「コンピューター産業-ガリヴァ支配の終焉」 要約

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1990年代に入って,コンピュータ産業は一大変動期を迎えている。それはコンピュータ産業が形成された1950年代はじめ以来の,時代を画する大変動期とい:って過言ではない。コンピュータ産業は,1950年代はじめに形成されて以来,80年代に至るまで,汎用コンピュータ(メインフレーム)とこの市場を圧倒的に支配するアメリカIBM社(International Business Machines Corporation)を中心に展開してきた。

しかし,いま,このコンピュータ産業の基軸が大きく揺らいでいる。その変動をつくり出しているのは,なによりもコンピュータのダウンサイジングとオープン・システム化の流れである。さらに,ネットワーク化やマルチメディア化などの動きがこれを加速している。これらの流れが,これまでの汎用コンピュータ中ののコンピュータ産業の世界を大きく転換させようとしている。また,この汎用コンピュータに足場をおいてコンピュータ産業に君臨してきたIBMの支配基盤を大きく揺るがしている。

汎用コンピュータと結びついたIBMの「ガリヴァ的」市場支配は,とくにオペレーティング・システム(OS)を中心とするソフトウェアの特質を活用した、「クローズド・システム(製品間の非互換性)」の世界の形成と結びついていた。しかし,1980年代後半以降UNIXと呼ばれる,異機種間の接続を可能にするOSの普及によって,このクローズド・システムの世界が急速に崩壊し始めている。こうして,コンピュータ産業では,いま,クローズド・システムによるIBMの「ガリヴァ的」支配の時代は終焉し,「オープン・システム」にもとづく,新しい競争の時代を迎えつつある。

このような状況のなかで,IBMは,1991年11月には,事業部門への大幅な権限委譲・分権化,ダウンサイジングヘの対応を睨んだ小型機部門やソフトウェア部門の強化,さらにそれらの事業部門の分社化など,これまでの中央集権型の組織のあり方を大幅に改変する画期的な組織改革の方針を打ち出した。また,パーソナル・コンピュータでの最大のライバル,アップル・コンピュータ社との提携をはじめとする多角的な業務提携戦略の展開や,これまでもっぱら内部需要向けに供給されてきたICの外販戦略への転換など,この間,IBMの伝統的な行き方を大きく変える経営戦略を矢継ぎ早に打ち出してい。.また他方では,すでに1986年以降続けてきた約4万7000人に上るといわれる人員削減を継続し,92年にはさらに4万人の人員削減を予定していると発表している。こうして,いまダウンサイジングとオープン・システム化の新たな段階を迎えつつあるコンピュータ産業で,IBMは,これまで「ガリヴァ」であったがゆえの,苦悩のリストラクチュアリングを続けている。これまで汎用コンピュータ産業では幾多の競争メーカーの挑戦の対象であったIBMが,いまや挑戦者に立場を代えることになったのである。このようなIBMの新たな挑戦を描くことは,本書のとくに後半の課題の1つである。以上のようなコンピュータ産業の激動を背景に,今日のコンピュータ産業の事情を紹介,論評した書籍は巷に溢れている。それらの書籍には,それぞれ専門の方々の独特の切り口からの鋭い分析も多く,本書を準備する過程でも多くのことを学ばせていただいた。しかし,「コンピュータ産業史」として,時代的な推移の点からも,またグローバルな視点からもバランスのとれた整理を期待するとなると,そのような要求を満たしてくれるものは,必ずしも見当たらない。本書は,このような,今日コンピュータ産業で進んでいる的な変動を念頭におきながら,1950年代はじめに形成されて以来のコンピュータ産業40年間の歴史をグローバルな視野からたどり,現在起こっている構造変動の性格とそれが導く新たな展開方展望してみようとするものである。

ところで,産業の歴史は,企業興亡の歴史を抜きにしては語れない。その点では,今日に至るコンピュータ産業の歴史は,IBMのガリヴァ的世界市場対する幾多の競争メーカーの挑戦の記録である。そして,結果が,上のような今日の大変動として現れてきている。この間のIBMに対する挑戦の戦略はさらに具体的に大きく,@IBM直接対決型非互換戦略AIBM対決回避型互換戦略,BIBM互換(コンパチブル)戦略、そしてCオープン.システム化戦略,といった4つのタイプに分けられ、コンピュータ産業の歴史は,さらにいえば、これらの企業戦略の成功と挫折の歴史であった。本書の基本的な視点はコンピュータ産業の歴史をこのようなコンピュータ・メーカーの競争戦略の成功と挫折の歴史として描き出すことである。