ゃー男(おとう)が、見張りん当たっちまったぁだ。 | くじを引いてみると、今年若い衆の仲間入りをした一番若い男が、見張りに当たってしまった。 |
そんで、見張りん当たったぁ男(おとう)は、心配(しんぺゃー)んなって、 | それで、見張りに当たった男は、心配になって、 |
「人が来たら、あじして合図すればいいだかい。」 って聞いたぁわけだ。そうすっと、 | 「人が来たら、どうやって合図をすればいいのか。」と聞いた。そうすると、 |
「そうだなぁ、あじしょうか。」 | 「そうだなあ。どうしようか。」 |
ってみんなは考(かんげ)ゃーたけん、なかなかいい考(かんげ)ゃーがうかばねゃーで困っちゃったぁだって。 | とみんなは考えたが、なかなかいい考えが浮かばなくて困ってしまったそうだ。 |
ちょうどそん時、マツムシが、「チンチロリン。」って鳴(ね)ゃーたぁのを聞いて、 | ちょうどその時、マツムシが「チンチロリン。」と鳴いたのを聞いて、 |
「そうだ、あん声がいいっぺ。」 | 「そうだ。あの声がいいだろう。」 |
って一人が言うと、いい考(かんげ)ゃーが浮かばねゃー他(ほか)ん者(もん)も、 | と一人が言うと、いい考えが浮かばない他の者も、 |
「うん、それがいいや。」 | 「うん、それがいい。」 |
って、マツムシん声ぇ合図にすっことん話が決まったぁだ。 | と、マツムシの声を合図にすることに話が決まった。 |
合図が決まっと、五人は、見張りん男(おとう)に、 | 合図が決まると、五人は見張りの男に、 |
「いい柿ぃそうっと草ん上へ落とすかんな。」 | 「いい柿をそうっと草の上へ落とすからな。」 |
って言(ゆ)って、木ぃ登って行っちまったぁだ。 | と言って、木へ登って行ってしまった。 |
ところが、木ん上へ上がってったぁ者(もん)は、自分がうんめゃー柿ぃ見つけて食うのん夢中で、見張りん落としてやっことをすっかり忘れちゃったぁだ。 | ところが、木の上へ上がって行った者は、自分がうまい柿を見つけて食べるのに夢中で、見張りに落としてやることをすっかり忘れてしまったのだ。 |
見張りん男(おとう)は、落ちてくる柿は、渋(しび)いやつか食いかしだぁもんだかん、うんめゃーのが食いてゃーって、なまつばばぁり飲み込んでたぁけん、とうとうがまんができなぁなって、 | 見張りの男は、落ちてくる柿は渋いやつか食べかけのものだから、うまいのが食べたいと、生唾ばかり飲み込んでいたが、とうとうがまんができなくなって、 |
「チンチロリン。」 | 「チンチロリン。」 |
ってやってしまったぁだ。 | とやってしまった。 |
そうすっと、木ん上ん仲間はおったまげて、木からすべり降りて来て、 | すると、木の上の仲間はびっくりして、木からすべりおりてきて、 |
「おい、どぅへ来たぁだよ。誰(だあ)も見(め)えねゃーでよ。うそっぽーだっぺ。」 | 「おい、どこへ来たんだよ。誰も見えないじゃないか。うそだろう。」 |
って言(ゆ)ったぁとうろが、 | と言ったところが、 |
「あんが。来たぁだと思ったかん合図したぁだよ。うんめゃー柿ぃ置いてってくらっしゃーよ。」 | 「いや、来たと思ったから合図したのだよ。うまい柿を置いてってくださいよ。」 |
って言って、やっと、みんなと同(おんな)じようなうんめゃー柿ぃもらって食うことが出来ただ。 | と言って、やっと、みんなと同じようなうまい柿をもらって食べることができた。 |
仲間ん者(もん)は、めっかんねゃーのがわかっと、また木ん上へ上がって行っちゃった。見張りん男は、木ん根元からちっとばぁし離れたところさ行って、柿ぃ夢中んなって食ってたぁだ。 | 仲間の者は、見つからないのがわかると、また木の上へ上がって行ってしまった。見張りの男は、木の根元から少しばかり離れたところへ行って、柿を夢中になって食べていた。 |
そうすっと、仲間ん一人が柿ん木てっぺんまで上がって行ったぁもんで、枝が折れて、「ポキーン。」ちゅう音が回(まあ)りに響いた。静かな月夜だったもんで、柿ん持ち主ん家(うち)まで聞こえちゃったぁだ。 | そうすると、仲間の一人が柿の木のてっぺんまで上がって行ったので、枝が折れて、「ポキーン。」という音があたりに響いた。静かな月夜だったので、柿の持ち主の家まで聞こえてしまった。 |
ちっとばぁしすっと、そん家んおやじさんが外へ出て来て、じいっと柿ん木ん方をにらんでいたぁだ。そん時また、「ポキーン。」って木ん枝ぁ折った者(もん)がいたぁもんだかん、 | 少しばかりすると、その家の親父さんが外へ出て来て、じいっと柿の木の方をにらんでいた。その時また、「ポキーン。」と木の枝を折った者がいたものだから、 |
「こん柿どろぼう。どんやんどもだぁ。とんでもねゃーやんどもだぁ。」 | 「この柿どろぼう。どこの野郎どもだ。とんでもない野郎どもだ。」 |
って、棒ぉを持って近じいて来たぁもんだかん、見張りん男は、 | と、棒を持って近づいて来たものだから、見張りの男は、 |
「チンチロリン、チンチロリン。」 | 「チンチロリン、チンチロリン。」 |
って合図したぁわけだ。 | と合図したわけだ。 |
だーけん、仲間ん者たちは、また見張りが柿ぃ欲しゅうなったと思って、「ポトン、ポトン。」って柿ぃ落として、知らねゃーふりぃして柿ぃ食ってるもんで、見張りん男は困っちまった。 | けれど、仲間の者たちは、また見張りが柿が欲しくなったと思って、「ポトン、ポトン。」と柿を落として、知らないふりをして柿を食べているので、見張りの男は困ってしまった。 |
しょうがねゃーと思って、 | しょうがないと思って、 |
「チンチロリン、チンチロリン、チンチロリン。」 | 「チンチロリン、チンチロリン、チンチロリン。」 |
って大声でぶっつづけにどなった。そうすっと、おやじは、「どろぼうぉ見(め)っけたぁ。」 | と大声で続けてどなった。すると、おやじは、「泥棒を見つけた。」 |
って、棒ぉ振り上げてすっ飛んで来たぁかん、見張りは柿ぃおっぽり出してぶっとんで逃げちゃったぁ。 | と、棒を振り上げてすっとんで来たから、見張りは柿を放りだして、飛ぶように逃げてしまった。 |
おやじが、 | おやじが、 |
「どーんやんどもだ。とんでもねゃー奴(やつ)だ。」 | 「どこの野郎どもだ。とんでもない奴だ。」 |
って追っかえて行ったぁあと、仲間はぶったまげて木からおりて逃げちまったぁだ。 | と追いかけて行ったあと、仲間は驚いて木から下りて逃げてしまった。 |
おやじは見張りん男を逃がしちまったぁもんで、すぐに引っ返(けゃー)して来て、木ん上をきょろきょろ探し回(まあ)ったぁけん、そん時は、はあ、一人もいなぁったもんで、 | おやじは見張りの男を逃がしてしまったので、すぐに引き返して来て、木の上をきょろきょろ探し回ったが、その時はもう一人もいなかったので、 |
「おいねゃーやんどもだ。」 | 「いけない奴らだ。」 |
って独り言を言いながら、家(うち)ぃ入(ひゃー)ってったぁっちゅう話だ。 | と独り言を言いながら、家へ入って行ったという話だ。 |