「新しい企業組織モデルを求めて」 要約

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 本書は、今日わたくしたちの前に提示されている、優れた三つのタイプの企業組織理論を検討することをとおして、「新しい企業組織モデル」を探求しようとするものである。
 一九九〇年代に入って、とりわけソ連の崩壊やパクス・アメリカーナの動揺を契機として、世界の政治秩序は大変動期を迎えている。また、経済・社会のさまざまなシステムも、情報技術革新のインパクトや地球環境問題の浮上などに直面して、大きな転換期のなかにある。ところで、いうまでもなく今日、経済、社会、ひいては政治の世界にまで及んで、それらを動かす原動力として働いているのは、企業組織である。社会活動のすみずみに浸透し、その重要な担い手となっている(あるいは、なりつつある)企業組織は、現代の経済、社会、そして政治の世界を動かす奥深い震源地となっている。したがって、世界の政治秩序が問われ、経済・社会システムのあり方が問われる今日、当然のこととして、企業組織のあり方もまた大きく問われることになっている。
 このような状況を背景にして、実際に近年、「企業組織のパラダイム転換」や、「企業組織モデル再構築」など、企業組織の新しいあり方を問う論議がひときわ盛んになっている。とくに、一九八〇年代をとおしてその「成功」が謳歌された「日本的経営」が、一九九〇年代に入って以後のバブル経済の崩壊のなかで、逆にさまざまな問題を孕むものとして浮かび上がってきたことは、日本企業の組織的な特質をめぐるパラダイム転換、モデル再構築の議論を盛り上げることになった。
 本書もまた、今日のこのような状況と問題意識を共通にする。そして、筆者なりの「新しい企業組織モデル」を探求しようとするものである。
 本書は、この作業を、具体的に、今日わたくしたちの前に提示されている三つのタイプの企業組織理論の検討をとおして果たそうとしている。三つのタイプの企業組織理論とは、@コース(Coase,R.H.)とウィリアムソン(Williamson,O.E.)の「取引コスト・アプローチ」にもとづく企業組織モデル、A青木昌彦氏の「協調ゲーム・アプローチ」にもとづく企業組織モデル、およびB野中郁次郎氏の「組織的知識創造アプローチ」にもとづく企業組織モデル、である。
 これらの先駆的な企業組織理論の業績の検討をとおして、筆者が本書で浮かび上がらせようとしている「新しい企業組織モデル」は、結論的にいえば、組織の「内部均衡」と「対外均衡」の同時的な実現を図るモデル、つまり「内外均衡同時実現モデル」とでもいわれるべきものである。
 このような「内外均衡同時実現モデル」の源流は、近代組織理論の成立をもたらしたとして定評のある、バーナード(Barnard,Ch.L.)の、周知の「組織均衡」の理論である。バーナードは、一九三八年に著わした主著The Functions of the Executive(邦訳『経営者の役割』)のなかで、組織と人間、強調と個人を対立的に捉えるのではなく、「個人と協働の同時的な発展」のシステムを追求しようとした。そして、その際、組織は、@自らが存在する環境との関連で組織の目的を達成する「対外均衡」の実現と、A組織を構成する個人の動機の満足を創造する「内部均衡」の実現、という両方の側面の達成、つまり「組織の均衡」をその存続の不可欠の条件とするということを強調した。
 著者が本書で強調する「内外均衡同時実現モデル」は、このバーナードの「組織均衡」論の現実性を、現代の企業組織のなかで具体的に問おうとするものである。
 バーナードの組織理論に関しては、近代組織理論の確立の画期をなすものとして、これまで内外で夥しい数の論文が刊行されてきた。しかし、それらはほとんどといっていいほど、バーナード理論の解釈や組織理論上の位置づけにかかわるものであり、これを具体的に現実の企業組織理論として活用しようとするものは、皆無といってよい状況である。また、今日においては、バーナード理論はもはや近代組織理論の「古典」であって、現実の企業組織の理解にとってはあまりに抽象的な理論であると評価されているようである。
 このような従来のバーナード理論の研究状況に対して、本書は、バーナードの理論のエッセンス、「組織均衡」論の現実性を、現代企業組織の現実的な課題に照らしつつ、改めて掘り起こしてみようとするものである。筆者はバーナード研究についてはまったくの素人であるが、本書がバーナード理論の研究の歴史に、ささやかでも、なんらかの寄与ができれば幸いである。