『テオファネス年代記』(レオンのコーカサス行き)

凡例

  1. 原本(Theophanes Confessor, Chronographia, München, 1883-5)のページ数を黄字で示しています。
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  3. この箇所は原本では一段落ですが、読みにくいので適宜改行しています。
  4. この試訳の無断引用等は堅くお断りいたします

(391) この年、レオンが皇帝となった。彼はゲルマニケイア*1の出身だが、実際にはイサウリア出身である。彼はユスティニアノス(2世、在位685-695,705-711年)の最初の治世の時期に父とともにメセンブリア*2に移住させられた。そして彼の2度目の治世にブルガリア人とともに進軍してきた時に、500頭の羊の贈り物を携えて彼に面会した。ユスティニアノスは彼を気に入り、彼をすぐにスパタリオス*3とし、彼を親友とした。
 だが彼に嫉妬したある人物が、彼が帝国を手に入れようとしていると讒言した。このことについての調査が行われ、恥ずべき誤った情報であることが明らかとなった。だがこのことについての噂がそれから多くの人たちによって話されることになった。ユスティニアノスも、彼を大っぴらにあやめることは望まなかったが、彼に対する何らかの怒りを心中に抱いた。そのため、彼に金子(きんす)を持たせてアラニアに派遣し、アバスギアに対してアラン人たちを立ち上がらせようとした。アバスギア、ラジカ、そしてイベリアをサラセン人たちが制圧していたからである。それで彼はラジカへ出発した。その際彼は金子をアプシリアにとっておき、わずかの地元民をつれてアプシリアを出発し、コーカサス山脈を越えてアラニアに入った。*4
 ユスティニアノスは彼の死を望んでいたので、人を送って金子をファシスから持ち出そうとした。だがアラン人たちはスパタリオスに全幅の信頼を置いていたので、彼の言葉に従って進み、アバスギアを制圧したのである。それでアバスギア人の王はアラン人たちに以下のように話した。「私が知っているところでは、ユスティニアノスはあなた方の隣人である我々とあなた方の袂を分かたせ、我々を攻撃しようとしているあの男ほど、うそつきではない。彼は金子についての約束に関しても、あなた方にうそをついている。ユスティニアノスは彼を殺すようにと使者を送ってきておられる。彼を我々に引き渡せば、3000ノミスマタを得、我々との信頼関係も再び取り戻されることだろう。」(392)これに対してアラン人たちはこう言った。「我々は金子のために彼に従っているわけではない。皇帝への愛情ゆえである。」それでアバスギア人は再び彼らに人を送ってこう言った。「我々に彼を引き渡してくれたら、6000ノミスマタをあなた方に送ろう。」するとアラン人たちはアバスギア人の地をよく調査しようと考え、6000ノミスマタを得てスパタリオスを引き渡すことに同意した。そしてアラン人たちはスパタリオスを完全に信頼し、彼にこう言った。「あなたもご存知のように、ローマ帝国へと通じる道は閉ざされていて、何としても通ることができません。それよりも彼らをだまして、あなたを引き渡し、我々のところから彼らとともに人を放ち、彼らの地の峠道を調べて彼らの地を略奪・破壊してあなた方への奉仕を行います。」それでアラン人たちの使者がアバスギアに派遣されてスパタリオスを引き渡す協定を結び、彼らからたくさんの贈り物を得た。そしてスパタリオスを受け取るため、多くの金を携えて、より多くの使者を送ってきた。そこでアラン人たちはスパタリオスにこう言った。「これらの人々は、前に言ったように、あなたを受け取りに来たのであり、アバスギアはあなたを待っています。我々が彼らに近づく時には、商人たちが彼らのところへ間断なく出発しています。我々の目標が見抜かれないように、我々はあなたをはっきりと引き渡します。あなた方が去った後、秘密裏に後ろから人を放ち、使者たちを殺して、我々の手勢が彼らの地に秘密裏に侵入できるほど集まるまで、あなたを隠しておきます。」そしてそのようになった。アバスギアの使者たちは彼の従者たちとともにスパタリオスを受け取り、彼らを縛って去っていった。そしてアラン人たちは彼らの主であるイタクセスとともに後ろから追いついてアバスギア人たちを殺し、スパタリオスを隠したのである。そしてアバスギアに対して兵を差し向けて、峠道を通って急襲し、アバスギアでたくさんの捕虜を得、多くの破壊行為を(393)行った。
 ユスティニアノスは金子を使わずに彼の命令が成し遂げられたことを聞いて、アバスギア人に以下のような書簡を送った。「もし我々のスパタリオスを助けて彼を無傷のまま通過させたら、あなた方の失敗のすべてをなかったことにしよう。」それで彼らは喜んでこれを受け取り、再びアラニアに使者を送ってこう言った。「ユスティニアノスのところへ送るために、スパタリオスを我々に引き渡してくれたら、捕虜となっているあなた方の子供たちを引き渡そう。」だがスパタリオスはこれを認めず、こう言った。「神は私に外へ出ていくための扉を開けて下さってはいない。アバスギアを通らねば外へ出ることができないからだ。」
 しばらくしてからローマとアルメニアの軍がラジカに侵入してアルカイオポリスを包囲したが、サラセン人の到来を聞いて退却した。さて200人ほどの軍勢が分かれてアプシリア地域とコーカサス地方を略奪していた。そしてサラセン人がラジカを制圧したので、ローマとアルメニアの軍勢は逃亡しようとしてファシスに向かった。だが200人の部隊はコーカシア山中に取り残されたので、絶望して略奪行を続けた。アラン人たちはそれを知って、コーカサスにたくさんのローマ人がいると勘違いし、喜んでスパタリオスにこう言った。「ローマ人たちがやって来ています。彼らのところに行きなさい。」それでスパタリオスは50人ほどのアラン人を連れて、丸い雪靴を履いて5月のコーカサスを越えて彼らを発見した。そしてとても喜んでこう尋ねた。「軍隊はどこだ?」彼らはこう答えた。「サラセン人が攻撃してきたので、ローマ帝国に戻りました。我々はローマ帝国に戻れなくなり、アラニアに逃げ込んだのです。」また彼らにこう尋ねた。「今は何をしているのだ?」彼らはこう答えた。「この地方を通り抜けることが我々にはできないのです。」スパタリオスはこう言った。「他の道を使って出ていくこともできないのだ。」
 その地にはシデロンという名前のカストロン*5があり、そこにはファラスマニオスなる名前の将軍がいた。彼はサラセン人の支配下にあり、アルメニア人とも良好な関係にあった。それでスパタリオスは人を送って彼にこう述べた。「あなたはアルメニア人と大いなる和平を結んでおられますが、私とも和平を結んで下さい。そしてローマ帝国の(394)臣下となって、我々に海へ出、トレビゾンドに達するための援助を行って下さい。」だが彼はその策をとらなかったので、スパタリオスは自らの従者の何人かとアルメニア人を送り、彼らに待ち伏せしているように命じた。「彼らが仕事のために外出した時に、できるだけたくさんの人々を捕らえ、我々が到達できるまで門を外から制圧しておくのだ。」それで彼らは出動して待ち伏せを行い、人々が仕事で外に出てくると突然攻撃を仕掛けて門を制圧し、多くの人々を捕虜とした。一方ファラスマニオスはわずかな人々とともにカストロンの中にとどまっていたので、スパタリオスは彼に対峙し、ファラスマニオスに平和的に門を開けるように、それを望まないなら戦いを仕掛ける、と話しかけた。だがこのカストロンは堅固で、征服することができなかった。ところがアプシリアの君主のマリノスが、カストロンが包囲されていることを知って恐れを感じ、スパタリオスとともに多くの軍勢がいると勘違いした。それで自ら300名を率いてスパタリオスのところにやって来てこう言った。「私があなたを、沿岸部に到達するまで援助しましょう。」ファラスマニオスも窮状を感じてスパタリオスにこう言った。「人質として私の子供を差し出し、帝国に二心なく奉仕します。」彼は子供を手にしてこう言った。「あなた方は包囲されている状態で我々に話しかけているのに、自分たちをどのような帝国の奴隷と呼ぶのか?カストロンを受け取るまでは、我々が退却するということはないのだ。」それからファラスマニオスはこう言った。「私に(和平条件の)言質を下さい。」それでスパタリオスは彼に言質を与えた。それは彼には危害を加えず、カストロンにはわずか30人の者とともに入る、というものだった。だが彼はその言質を守らず、彼とともに入城する30人にこう命じた。「我々が中に入ったら、全員が入れるように門を制圧しろ。」そしてそのようにことが進み、カストロンの中に火が放たれた。それで大火事となり、(そこに住んでいた)家族たちは彼らの財産の中から持ち運べるものを持って脱出した。そして続く3日のうちに城壁は土台まで完全に破壊された。彼はその地を去ってアプシリアに、その地の君主のマリノスとともに入り、アプシリアの人々から大きな称賛を得た。それから(395)沿岸部に戻ってユスティニアノスのところに行ったのである。
 ユスティニアノスが殺され、フィリッピコスが盲目にされ、アルテミオス(アナスタシオス2世)が皇帝となると、(皇帝は)彼をアナトリコンのストラテーゴスとした。テオドシオスが皇帝となり、アルテミオスが追放され、蛮族の攻撃やユスティニアノスの血にまみれた行い、そしてフィリッピコスの神を冒涜する行いゆえにローマ帝国の国情が混乱したので、先述したこのレオンが、アルテミオスを支持して立ち上がり、テオドシオスと対峙した。そして彼と心を同じくし、彼を支持する、アルメニアコンのストラテーゴスのアルタバスドスを得た。皇帝になった後、(レオンは)彼に自らの娘のアンナを与えて婿とし、クロパラテス*6に任じた。

*1:シリア北部の都市。
*2:バルカン半島の、黒海に面した都市。
*3:中位の位階。ただしこの時点では官職(太刀持ち)としての機能をなお残していたと思われる。
*4:いずれもコーカサス山脈近郊の地域名。
*5:城塞を持った都市。
*6:皇帝一族などに賦与される、高位の位階。

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